~ 異的大陸 亜米利加・合衆国 ③ ~
~ 異的大陸 亜米利加・合衆国 ③ ~
現地時間の朝5時に僕は目を覚ました。
昨日の事が嘘のように感じられる。
枕元の携帯電話をふと見ると着信歴があること気付く。
携帯電話を手に取ると着信歴を確認する。
全て絵梨香と母からであった。
日本と現地の時差のせいで真夜中の着信となり気が付かなかったのである。
時間差は16時間ほど日本の方が進んでいるのである。
"それにしても凄い数の着信歴だな……"
僕は心の中で呟くと絵梨香に電話を掛ける。
すると、ワンコールで絵梨香が電話に出る。
「兄さんっ! 大丈夫っ!! 」
「怪我してないっ! 」
絵梨香の鬼気迫る始めの一言で僕は全てを察した。
昨日の事件の事が日本でも報道されたのだ。
大声で父の事を呼んでいる絵梨香の声と父の慌てる声が電話口から聞こえてくる。
「あっあっああ……大丈夫だ」
「怪我も何も無い、ピンピンしている」
「予定通りに現地時間で今日の朝10時の便で帰るよ」
僕が何事も無かったように答えると電話の向こうで絵梨香がすすり泣いている声が聞こえてくる。
「泣くなよ……」
僕が少し困ったように言うと絵梨香は少し怒ったような声になる。
「何言ってるのよっ! 兄さんっ! 」
「兄さん、思いっきりテレビに映ってたんだよっ! 」
絵梨香の言葉に僕は唖然とする。
「へっ……それどういう事……」
訳の分からない僕は絵里香に間の抜けた声で問いかけると、絵梨香は呆れたように話し始めた。
絵梨香が朝起きてテレビを付けたらサンフランシスコの銃撃事件の事が報道されていて事件に居合わせた人が携帯で撮影した事件直後の動画が放送され、そこに僕がアップで映っていたらしい。
「それ……本当なのか……」
僕が絵梨香に問い直す。
「こんなの嘘ついたって仕方ないじゃないのよっ!」
電話口で絵梨香が少し怒ったような口調で答える。
「母さんにも直接、兄さんから電話してあげて」
「凄く心配てしてたから」
「ちょっと待って、父さんと変わるから」
僕は父と話を少しした後で電話を切ると母に電話をする。
流石にワンコールとは行かなかったが電話に出た時の母の声が今でも記憶に残っている。
僕は電話を切ると何通かメールが入っている事に気付く、メールを確認すると高校の時にアドレス交換をした何人かの友人とソフィーからだった。
当然、メールの内容はほぼ全て同じである。
僕は、事件に巻き込まれたが無事である事をメールで伝えると、暫くしてから無事であった事に安心したとの内容の返信が帰ってくるのであった。
その中で一際、僕の目を引くメールがあった、絵梨香と同じ趣味嗜好の中野さんである。
中野さん以外のメールの内容は一言で言うと"よかったな"で、無事な事を喜ぶものであったのだが……中野さんは違っていた。
その内容はと言うと……簡単に言うと"凄い体験ができたね"であり、何故か羨ましそうとも取れる内容のものであった。
本人にそのような意図は全くないとしても、流石は"中野さん"だと思った。
そして、この人ならこの異的大陸・亜米利加で何があっても十分に前向きに一人で生きていけるとつくづく感心する。
そして、同時に逆に僕の方が中野さんのポジティブな性格を羨ましく思えるのであった。
僕は、近くのレストランでアメリカンな朝食を取り空港へと向かう、あれだけ大きな事件があっても何も変わらない街の様子と人々の日々の暮らし……
僕は夢を見ていたかのような不思議な感覚に陥りながらも飛行機に乗りこの国を後にした。
因みに、帰国した後に気になったので某動画サイトで事件の動画を幾つか見た。
僕がどんなふうに映っているの気になったからである。
動画に映っていた僕はと言うと……呆けた顔で地面に座り込んでいる様子が映し出され間の抜けた顔がバッチリと映っているのであった。
僕の傍に銃で撃たれ血を流して倒れていた若い黒人女性の顔にはしっかりとモザイクが掛かっていたのに、なぜか僕の顔にはモザイクが掛けられていない。
"これって、肖像権の侵害になるんじゃねぇ"
などと思っても手遅れであった……既に再生回数の多いものだと3000万回を超えていたからである。
"下手すりゃ、父や絵梨香より有名人か"
などと心配していたのだが……
ただの思い上がりの取り越し苦労であり、新聞のインタビューを受ける事も無く、直ぐに世間から忘れ去れるのであった。
それよりも僕は世界中から動画に寄せられた何万ものコメントの幾つかを読んで衝撃を受ける事になる。
あの時の僕は全く気が付いていなかったのだが、確かに動画に映っている範囲では明らかに無傷なのは僕だけでのように見えるのが分かる。
確かに誰が見ても"幸運"としか言いようのない状況である。
……だが、コメントの所々に出てくるこの文字……
"lucky kid"……"幸運な子供"……これは間違いなく僕の事である。
そして、それは間違いなく世界中の人々が僕の事を小学生の高学年ぐらいに思っているという現実を如実に証明しているのである。
悪気の無い知らぬ事とは言え、僕にとっては銃弾よりも遥かに心に深く突き刺さる傷を負わせるのであった……
コメントの内容は、主に犯人の非道性を批判するものや僕の幸運と強運を絶賛するものであったのだが……中には……
"幼い子供だから犯人も撃たなかったのね"とか……
"的が小さ過ぎて弾が当たらなかったのね"とか……
"チビ過ぎて犯人の視界に入らなかった"とか……
他にも……
"一生分の幸運を使い果たした"とか
"この子は、ロトを一生涯、買わない方がいい"とか……
まぁ……そんなの気にする事は無いと必死で自分に言い聞かせる僕であったのだが……
虚しい悪足搔きとは知りつつも、いつも飲んでいる牛乳をカルシウム増量の物に変えたのであった。
明らかに胡散臭い増毛剤のテレビCMが絶対に無くならない理由を身に染みて理解する僕であった。
テレビの増毛剤CMを観ながら"あんな物で毛が生えるはずがない"などと思っていた自分が恥ずかしい。
僕と同じで藁にもすがる思いなのだと共感を覚えるのであった。
それにしても流石は、異的大陸・亜米利加合衆国……僕の予想を遥かに上回る国であった。
~ 異的大陸 亜米利加・合衆国 ③ ~




