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 僕は……  作者: イナカのネズミ
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~ 和泉家の人々…… 其之弐 家族旅行 ➀ ~


 ~ 和泉家の人々…… 其之弐 家族旅行 ➀ ~



 ここ数ヶ月で我が和泉家の人々の生活は大きく変わってしまった。


 僕は、海外留学が決まり七月の末には家を出るし、絵梨香はプロになったので試合がある度に学校を休んで遠征に行き家を空ける事が多くなった。

 今、僕が心配しているのはこのままだと絵梨香は出席日数が足りなくて高校を卒業できなくなってしまうのではないかと言うである。

 中学とは違い高校は出席日数が足りないと卒業できない。

 実際に、学生のプロ棋士などは出席日数が足りずに高校を卒業できなかった人もいるからなのだが……

 そんな僕の心配も他所に、当の絵梨香にとってはどうでもいいようである。

 そこが、絵梨香の良い所でもあり……残念な所でもあるのだが絵梨香本人は凄く充実した毎日を送っているのだから良しとしよう。


 そして、カーゴ(貨物機)・パイロットの母が家に帰ってくるのは週末ぐらいなので……

 数か月後には、家に毎日のようにいるのは父ぐらいなるのである。



 プロになった絵梨香だが、高校二年生にしてそれ相応の収入を得る事となる。

 当初、僕は凄く稼ぐのかなと思っていたのだが……

 テニスは野球などとは違って普通の新卒サラリーマンと変わらない額である。

 因みに、世界トップレベルのプレーヤーだと数億から百億以上も稼ぐとの事である。

 絵里香のような新人だと遠征にかかる費用などは全て自己負担なので実質手元に残る金はそう多くはない。


 しかし、絵梨香の場合は現役女子高生プレーヤーと言う事とテレビで取り上げられた事もあり少ししてから某スポーツ用品企業のスポンサーが付いた事と企業の広告にも採用されるなどしたために最終的に数千万円と言う額になってしまった。


 幸いにも父が刀匠と言う職業で自営業であったために企業との契約や税金関係の諸手続きには慣れており全てをやってくれたので大変助かった。

 父には失礼だが、今までこれほどまでに父を頼もしいと感じた事はただの一度も無かった。



 それより問題は僕の方であり……海外留学には相当な額の金がかかるのである。

 学費の方は、全額免除とは行かないまでも免除が受けられたために何とかなったのだが……向こうでの滞在費(生活費)をどうするかである。

 助成金の申請も済ませてあるがどの程度の助成が受けられるかは分からない。

 それに、ハッキリ言って僕には4年間で卒業できる自信はないのである。

 これから僕の行こうとしている大学は平均で約5~6割、学部によっては8割が留年するような大学なのである。

 (逆に、3年程で卒業するような人もいるのだが……)


 「兄さん、私が出してあげようか」

 そんな僕に絵梨香が言ってくれるのだが……当然、有難く辞退した。

 結局、母に出してもらう事になるのだが、絵里香の純粋な好意とは言え流石に妹の脛を齧るのは兄として抵抗(プライド)があったからである。

 残念だが、事が金の事となると僕の父は全く頼りにならないのである。



 上記のように3月の末まではいろいろと忙しかったのだが4月始め頃には僕はいつもの落ち着き取り戻していた。

 4月の中頃には一度渡米して学校の下見に行く予定である。

 当然、この時は後に米国史上でも最悪と言われる銃撃事件の一つに巻き込まれるなどとは思いもしないのである。



 そんなある日の出来事……

 年末以来、久しぶりに家族全員が揃い夕食を取っていた。


 「家族旅行とか行ってみない」

 と言う母の思い付きの何気ない一言が和泉家の食卓に論争の嵐を呼ぶことになる。

 始めは、行先について和やかな会話であったのだが……

 行先が具体化してくると父と絵梨香は京都、母は北海道が良いと言い始め……

 徐々に雲行きが怪しくなり、遂には行先論争に発展してしまったのである。


 因みに、僕は温泉と美味い物があれば何処でもいいのでこの不毛な論争には表向きは参加せず中立的な立場を保っている。


 父と絵梨香が京都を押すのには明確な理由がある事を僕は知っている。

 今、京都ではこの2人にとって見逃せないイベントが開催されているのである。

 一つは、京都で開催される予定の絵梨香の大好物の某歴史物の国内最大のイベントでここでしか手に入らないようなグッズが多数販売され、原作者やゲーム・アニメの登場人物の声優によるイベントが目白押しなのである。

 それに呼応するかのように某歴史物に縁がある場所や舞台となった場所では、これまたファンが喜ぶようなイベントを開催しているのである。


 そして、もう一つは京都国立博物館で開催されている大刀剣博である。

 普段は、宝物庫の奥に仕舞い込まれているような国宝級の代物が一堂に展示されているのである。


 父と絵梨香の2人にとっは涎物のイベントであるのだが……母にとってはただの某歴史物オタクと刀剣マニアの群れが蠢く欲望と人塗れのイベントである。

 母は、生まれ故郷のドイツに似た北海道の景色を見ながら温泉に浸かり美味い酒と美味い物を鱈腹食べてのんびりしたいだけなのである。

 中立的な立場を保ちながらも僕は母の味方である事は言うまでもない。


 以前、夏休みに絵梨香の保護者役として東京の某イベントに付き合わされた時の悪夢が僕の脳裏にリアルに蘇る。

 あの人の数、先頭の見えない途方もない行列、そしてむせ返るような熱気……

 もう二度とあのような生き地獄はごめんである。


 とは言え、初めから僕と父とは蚊帳の外……事実上、母と絵梨香の一騎打ちなのである。

 貧乏な僕と父とは違って我が和泉家の女性陣は稼ぎが良いのである。

 残念なことに我が和泉家は今や完全な"カカァ天下"なのである……


 結局、最後は母と絵梨香のじゃんけんで決める事となった。

 なんと、ドイツにもじゃんけんがあるのである。



 ドイツのジャンケンは日本とは違い4通りの出し方がある。

 グー(石)、チョッキ(ハサミ)、パー(紙)は日本と同じなのだが、もう一つの出し方に(井戸)と言うのがある。

 石もハサミも井戸に落ちてしまうのでグーとチョキは負けとなり、紙は上から井戸をふさげるからパーは勝ちとなります。

 ただし、井戸は省かれることもあるので初めに「井戸は?」と聞いてからじゃんけんします。



 かくして、絵梨香がじゃんけんに勝利し、まだ旅行に行くとも決まっていない旅行の旅行先が京都に決定するのであった。


 変に盛り上がっている3人の様子を窺いながら僕は疑問に思っている事を口にしてしまう。 

 「ほんとに行くの?」

 この余計な一言さえ口にしていなければ、この旅行の話は無かった事になったかもしれない……

 僕が恐る恐る問いかけると3人の視線が僕に集中する

 "なんか……嫌な予感が……"

 こういう時の僕の嫌な予感は100%の確率で的中する

 3人が同時にニッコリと笑う……



 「カネツグ後はヨロシクね!」

 母の一言で旅行に関する事は全て僕に丸投げされる事となったしまった。

ユダヤの格言の一つ「放たれた言葉は2度と戻らない」を身を以て思い知らされる僕であった。


 かくして、僕は超・我が儘なこの3人の要望を聞き入れた2泊3日の京都旅行を企画する破目になるのであった。



~ 和泉家の人々…… 其之弐 家族旅行 ➀ ~


終わり



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