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 僕は……  作者: イナカのネズミ
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~ 和泉家の人々…… 其之弐 家族旅行 ➄ ~

~ 和泉家の人々…… 其之弐 家族旅行 ➄ ~



 僕は中野さんと京都駅で別れた後、電車を乗り換え宿泊している旅館に帰り着いたのは午後6時前になっていた。

 疲れ切った体を引きずるようにして部屋に入ると絵梨香が浴衣姿でリビングに寝っ転がっている。

 どうやら、温泉に入ってきた後のようである。

 僕が帰ってきたのに気が付くとムクッと起き上がり嬉しそうに近づいてくる。


 「あれっ……兄さん、荷物はどうしたの」

 僕が手ぶらで帰ってきたことが意外だったようである。


 「お前の"お宝"は宅急便で自宅に送ったよ」

 「明後日には家に届くはずだ」

 僕がそう言うと絵梨香はこの世の終わりのような表情になる。

 「どうした……腹でも痛いのか」

 僕は絵梨香の表情が急変した事に少し驚き体調か悪くなったのかと思ってしまう。


 「そっ! そんなぁ~」

 絵梨香はガックリと肩を落とし座り込んでしまう。

 「今日の夜にじっくりと楽しもうって思っていたのにぃ~」

 「明後日まで、お預けなんて……」

 絵梨香は座ったまま僕を見上げると恨めしそうな目で見る。

 「兄さんのっ! 馬鹿っ! 」

 小さな声で僕に拗ねたように抗議の一言を吐くとゆっくりと立ち上がる。

 何となく、絵梨香が僕の持ち帰ってくる"薄い本"を心待ちにしている事は予想が付いたのだが……

 僕としては、夜中に隣で布団を被りこっそりと"薄い本"をニヤケた顔で見ている男子中学生のような絵梨香の姿は見たくないのである。


 「ところで父さんと母さんは……」

 僕は、2人の姿が見えないので部屋の中を見まわしながら絵梨香に尋ねる。


 「ああ~父さんと母さんはね……」

 「少し帰るのが遅くなるって……」

 「ついさっき、父さんから電話があったよ」

 絵里香は呆れたように言うと父からの電話の内容を話してくれる。


 今、父と母は"伏見にいる"そうである。

 絵梨香の最初の一言で僕には大体の察しが付く。

 伏見と言えば……江戸の昔より兵庫県の灘と並ぶ天下の酒処である。

 そんな所に、あの母を連れて行けばどうなるかは目に見えている。

 全ての酒蔵の全ての銘柄を飲み尽くすまで絶対に帰らない。


 「確か、食事は7時からだったはず……」

 「時間あるから、温泉入ってくるな」

 僕は絵梨香はそう言うと着替えを持って部屋の外の個室温泉へと向かった。

 広い風呂もいいが、こじんまりとした温泉に1人でゆっくりと入る方が僕は好きである。

 

 温泉の更衣台の前で脱いだ服を籠に入れようとすると……

 「これは……まさか……」

 籠の中には絵梨香の純白の"Tバック"が寂しそうに取り残されていた。

 「絵里香……小学生かよ……」

 僕は寂しそうに籠の中にポツンと取り残された絵梨香の純白の"Tバック"を見て呟く。

 まるで水泳の時に着替えたパンツを置き忘れる小学生のようである。

 

 今もそうだが、家では普段の炊事に洗濯は殆ど僕がしている。 

 当然、絵梨香や母の下着も洗濯した後に僕が干して、乾いたら取り入れて折り畳んでいるのでこの手の(ぶつ)の扱いには慣れているのだが……流石に"Tバック"と言う代物は初めてである。

 「これ……使用済みだよな……」

 僕は籠の中の(ブツ)をどう取り扱うか少し悩んだ後、横にあった別の籠を手に取ると脱いだ服を入れて温泉に浸かる。



 「はぁ~」

 「アルカリ性の単純泉が疲れた足腰にくるなぁ~」

 僕は予約の際にウェブサイトを見て覚えていたこの温泉の泉質を呟くと首元までどっぷりと浸かる。


 僕は、思考回路を停止させ何も考えずに10分ほど温泉に浸かり温泉から出ると体を拭き浴衣を着る。

 脱いだ服を左の脇に抱え、右手には絵梨香の使用済みの"Tバック"の入った籠を持つとリビングへと向かった。


 リビングに戻ると絵里香はソファーに座って頻りに携帯電話を弄っている。

 どうやら、ネットか何かをしているようである。

 僕はテレビ台の横の冷蔵庫の中から昨日、買ってきて入れてあったスポーツドリンクを取り出すと一気飲みする。


 絵梨香が携帯の操作を終えたのを確認すると(ぶつ)の入った籠を絵梨香の目の前に無言で差し出す。

 初めは"なんなの"と言う表情をしていた絵梨香だが籠の中の(ぶつ)を見ると顔が一瞬で真っ赤になる。

 「あ……ありがとう……」

 絵梨香は籠の中の(ぶつ)を素早く握り締めると逃げるように寝室へと姿を消した。



 僕は温泉に籠を返しに行って戻ってくると、ちゃぶ台の前の座椅子に座ってリモコンを取りテレビのスイッチを入れ番組表をみていると、仲居さんが夕食を運んできてくれる。

 昨日の夕食と同じぐらい手の込んだ料理がちゃぶ台の上に並べられる。

 "昨日の料理もそうだったが……"

 "本当に手の込んでいる品が多いな"

 "食うのが勿体ないほどの出来だ"

 仲居さんたちが料理を並べ終わり帰った後で、僕は並べられた料理を見て感心していると部屋のドアが開く音がする

 "帰ってきたようだな……"

 僕は心の中で呟き立ち上がるとドアの方に向かう


 「おおっ 兼次か」

 僕の姿を見た父が助けを求めるかのように言う

 酔っぱらった母に肩を貸すようにしているが、身長差があり過ぎて引きずるかのような見るからに苦しそうな姿勢である。 

 「すまないが、兼次、手伝ってくれないか」

 苦しそうな声で僕に助けを求めるのだが……悲しいかな僕の身長も父と大差ないのである。


 「ちょっと待ってくれオヤジ、絵梨香のやつ呼んでくる」

 僕はそう言うと絵梨香を呼びに行く、絵梨香の助けを借りてなんとか母を寝室まで連れて行き布団に寝かせる事が出来た。


 「大丈夫か、オヤジ……」

 僕はリビングに座り込みゼーゼー言っている父に声を掛ける

 「あっああ……大したことは無い」

 父はそう言っているが傍目にはとても大丈夫そうには見えなかった。

 僕は冷蔵庫の中からペットボトルのお茶を取り出すと父に手渡す。

 父はベットボトルのお茶をゴクゴクと飲み大きく息を吐く。


 母の様子を見に行っていた絵梨香が帰ってくると父は今日の出来事を話してくれた。

 やはり、母が酒目当てで伏見に行くと言い出したようである。

 父は、利き酒程度のつもりで伏見の造り酒屋の組合が運営している利き酒の出来る店に行ったのまでは良かったのだが……

 そこで知り合った日本酒好きの外国人観光客の夫婦が、たまたま同じドイツのブレーメン出身者だったことから意気投合し一緒に造り酒屋の梯子酒をしたそうである。

 ベロベロに酔っぱらって最後に行った造り酒屋の玄関からタクシーで旅館の玄関先まで帰ってきたのだそうだ。

 因みに、その外国人観光客の夫婦も同じようにベロベロに酔っ払いタクシーで帰っていたとの事である。

 

 「大変だったな……」

 「母さんには、少し酒を控えてもらわないといけないな……」

 僕がそう言うと父は首を横に振る


 「まぁまぁ……そう言うな……」

 「酒は母さんの生き甲斐だからな……」

 「ああ見えて、健康には気を使っているんだぞ」

 「それに職業柄、普段は一滴も飲んでいないんだ」

 「休みの日ぐらい、好きにさせてやれ……」

 父の言葉には何故か僕を納得させるだけの強い説得力があった。

 刀以外の事には無頓着だと思っていた父の意外な一面を知った出来事であった。


 父はそう言うと温泉に入ると言って部屋の外へ向かって歩いて行った。

 僕は父の後姿をいつもとは違う目で見送るのであった。

 "それより……どうしようかな……この夕食……"

 僕はちゃぶ台の上に並べられたままの豪勢な食事を見て困ったように呟くのだが 

 ……僕の心配は不要であった、母は一時間後には完全復活し……

 また、昨日と同じ山賊の宴会が始まるのであった……


 "ありがとう、料理人の皆様……"

 "……そして、ごめんなさい……"

 僕もまた昨日と同じように料理人の皆様に心からお詫びしながらも美味しく夕食を頂くのであった。




~ 和泉家の人々…… 其之弐 家族旅行 ➄ ~


終わり


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