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 僕は……  作者: イナカのネズミ
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 夏の終わり ➁



 僕の住んでいる所から京都へ行くには西に向かわなくてはいけない、しかし今乗っている新幹線は東に向かって走っている。


 当然、乗り間違えたのではない……僕が向かっているのは関西ではなく東北のとある町だからである。

 目的地は、僕がつい最近まで実の母だと思っていた人が暮らしていた場所……そして、亡くなった場所でもある。


 じつは僕は一度もそこに行った事が無い、そして父も僕を連れて行こうとはしなかった。

 だが、住所は遺品の古い手紙で分っているし、母の写真もあるので目的地の選択にさほど困る事は無かった。

 母の名前は本田千恵美、住所は福島県〇〇市△△村××……。


 東京駅で新幹線を乗り継ぎ更にローカル線で30分程で目的地に辿り着いた。

 かつては山間の小さな漁村だったそこは大規模な土木工事現場だった、真新しい道路、城塞のようなコンクリートの壁、一面に広がる雑草の生い茂る更地、予めある程度の情報はネットで仕入れてはいたが思った以上に驚かされる。

 父が何故、一度も僕をここに連れてこなかったのか何となく理解できた。


 駅を出るとipadの地図とGPSを頼りに目的地へと歩き出す、暫くすると工事現場の警備員らしき人に呼び止められる。


 僕は古い手紙と写真を差し出すと、警備員らしき人は全てを悟ったらしく

 「その手紙の住所はあの辺だよ」

と指差して教えてくれた、私は警備員らしき人にお礼を言うと示された方に向かって歩き出す。


 周囲には民家らしき建物は一軒もなく、古いアスファルト舗装にひび割れ目から雑草が生え、何かの建物の基礎らしきコンクリートの塊が所々に見える。

 そこには、工事現場の喧騒と海からの風、それ以外に何も無い……。


 「ここら辺か……」

 僕は、最大に拡大したipadの地図上に表示されるGPSの目印の位置を確認するが一面の草原には母の実家を示すような手掛かりは何も無かった。


 ネットから震災前の古いストリートビューの画像も入手し家の位置もあらまし予測はしていたが一面に雑草が生い茂るだけで場所を特定するための指標となるものは何もなかった。


 「参ったな……」

  僕が途方に暮れていると、こちらに向かってくる2人がいる。

 僕は何の躊躇いもなくその2人の方に向かって早足で歩きだす。


 近づくと初老の夫婦だった、僕に気が付いた2人に

 「すいませんが……」

 「この手紙の住所はどの辺りになるか分かりますか」

そう言って手紙の住所を見せると初老の男性は


 「すまないが、私達はここの住人じゃないんだよ」

 「私らは息子夫婦の暮らしていた家しか分からん」

申し訳なさそうに言う


 「この画像に息子さん夫婦の家はありますか」

そう言って僕はipadに映し出された震災前のストリートビューを見せると2人はジッと食い入るように見ている……すると


 「これっ! 正孝の家じゃないっ!!」

初老の女性が少し興奮したような声で言うと

 「ああっ! そうだそうだ……間違いない」

と2人が確信したように言う、僕はipadを覗き込むと女性が指で画面を指し示す。


 女性の指し示した家は母の実家のすぐ隣だった。

 僕は女性が指し示す、そのすぐ横の家を指差すと

 「この家が私の母の実家なんです」

驚いた2人は顔を見合わせて


 「お隣さんだなんて……不思議なものね」

女性が言うと男性も大きく頷いている


 「母の事、ご存じなんですか!」

僕は少し興奮して2人に母の事を聞くと


 「すまない……分からない」

男性が申し訳なさそうにする


 「そうですか……」

 「でも、あなた方のお陰で母の実家の場所が分かりました」

 「ありがうございます」

僕は深々と頭を下げてお礼を言うと


 「もしかしたら……」

 「貴方のお母さんの向かいの家の人が助かったはず」

 「今どこにいるか分からないけど……」

 「お役所に訳を話せば何かわかるかもしれないわ」

女性が僕に優しそうな口調で話しかける


 「本当ですか、ありがとうございます」

僕はもう一度、深々と頭を下げるとお礼を言った


 その後で、この老夫婦の案内で母の実家があった場所に行くと玄関のコンクリートの床の部分が少し残っていた。

 その場で、少し2人と会話するとその場を離れ町役場へと足を運ぶ



 真新しい町役場に入ると受付窓口で事情を話す。

 個人情報保護の関係で住所や電話番号などは教えられないが役場を通して連絡し相手が了承すれば役所から住所や電話番号を伏せて話は出来るらしい。


 役場のロビーで待つ事、約一時間以上……

 電話の子機を持った役場の人がこちらにやってくる、子機の液晶ディスプレイにはテープが貼られて見えなくなっている。

 「相手の人は快く承諾してくださいました」

 「是非、分かる事があればお話ししたいとの事です」

 そう言うと私に子機を手渡してくれた、私は恐る恐る電話を手にすると子機からは女性の声が聞こえてくる……僕には、その声は凄く優しく好意的に聞こえた。


 女性は驚くほど当時の事と内情を良く覚えていた。


 ほんの10分ほどの会話で僕の知りたかった事の半分が分かる。


 僕の母は出産後の里帰りであの震災の後に発生した津波に遇い生まれた子供と共に流され子供と一緒に亡くなったそうだ。

 あの辺りは昔からの漁港、漁師町でその一族が近くにまとまって暮らしていた。

 震災の当日は、本田家の法要があり一族が本家に集まっていたそこに津波が押し寄せ一族がほぼ全員が流されなくなった。

 その中で難を逃れた本田家の生き残り……それが僕のようだ……。

 因みに、父の兼正は仕事の関係で少し遅れてこちらに来る予定だったために難を逃れた事は父から聞いて知っている。


 女性の話では、僕の年齢から当時は生まれて間もなかったはずだから、母の妹の杉本美紀(旧姓・本田美紀)の子供ではいかと言う事だった。

 父の名は、杉本雄作と言う人で京都出身だと言う事……そして、父も津波に流され亡くなっていると言う事。


 杉本雄作と言う人物には心当たりがあった、残された母の古い手紙にそれらしい人物の年賀状と葉書きが数枚あったからだ……当然、住所も記載されていたのでipadで撮影して保存してある。


 京都か……皮肉なものだな。

 僕は心の中で笑うしかなかった……。



 終わり


 



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