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 僕は……  作者: イナカのネズミ
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~ 第5章 思わぬ出会い…… 突然の訪問者、そして別れ ③ ~

~ 思わぬ出会い…… 突然の訪問者、そして別れ ③ ~



 静まり返った夜の田舎の大晦日、今年も同じように除夜の鐘の音が響いている。

 除夜の鐘の音は昔も今もこれからも変わらないだろうが、その音を聞いている人は年を経るごとに変わっていく。

 そして、僕もその一人にすぎない……


 などといつになく感傷に慕っている僕を他所に和泉家のリビングでは母は飲んだくれ、父はイビキを掻いて爆睡している。

 絵里香はマイク付きのヘッドホンをノートパソコンに繋ぎオタ友とズームを使っての濃いオタ話に花が咲いている。

 何を話題の話しているのかは知らないが、聞きたくもない恥ずかしい単語が所々耳に入ってくる。

 ヘットフォンをしていると周りの音も聞こえない替わりに自分が出している声の音量も分からないのである。


 そんな、悲惨な状況で今年最後の数分間を僕は心に吹き込む隙間風に凍えながら1人虚しくキッチンで年越し蕎麦を湯がいている。

 丼に湯で上がった蕎麦を入れ海老の天ぷら2尾と蒲鉾の薄切りを乗せ蕎麦露をサッとかけるネギと七味はお好みである。


 「蕎麦ができたぞ」

 当然だが誰も僕の声に気が付かない……

 もう一度、声を大きくして言うと父がムクムクっと起き上がり丼をテーブルに並べてくれる。


 「蕎麦が出来たから」

 僕は母と絵里香に伝える


 「ラーメンの方がいいのに……」

 母は毎年のように同じことを言うのだが僕は絶対に年越しラーメンなどと言う邪道は嫌なので母のリクエストには答える気はないのである。

 蕎麦を食べ終えると家族みんなで近所の神社へ参拝するのが我が和泉家の毎年恒例の新年の初めての家族行事である。

 酒に酔ってペロンベロンの母になり代わりペーパードライバーの父が車を運転する、毎年恒例の真冬の10分間肝試しでもある。


 家から車で約10分ほどの所にあるこの神社は全国的にはそんなに名を知られてはいないが分かっているだけでも1700年の歴史のある日本でも最古級の神社である。

 当然、斎藤の入れ知恵によるものである……

 神社・仏閣と言えば京都と思う人が多いが実際はそうではなく、本当に古い物は仏閣は奈良、神社なども地方に多いのである。

 ……当然、これも斎藤の入れ知恵であるのだが……


 有名でないとはいえ参拝者はそれなりにいるので行列に並び賽銭をして願い事をする。 

 僕が何を願ったのかは言うつもりはない、他の人に言うと願いが叶わなくなると地元では言われているからである。

 その後で、絵馬にそれぞれの目標のようなものを書いて奉納する。

 絵馬を吊るしていると他の人の書いた絵馬の文字が目に入る。

 やはり、いつも通り受験や資格の合格を願うものが多く目立つ。

 因みに米国人はこの手の"願かけ"はしないそうである。

 海外へ行く事になって少し向こうの習慣や風俗などの事も調べているのである。



 父はいつも通り"静火・鍛錬"、僕もいつも通り"家内安全・無病息災"

 絵里香は……"早起き"そして、漢字の書けない母は"viel Glück"であった。

 日本の神様はドイツ語が読めるのかなと幼い頃から僕はずっと思っている。



 再び10分間のジェットコースターに乗り家に帰ると疲れ切った和泉家全員は直ぐに寝てしまうのである。

 これが、毎年恒例の我が和泉家の一家全員の命を懸けた年初めの運試しなのである。

 父の運転する車で何事も無く帰れたことが今年も"家内安全・無病息災"を保障してくれるのである。



 朝、起きると時計の針は9時過ぎを指していた。

 枕元の携帯電話にメールが何通か入っているのが分かる。

 学校の友人からの新年の挨拶メールだった、我が校では基本的にクラスメイト同士での年賀状は書かないのである。


 その中に、1通だけ変なメールがあった

 "あけおめ!"

その一文のみであった。


 "あ~あ……ソフィーか……"

 変なメールの送信者は長く音信の無かったソフィーからであった。

 礼儀として返信する内容は以下の通り


 "謹賀新年"

 "明けましておめでとうございます"

ごく一般的な日本のテンプレートであるのだが……

ソフィーには意味か分からなかったようで、もう一度ドイツ語の訳とその意味を付けて送信するはめになった。


 あっという間に冬休みは終わり、3学期が始まる。

 受験も近く塾は生徒も講師もピリピリしているのが空気で分かる。

 そして、1月の半ばの大学入学共通テストが終わり合格結果が塾の掲示板に張り出される。


 中野さんは無事に〇京大学に、白井さんも北村も志望校合格を果たしていた。

 僕も当初の志望校である京〇大学に合格している。

 塾は僕がスタンフォード大学に合格したことを知らない。


 残念ながら不合格だったクラスメイトも何人かいるのだがこればかりはどうしようもないのである。


 受験という呪縛から解放された気分は生徒達にとっては最高の一時である。

 教室の張りつめていた厳冬の空気は春の陽気の如く緩んでいる。


 そして、あっという間に学校最後の登校日が訪れる。

 3月1日、卒業式の日である。


 僕にとっては運命の日である、僕の通う学校では卒業式の最後に各教室で自分の合格した学校と目標を教室でクラスメイトの前で発表するのである。


 担任の教師が順番に生徒の名前を読んでいく。

 呼ばれた生徒は返事をして合格校と進学目標を答えていくのであるが、中には志望校に入れなかったクラスメイトもいるのである。

 正直、こんな事をしなくてもよいのではないかと思うのだが全国有数の進学校らしいと言えばらしい。


 本来、出席番号順であるが出席番号2番の僕を担任の教師はわざと飛ばす。

 そして、斎藤の名前も……

 僕を飛ばしたことに気付いた他の生徒が僕の方を気にしたようチラチラと見ているのが分かる。


 そして、最後に僕の名前が呼ばれる。


 "和泉兼次……"

 僕の名を呼んだ教師がニヤリと笑う、学校の方針かそれとも担任教師の計らいなのかは知らないがどうでもよい。

 僕は返事をするとゆっくりと立ち上がる。


 "スタンフォード大学"

 "目標は……目標は、まだ分かりません"

 僕は無表情に答えるとクラスが静まり返りクラスメイトの視線が集まる。


 ふと、視線を逸らすと中野さんが間の抜けた顔をして口を開けたまま呆然と僕の方を見ている。

 僕と目が合うと慌てたように視線を逸らす。

 僕は中野さんのそういう所が結構好きである。


 "マジかよ……"

 "たしか、〇都大学じゃ……"

 "スタンフォードって……あの"

 驚いたクラスメイトの呟く声が耳に入ってくるが僕は気にせずにそのまま椅子に座った。


 当然、この後でクラスメイトの質問攻めにあった事は言うまでもない。

 


 ~ 思わぬ出会い…… 突然の訪問者、そして別れ ③ ~


 終わり


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