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 僕は……  作者: イナカのネズミ
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~ 和泉家の人々…… 其之弐 家族旅行 ➁ ~

~ 和泉家の人々…… 其之弐 家族旅行 ➁ ~




 成り行きで2泊3日の京都旅行を企画する破目になってしまった僕……

 暇な僕と父は何時でも良いのであるが、現役バリバリの働く母とプロテニスプレーヤーの絵梨香はそうはいかない。


 結局、宿泊先の予約状況と2人の都合の付く日をすり合わせた結果5月のゴールデンウイークの間の平日となってしまった。

 こんな急な日程になってしまったのは、絵梨香の某イベントの日程に合わせた事が最大の原因である。

 プロのテニスプレーヤーである絵梨香は、このイベントのためだけに5月2日に学校を休むのであるが……さして問題とはならなかった。


 ハッキリ言って今頃からだと、ゴールデンウイークの連休中はどこもかしこも予約でいっぱいで宿を取る事が出来ずにいたのだが……

 幸運にものゴールデンウイークの間の平日に予約キャンセルが発生して同じ宿で2連泊できるようになった。

 

 そして今や、我が和泉家の一番のお金持ちの絵梨香様のご厚意により軍資金は極めて豊富なので市街からは少し外れるがリビングに寝室が二つ、それに個室温泉が付いているという超豪勢な温泉旅館に豪勢な食事(地元の銘酒)付きで予約を取る事が出来るのであった。

 因みに、この豪勢な食事(地元の銘酒)付きは母の強い要望なのは言うまでもない。


 旅行の日程は5月の2・3・4日で、絵梨香のイベントの5月3日、父の刀剣博は5月末日までである。

 母は旅館で温泉に入ったり美味い物と酒を楽しみ、旅館周辺の風光明媚なスポットを散策したりとゆっくりと過ごす予定である。

 問題は僕である……

 絵梨香の荷物持ちとしてあの地獄のようなイベントに付き合わないといけないのである。

 正直、あの地獄の中で僕の体力と気力が持つか今からすでに不安である。

 本当は、母と一緒に旅館でと温泉に入ったり旅館周辺の風光明媚なスポットを散策したりしたい……と言うのが本音である。


 これで、3人の我が儘を聞き入れた旅行プランはなんとか出来上がるのであった。

 よく考えてみれば家族全員で旅行なんて"ここしばらくしたことが無かった"なと思う僕であった……



 かくして、銃撃事件の記憶も生々しい僕は5月2日の昼前に和泉家の家族と共に大きなトランクを手にして京都駅に降り立つのだった。


 既に代金を支払い繁忙期であるために直前のキャンセルは全額払い戻しがないのである

 そんなの貧乏人の僕には耐えられないというのが本音なのであるが……


 絵梨香は大きな伸びをすると辺りをキョロキョロ見回している

 「意外と空いてるわね……」

 「もっと、人でごった返しているのかと思ったのに」

 思っていたより人の少ない京都駅の様子に呟くように言う


 「連休の中日の平日だからね……」

 僕はそう言うと乗換ホームの方にトランクを引っ張りながら歩き始めると皆も歩き始める。


 乗換駅から歩いて15分ほどの所に目的の旅館がある。

 国内はもとより海外でもそれなりに評判の良い純和風旅館である。

 チェック・インは午後4時以降だが当日宿泊者の荷物は預かってくれるというサービスがあるのでフロントに荷物を預ける。


 「腹が減ったな……」

 父の一言に僕も絵里香も母もコクリと頷く

 当然、僕はそれを予測して予め料亭に予約(個室席)を入れてある……

 因みに、料理は僕の好みで選んでいるのだがこれぐらいは許されると思う。


 旅館から歩いて5分のところにある京風日本料理の料亭で昼食を取ると父と僕は京都国立博物館へ、母と絵梨香は辺りを散策してから旅館にチェック・インし荷物を受け取ってから温泉に入るとの事である。


 僕と父は最寄りの駅で電車に乗り京都駅へ、それから京都国立博物館へと向かった。

 いつも、父は作務衣姿であるが流石に刀工の和泉守兼正だとバレると何かと大変なので母と絵梨香の監修の元で普通のおじさんルックに仕立てている。


 京都国立博物館に到着すると平日とは言え、連休の中日なので思った以上に人が多い。

 それも若い女性の姿が特に目立つ、日本刀鑑賞などと言うモノは少し前までは爺のシブい趣味であったのだが……

 「時代も……変わったなぁ……」

 若い女性が多くいる様子を見て驚いた父の呟いた一言が妙に耳に残っている。

 これも、絵梨香が大好きな某歴史物の影響によるブームなのだが、そんな事情など父が知るはずも無いのである。


 こんな状況だと普通は展示品の前で立ち止まってゆっくりと鑑賞とは行かないのだが、僕の父はそうではない……

 気になるお目当ての刀の前に来ると、まるで石のお地蔵さんのように動かなくなってしまうのである。

 当然、他の人の迷惑になるので、僕は周囲の状況や雰囲気を気にしながら父を引きずるようにして動かすのである。


 散歩の途中で動くのを嫌がる犬のような父を次の展示ブースへと連れて行くと急に動きが止まる。

急に動かなくなった父はジッとガラスケースの中の刀を複雑な表情で見ている。

 "何なんだ……"

 僕は心の中で少し困ったように呟くき、父がジッと見ているガラスケースの中の刀の方に視線を移す。

 "あっ……"

 ガラスケースの中の刀を見て思わず僕は小さな声を上げてしまう。

 展示されていたてのは父の鍛練した刀であった……

 今まで気付かなかったが現代刀工の鍛錬した刀も展示されていたのである。


 "何で……こんな所に……"

 父の少し焦って慌てたような呟き声が耳に入ってくる。

 少し落ち着かない様子の父は隣に展示されている刀を見て少しムッとしたような顔になる。

 "もっと出来の良いモノがあるだろうに……"

 どうやら、展示されている父の刀より隣に展示されていた刀の方が出来が良いようである。

 "……"

 父は不機嫌そうになると逃げるように足早にその場から立ち去るのであった。

 まぁ……父の気持ちが分からないわけでもない。

 その後、数時間も父に付き合わされることとなる僕であった。


 そうこうしていると、閉館の知らせる場内アナウンスが流れてくる。

 会場にいた人達が徐々に減り始め僕も退場しようとするが困った事に父は動こうとはしない。

 「オヤジ、もう閉館時間だから帰るぞ」

 僕は石の狸と化した父にそう言っていると博物館の職員らしき人がこちらのほうに歩いてくるのが見える。

 「ほら見ろ、職員がこっちに来るじゃないか」

 僕は恨みがましく父に言うと職員の人が父の方をジッと見ている。


 「あの……もしかして……」

 「刀匠の和泉守兼正さんでいらしゃいますか……」

 職員は少し緊張したように父に問いかける


 「んっ……んんっ……」

 職員の視線に父は少し困ったかのように言葉を濁らせるが小さく頷く


 「やはりそうでしたかっ!」

 職員は凄く嬉しそうな声で言う

 「私は当館の学芸員で刀剣を専門としております」

 「叙勲おめでとうございます」

 「刀匠、和泉守兼正様の事は良く存じ上げております」

 職員はそう言うと自分の名刺をポケットから出してくると父に差し出す。


 「あっ……その……」

 父は職員が差し出した名刺に少し慌てているようだったのだが……

 父は少し慌てたように上着の内ポケットの中を弄り自分も名刺を出してくると職員が嬉しそうにそれを手にする。


 "ああ……間違いないな……"

 "この人、刀剣マニアだ……"

 "それもかなりディープな人だ……"

 博物館の学芸員で刀剣を専門にしているという時点で父とタメを張るほどの刀剣好きと言うのは確定である。

 "それにしても……オヤジ……"

 "名刺なんか持ってたんかっ!!!"

 僕は父が名刺を持っている事に心から驚愕するのであった。

 

 ほんの数分だが、父は職員と少し言葉を交わしただけで心が通じたようであった。

 楽しそうに会話し嬉しそうな父と職員の表情を見ていれば容易に察しがついた。

 ソフィーと同じで趣味趣向に国籍・人種・職業・性別・年齢は本当に関係ないのだとつくづく思う僕であった。

 かくして、父と僕は多くの職員達に見送られ最後の退館者となるのであった。

 ハッキリ言って、少し恥ずかしかった……。


 因みに、明日は絵梨香のイベントに朝から付き合わされることになっているのである。



~ 和泉家の人々…… 其之弐 家族旅行 ➁ ~


終わり



 



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