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 僕は……  作者: イナカのネズミ
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~ 和泉家の人々…… 其之弐 家族旅行 ③ ~

 ~ 和泉家の人々…… 其之弐 家族旅行 ③ ~



 僕と父が旅館に帰り着いた頃には午後6時前になっていた。

 部屋のリビングに入るとトランクは置かれているが誰もいない。

 だぶん、温泉にでも行っているのだろうと思いリビングの中央に置かれている大きな四角いちゃぶ台の上に用意されていたティーバッグのお茶を2人分入れて父を呼ぶ。


 そして、テレビのリモコンを手に取るとスイッチを入れた。

 ちょうど、6時のニュース番組が始まったところであった。


 僕と父は無言でお茶を飲み木皿に用意されていた煎餅をかじりながらテレビを見ている。

 「そろそろ、夕食の時間だな……」

 テレビ画面の隅に表示されている時間を見て僕が言う。

 「夕食は7時ぐらいのはずだ」

 「部屋食だからここまで運んできてくれるよ」

 僕がそう言うと父は"そうか"と言う表情になる。


 「この部屋、確か温泉付きだったな……」

 「ちょっと、ひとっ風呂入ってくる」

 父はそう言ってとゆっくりと立ち上がる。


 「風呂は部屋の外にある縁側の奥にあるはずだ」

 僕がそう言うと父はトランクの中から替えの下着を引っ張り出して縁側の方へと歩いていく。


 父を見送った後、僕はちゃぶ台の上の湯飲みを手に取るとお茶を啜りながらテレビを見ていた。

 すると、部屋のドアの開く音がする

 "帰ってきたかな……"

 僕は母と絵梨香が温泉から帰った来たと思いドアの方を見ると浴衣姿の2人が赤みを帯びた火照った顔をして入ってくる。


 「あっ! 兄さん帰ってきてたんだ」

 「父さんは……」

 絵梨香は父の姿が見当たらないので部屋の中を見まわしている。


 「今、外の温泉に入ってるよ」

 僕がそう言うと絵梨香は納得したような表情になる

 「それより……母さん大丈夫か……」

 明らかに湯あたりしてグッタリとしている母の様子を見て僕が問いかけると絵梨香は大きなため息を吐く。


 「聞いてよ兄さん……母さん、お土産とか言って……」

 「地酒を買い込んで全部飲んじゃったのよ」

 「止めたんだけど、温泉に入ってのぼせちゃって大変だったのよ」

 絵梨香は、ちゃぶ台の前で寝っ転がっている母を見て呆れたように言う。

 寝転がっている母を絵梨香が気遣うように起こすと奥の寝室へと連れて行った。


 そうこうしていると女中さんが夕食を運んできてくれる。

 流石は、老舗の料理旅館だけの事はあり修行を積んだ一流の料理人の包丁の技が遺憾なく発揮された芸術品のような京料理がちゃぶ台にズラリと並べられる。


 「うわーーーっ! 凄いっ!」

 寝室から帰ってきた絵梨香が料理を見て嬉しそうな声を上げる。

 そんな絵里香を他所に、僕は母の様子を窺いに寝室へ入ると熟睡している。


 "こりゃ……暫くはダメか……"

 僕は心の中でそう呟くと母をそのままにして部屋の外へ出る。

 リビングに戻ると父が浴衣姿で温泉から上がってきた所だった。


 「戻っていたのか……母さんはどうしたんだ……」

 父は母のハンナの姿が見えないので僕に尋ねてくる。

 その様子を見ていた絵梨香が事の経緯を父に話すと"ああ~"と言うような表情をして納得したようだ。

 「どうする、お前ら腹減ってんのなら先に食うか」

 父の問いかけに僕と絵梨香は顔を見合わせる。


 「もう少し、待ってあげない」

 絵梨香がそう言うと僕も同意し頷く


 「その間に風呂、入ってくるな」

 僕は父と絵梨香にそう言うとトランクの中から着替えを引っ張り出し縁側の方へと向かった。

 縁側に出ると小さな坪庭があり何本か木が植えられている。

 その奥に檜皮葺の屋根の付いた小さな温泉があった、浴槽は石を造って組んでありその横に簡素な木枠を組んでつくった着替えを入れる棚がありタオルと浴衣が綺麗に折りたたんで置かれている。

 "へぇ~なかなか良い雰囲気だな……"

 僕は心の中で感心したように呟くとかけ湯をして浴槽に浸かる。

 何枚かの木の葉が浮かんでいる。

 "少しぬるいかな……"

 熱めのお湯が好きな僕は温度が少し低く感じられる。

 

 少し薄暗い電球色の照明とお湯の流れ込んでくる音が何とも言えない安らぎを与えてくれる。

 お湯に浸かりながら天井を見ていると何故かソフィーの顔が瞼に浮かんでくる。

 "ソフィーとかが喜びそうだな……"

 この旅館が外国人から高く評価されている理由が何となく分かる僕であった。


 あまりの気持ち良さにウトウトしていると絵里香の声が聞こえてくる。

 「兄さん……母さん復活したわよ……」

 「夕食にするから上がってきて」

 僕は返事をするとお湯から出て体を拭き備え付けの浴衣を着てリビングへと向かう。

 すると、3人は既に夕食を食べ始めていた……

 ついさっきまでグッタリとしていた母のハンナは完全に復活し、胡坐(あぐら)をかいて再び地酒を飲んでいる。

 その横で父が川魚(たぶん山女魚)の塩焼きの頭と尻尾を両手で掴み美味しそうに食べている。

 絵梨香は丹波牛の陶板焼きステーキにかぶり付いていた。


 せっかく、料理人が腕に縒りをかけて精魂込め綺麗に盛り付けた食事なのに、ちゃぶ台の上は既に一仕事終えた山賊の宴会状態である。

 僕が部屋食にした理由はこうなると予想しての事なのだ、だから、今日の昼食も個室で予約を入れていたのである。


 いつもの事とは言え古都の"(みやび)"など欠片も無い我が家族の食事の様子を目の当たりにして僕は心の中で悲しく呟いた。

 "料理人の皆様、ごめんなさい……"

 僕は心の中で料理人の人達に心から申し訳なく思い詫びるのであった。



 かくして、山賊共の宴会が終わり皆が眠りに就くために振り分けられた部屋へと向かう。

 寝室は2つあり、母と父、僕と絵梨香が同じ部屋となる。

 本来ならば父と僕、母と絵梨香と言うのが一般的な部屋割りなのだろうが……我が和泉家には少し事情があってこのような部屋割りになる。

 それは、父の猛烈なイビキである。

 僕と絵梨香はとても耐えられないのであるが、何故か母のハンナはあの猛烈なイビキの中でも平気で寝れるのである。


 絵梨香と2人で同じ部屋に寝るのは中学の時以来である。

 子供の頃、一緒の部屋で寝ていた時の記憶が蘇ってくる。

 ふと、絵梨香の方を見ると部屋の隅に置かれたトランクの前で何かをしているが分かる。

 "何してんだ……"

 僕は興味本位で絵梨香の背後からのぞき込むと……

 

 「何だそれ……」

 僕は思わず絵梨香に疑問をぶつけてしまう。


 「こっ! これは……その……」

 絵梨香は思わず手にしていたものをトランクの中に隠そうとする。

 僕は絵梨香が隠そうとしたものが何なのかすぐにわかった。


 「それ……コスプレって奴だろう……」

 「いつの間にそんなの用意したんだ……」

 僕の一言に絵梨香の顔が赤くなっていく。

 「明日、それ着て行くのか」

 僕の問いかけに絵梨香は首を横に振る。

 コスプレは事前登録制の許可制でコスプレする人のために会場に更衣室が用意されており、そこで着替えるそうである。


 絵梨香は、少し恥ずかしそうにしながらコスチュームを見せてくれた。

 「良く出来てるな……専門店かなんかで買ったのか」

 僕の素人目ですら生地も仕立ても良く相当に高額なオーダーメイドの品である事が分かる。

 「結構、いい値するんだろう、そういうのって……」

 僕がコスチュームの事を問いかけると絵梨香が経緯を話してくれた。

 

 このコスチュームは友達の手作りだそうである。

 絵梨香は以前からコスプレをしたかったのだがサイズが無かったとの事である。

 オタ友の一人がレイヤー(コスプレする人)で自分でコスチュームを自作するぐらい器用だそうである。


 その友達が以前から絵梨香にコスプレさせたいと思っていたキャラのコスチュームだそうである。


 コスチュームは絵梨香の推しキャラではないのだが友達が"絶対に似合う"からと言ってノリノリで作った物らしく、異様に気合の入った完成度の高い代物に仕上がっているとの事。


 因みに、このコスチュームは絵里香がプロテニスプレーヤーになったお祝いも兼ねているのだそうである。

 

 "お祝いの品がコスプレ衣装か……"

 僕は少し戸惑いながらも絵梨香にとっては最高のお祝い品だったのだと思った。


 「明日はよろしくねっ! 兄さんっ!! 」

 「当てにしているからねっ!!! 」

 絵梨香はそう言うと『満面の笑み』を浮かべた。

 その時、僕にはまだ絵梨香の『満面の笑み』が何を意味しているのが知る由も無いのである。


 旅の初日の長距離移動の疲れもあり、僕と絵梨香は床に入ると直ぐに深い眠りに就くのであった。



 ~ 和泉家の人々…… 其之弐 家族旅行 ③ ~


終わり


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