~ 夏の終わりに③ ~
これで、第一章が終わりです
次から第二章、最後の高校生活がテーマになります
夏の終わり ➂
僕は今、関空行きの飛行機に乗っている。
雲一つない窓の下には、広大な景色が広がっている。
じつは……僕は飛行機に乗ったことがない。
母が飛行機のパイロットをしているにもかかわらずである。
本当は飛行機なんかには乗りたくなかったのだが時間の関係で、やもうえなかったのである。
心の中で念仏を唱えつつ何とか1時間30分ほどのフライトを終えて関空に着陸した時には心から安堵し神仏に感謝した。
関空から京都行の電車に乗り更に一時間程で京都駅に辿り着いた頃には日も落ちて辺りは暗くなっていた。
それにしても、日が落ちているにも関わらず蒸し暑い……同じ内陸なのに僕の住んでいる所とはとえらい違いだと毎度のことながらつくづく思う。
駅の周辺は国籍も人種も違う多くの人々で賑わっている、流石は国際観光都市である。
そんな中に明らかに熱さと湿度で相当にバテ気味の欧州人らしき大柄の男性が僕の横を通り過ぎて行く、僕の母も初めて夏の京都に来たときは同じようになっていた。
空気が乾燥しているヨーロッパに比べると日本の京都の湿度の高さは異常に感じられる事だろう。
逆に日本人が春先のヨーロッパに行くと乾燥した空気に喉をやられることが多い……これはあくまでも筆者の経験であるが……。
とりあえず駅の階段の状のところに腰かけてネットで近場の今夜の宿を探す、既に駅周辺のホテルなどはどこも満室で部屋が取れなかったので、明日の事を考えて葉書きの住所に近い場所のビジネスホテルを検索し部屋を取ることが出来た。
幸いにも京都には何度も来ているのでこの複雑な交通網にもある程度の慣れていたので迷う事は無くホテルに着くとチェックインする。
ここへ来る途中にコンビニで買ったおにぎり2個とから揚げ、ペットボトルのお茶を飲み干すとシャワーを浴びそのままベッドに潜り込むと寝てしまった。
朝、目覚めるとベッドの時計は9時を過ぎている。
チェック・アウトが10時なので、慌てて顔を洗い服を着替えると荷物をまとめる。
フロントで料金を精算してホテルを出る少し歩いて喫茶店に入るとモーニング・セットを注文するとリュックからipadを取り出し杉本雄作と言う人物から来た葉書きの画像を開き住所を再確認する。
マップに目的地を入力しルートを検索する、初めから目的地になるべく近い所にホテルに宿泊したこともあり、ここから歩いて10分ほどの距離だと画面に表示されている。
運ばれてきたモーニング・セットを食べ終わるとリュックを背負い喫茶店を出るIpad片手に目的地に向かって歩き出す。
目的の家らしき建物が見えてくる、思った以上に立派な和風建築で玄関の門には杉本の表札があり、すぐ脇の電信柱のプレートには葉書きと同じ住所が記入されている。
「ここに間違いないな……」
僕は小さな声で呟くと、震える手で躊躇いながらも呼び鈴のボタンを押す。
ピンポンと呼び鈴の音がすると僕はゴクリと生唾を飲み込んだ
「はい……どちら様でしょうか」
呼び鈴のスピーカーから女性の声がする
「あっあの、僕は和泉兼次と申します」
「突然で申し訳ないのですが」
「母、旧姓、本田千恵美と和泉兼続の子です」
「母の妹の本田美紀さんと杉本雄作さんの事でお伺いしたい事がありここまで来ました」
緊張していた僕は所々噛みながらも何とか用件を言い終える、相手の女性からは何の返答も無い……
「あの……」
僕が次の言葉を出す前に
「少しお待ちください……」
そう言うと呼び鈴のスピーカーの電源が切れ、少ししてから門が開く音がする。
そこには品の良さそうな和服姿の中年の女性が立っていた、その奥には立派な家が建っているのが見える、相当な資産家のようだ。
ここは京都だし土地柄的にも突然の訪問は不手かったかな……事前にアポを取っておくべきだったと今更ながら僕は心の中で後悔していた。
「遠路遥々、お越しいただきありがとうございます」
「私は杉本雄作の弟の杉本隆明の妻の杉本清美と申します」
「どうぞ、お入りください」
そう言うと女性は僕を家の中の応接間に案内してくれた、どうやら僕の事を少なからず知っているような感じがする。
案内された和風の応接間の外にはよく手入れされた庭が見えている、余りの雅さ僕は更に緊張してしまうのが速くなった鼓動で自分でも分かる、
緊張で乾いた喉に生唾を飲み込む僕に女性は涼しそうなガラスのコップに入った冷茶を差し出してくれる。
「あっ!ありがとうごさいます」
そう言うと僕は一気に冷茶を飲み干した、そんな僕を見て女性の顔に笑みが浮かぶ。
緊張し喉が渇いていたとはいえ、そんな自分が何だかとても恥ずかしい……。
僕がもじもじしていると
「和泉兼次さん、ご用件は賜りました」
「詳しい事は主人の杉本隆明からお聞きになられるのが良いでしょう」
「主人には先ほど連絡いたしまた、今日の仕事が終わり次第、こちらから連絡させていただきますとの事です」
「夜の9時から10時頃になりますがお時間はよろしいでしょうか」
僕は携帯電話の番号を教えると深々と挨拶をしてこの家を後にした。
久しぶりに京都に来たのだから歴史が結構好きな僕としては、何度も行っているとはいえ八木邸ぐらいは行っておきたいし家族の土産、特に歴女の絵梨香は幕末・新選組が大好きなので初めから何かしら買っていくつもりだった。
まだ午前10時過ぎ、時間も十分にあるので僕は一人で気ままに京都散策を楽しむことにした……というよりも何かしていないと落ち着かなかったというのが本当である。
昨日泊まったビジネスホテルに再び宿泊予約をすると荷物を置いて、行き当たりばったりで一通り京都散策をし終えた頃には6時を過ぎていた、近くのファミレスで早めの夕食を終えるた頃には7時前だった。
ホテルに戻りシャワーを浴びていると携帯電話が鳴る、僕は慌てて裸のままで電話に出るとあの和服の女性、杉本清美さんからの電話だった。
彼女は、「8時頃に家に来てください」と短く用件を伝えると電話は切れた。
シャワーを浴びて身形を整えそれなりの服装と思ったが普通のズボンに半袖シャツぐらいしか持ってきていない……
「しまったっ! 昼の内に買っておけばよかった」
などと後悔しても買いに行っている既に時間は無かった、僕はポケットに携帯電話と財布、手にipadを持つとホテルを出て目的地へと足を運ぶ、杉本家の門の前には車が一台止まっておりその横に和服の女性、杉本清美さんが立っている……車の後部座席には誰かが乗っているかが見える。
僕の姿を確認すると清美さんがゆっくりと挨拶をする、初対面の時もそうだったがじつに優雅な身の動きである。
「和泉さま、どうぞ、お車に」
そう言うと後部座席のドアを開けてくれる、僕は言われるままに後部座席に座わるりシートベルトをするとそこには中年の恰幅の良い和装の男性が座ってた。
「初めまして、杉本隆明と申します」
その男性は、僕に挨拶すると車のドアが閉まるり車は走り出した
状況の良く分からない僕は少し慌てたが
「こちらこそ、初めまして和泉兼次です」
挨拶をすると隆明は僕の顔を見ていた、その視線を横目で気にしながら5分ほど走ると立派な料亭の前で車は止まった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ、すっげえ高級料亭じゃないか」
「こんなの政治家の偉い人しか来ないんじゃないか……」
と心の中で仰天するが……必死で平静を装う僕であった。
明らかに今の僕の格好には相応しくない高級料亭に案内されるままに入ると通された個室の部屋はドラマや映画に出てくるような立派なものだった。
慣れない正座をすると向かいに隆明が座る、僕とは違いこのような場に相応しく慣れているのが分かる。
すると突然、隆明が
「和泉兼次さん、貴方は私の兄の杉本雄作の子です」
「つまり、私の甥になります」
余りにも呆気ない程に僕が生い立ち、何者かが分かってしまった。
「はぁ……」
余りに突然だったので僕は二の句が継げなかった
「予想通りと言う顔をしていますね」
少し笑みを浮かべると隆明に僕は
「何となく、分かってはいました」
僕がそう答えると隆明は僕の実の父である高杉雄作と母の本田美紀の事を話してくれた
150年以上も続くこの立派な料亭は父の実家で本来は父の雄作が継ぐはずであったこと。
何故父が家を出てしまったのか、隆明は自分の知る全てを包み隠さず僕に話してくれた。
隆明さんが言うには、僕の父の杉本雄作は優れた料理の才能があるにもかかわらずエンジニアになりたかったらしく親の反対を押し切って有名な〇北大学に進学する。
息子の雄作の料理のセンスを高く評価し期待していただけに父親の杉本義一の怒りは大きく雄作は勘当されてしまう。
実家から全く援助を受けられないので父は相当に苦労して大学を卒業した後にエンジニアとしてIT企業に就職し本田美紀と知り合い結婚すし僕が生まれる。
早産により未熟児であった僕は病院の保育器で加療するため母の美紀が一足早く退院することになり実家に里帰りしたその日に震災により発生した津波により父の雄作と共に帰らぬ人になってしまった。
同じように子供を連れて法要の為に実家に帰省していた姉の千恵美とその子供も帰らぬ人となってしまった。
その後、身寄りのなくなった僕を美紀の姉の千恵美の夫であった和泉兼正が引き取り養子とし今まで育ててくれていたのである。
全てを話し終えると隆明は僕に深々と頭を下げると
「申し訳ない……」
「本来ならば杉本の家で貴方を引き取るのが筋と言うもの」
「父の手前、私にはどうすることも出来なかった」
「本当に申し訳ない……」
謝る隆明に僕は
「やめて下さい……」
「僕は全くあなた方を恨んでなんかいませんよ」
「こうして、包み隠さず全てを話してくださったことに感謝しているぐらいなんです」
僕の言葉に隆明の目が涙ぐむのが分かる
何だかとても気まずく重苦しい空気の中が流れる……すると
「失礼いたします」
と言う声が聞こえると襖がゆっくりと開き正座した女中さんが料理を運んできてくれた。
「せめて料理ぐらいは出させてくれるかな」
笑みを浮かべて隆明が言う
「はい、遠慮なく頂きます」
僕はそう答えると箸を取り料理を頂く、流石に美味い。
伊達に150年以上続いたわけではないのだと感心した。
初対面だと言うのに料理を食べながらの隆明との会話は弾んだ。
父との思い出話など僕の全く知らない本当の父の人がどのような人物てあったのかが理解できた。
隆明が兼正の後を継ぎ僕に刀匠になるかという質問には……。
「正直、僕に父ほどの刀匠としての才能は無いと思いますし、当の父の兼正もお前は刀匠よりも鑑定士の方が向いていると言っているぐらいです。」
「多分……刀匠にはならない……いや、なれないでしょうね。」
「それに……何かと問題もありますし」
と素直に思っている事が言えてしまう、それを聞いた隆明が複雑そうな顔をすると
「何か、将来の目標でもあるのかな」
と言う質問に僕は
「率直に言って、まだ分かりません」
僕がそう答えると隆明は笑っていた、そんな隆明に僕は
「やっぱり凄いですね、ここの料理……」
「出汁の一つとっても料理によって全て違っている」
「何かは分かりませんが、微妙な隠し味も……」
僕は料理を褒めたいだけだったのだが、その言葉に隆明の目つきが変わる
「分かるのかい……」
「流石は兄の子だけはあるな……良い舌をお持ちのようだ」
感心するかのように隆明が言うと
「そんな事はありませんよ……」
「母の料理があまりに……」
僕は途中で言うのを止めると、隆明が必死で笑いを堪えようとしているのが分かる
「たっ確か、ドイツの方でしたよね」
鼻の穴をヒクヒクさせながら隆明が僕に言う
「そうです……塩と油の国ですよ」
と僕が言うと隆明はもう堪らないという顔になると
「たっ確かに大方の日本人の口には合わないだろうが……」
「国によって味は違うから、ドイツの飯がまず……」
隆明は途中で言うのを止める……何故なら僕の母の飯が不味いと言っているようなものだからだ。
そして、料理を全て食べ終えると隆明は車でホテルの前まで送ってくれた。
僕を降ろした後で走る車の中で隆明は僕に兄の雄作の面影を垣間見た気分になっていたのだった。
翌日、新幹線に乗り自宅に帰った僕の心は恐ろしい程にスッキリとしていた。
自分にもよくわからないが以前と全く変わらぬ同じように何も気にせずにこの家でこの家族として暮らしていけると感じていた。
もうすぐ夏休みが終わり、3学期が始まる。
原付購入資金は無くなってしまったが、僕の心のモヤモヤも無くなってしまった。
僕にとっては原付よりも遥かに価値のある出費であった。
僕は…… 第一章 ~ 夏の終わりに ~ 終わり