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 僕は……  作者: イナカのネズミ
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〜  涼音の和泉家探訪記  ② 〜

 〜  涼音の和泉家探訪記  ② 〜



 午後からは和室で父や母の所蔵品の日本刀や鍔、拵えなどを鑑賞してもらう。


 意外にも2人とも本物に触れるの初めてなのだそうである。


 だからなのか、涼音さんも寺澤さんもかなり緊張した表情で和室に正座している。


 僕は刀箪笥から主な日本刀や鍔、拵えを取り出して並べる。

 「刀ってそんなふうに仕舞っておくんですね」

 刀箪笥を見た寺澤さんは興味深そうに聞いてくる。


 「はい、刀箪笥っていって刀専用の箪笥です」

 僕はそう言うと白鞘に入っている一振りの刀を抜く。


 「これは、会津兼定です……」

 「新撰組の土方歳三の愛刀と同じ刀工の作です」

 白鞘から抜かれた刀身には真っ直ぐな刃紋が綺麗に浮かび上がっている。

 「どうぞ……」

 僕は正面に正座している涼音さんに刀を差し出す。


 「えっ!なにっ!」

 いきなり目の前に刀を差し出されて涼音さんは狼狽している。

 「そんなに緊張しなくてもいいんですよ」

 「ご自分の手に取ってご覧ください」

 僕の言葉に少し慌てながらも恐る恐る刀を手にする。


 「重いっ!」

 「こんなに重い物なんですか?」

 初めて手にする本物の日本刀の重さにかなり驚いている。

 「昔の人は、こんな重い物を振り回していたんですね」

 「少し怖いですが……凄く綺麗です……」

 涼音は刀を見て呟く。


 涼音さんは暫く観てから隣の寺澤さんに刀を手渡す。

 「本当に重いですね……」

 寺澤さんは刀を暫く観た後で……

 「失礼ですが……これってどのくらいする物なんですか?」

 寺澤さんの質問は誰でも疑問に思う事である。

 実は僕も寺澤さんと同じ類の人間である。


 そんな、寺澤さんを涼音さんが冷たい目で見ている。

 「だって、気になるじゃないですか……」

 涼音さんの冷たい視線に寺澤さんが恥ずかしそうに言う。


 「そうですね……今の相場で300万円程ですかね……」

 僕が答えると寺澤さんは"やっぱり"と言う表情になる。

 「有名な村正なんかだと1500万〜3000万円ぐらいしますよ」

 「国宝級の宗近・安綱・国綱なんかだとン億円ですね」

 僕の言葉に寺澤さんの表情が歪む。


 「そんなに……するんだ……」

 寺澤さんはそう言うと僕にそっと刀を返す。

 僕は白鞘に刀を納めてから別の刀を涼音さんに手渡す。


 「えっ!凄く軽いっ!」

 「反りもあるし長さも少し短い……」

 涼音さんはさっきの刀よりも随分と軽いので驚いている。


 「それは備前長船の片手打ちです」 

 「無銘ですが室町時代末期の物です」

 「先ほどの刀とは随分と違うでしょう……」

 刀を手渡してから説明をする。

 「涼音さんならご存知だと思いますが……」

 「抜刀術に使われる刀です」

 「軽くて短目で反りややもあります」

 僕が刀の説明をすると涼音さんはなるほどと言う表情になる。


 次に僕は長い刀を涼音さんに手渡す。


 「随分と長いけど……」

 「始めの刀とあまり重さが変わらないような……」

 涼音さんは意外に軽い事に驚いている。


 「その刀はさっきと同じ備前長船で銘は祐定です」

 「見た感じは……長くて重そうなのに……」

 「そんなに重く感じないでしょう……」

 僕の問いかけに涼音さんは頷く。


 「本当は一番重いんですよ……」

 「でも、軽く感じられるのは……」

 「その刀はバランスが凄く良いんです」

 「だから、実際よりも軽く感じるんです」

 僕は刀のバランスの事を説明する。


 ひと通り刀を鑑賞してもらった後で小道具の鑑賞にはいる。


 鍔に代表される日本刀に使われる部品の事を総称を小道具と言う。


 桐の箱に入っている鍔を何枚か取り出して涼音さん達の前に2組に分けて並べる。

 

 「ご覧の通り鉄地の地味な造りのものと……」

 「金や赤銅、黄銅などで装飾された華やかなものです……」

 僕はそう言うと地味な鉄鍔を手にする。

 「これは明珍です」

 「有名な甲冑師の一族の作です」

 「このような鍔を甲冑師鍔といいます」

 「刀匠が余った鋼で作ったものもあります」

 そう言うと僕は隣の鉄鍔を手にする。

 「因みに、これは父が作った鍔です」

 「父のような刀匠が余った鋼で作った鍔を刀匠鍔と言います」

 「地味ですが丈夫で実用的なものです」

 僕はそう言うと隣の組の鍔を手にする。


 「この鍔は金細工が施され華やかな鍔です」

 「古美濃鍔と言います」

 「太刀の金具職人が作った鍔です」

 「これは後藤家の作だそうです」

 「後にお馴染みの大判・小判を作る家系です」

 涼音さんは鍔を手にするとジッと見ている。


 「凄く細かい……」

 「これ……全て人の手で彫ったのね……」

 涼音さんはジッと鍔に魅入っている。

 これがきっかけで後に工藤涼音は鍔をコレクションするようになるのである。


 次に刀の拵えをいくつか取り出して説明する。


 「これは薩摩拵えです」

 「見ての通り柄が長くて鍔が異様に小さいのが分かります」

 「これが薩摩拵えの特長です」

 「薩摩示現流……ご存知ですね」

 「薩摩拵えはその示現流に特化された拵えなんです」

 「この拵えを差しているだけで薩摩示現流の使い手だと分かります」

 涼音さんも寺澤さんも頷く。


 「そして、これは天正拵えです」

 「時代劇でよく見る拵えです」 

 「質素で実用的で丈夫なのが特長です」

 「江戸時代の"質素倹約"に合致した拵えです」

 「なので、江戸時代の武士達はこの拵えを好んで使かったんです」

 涼音さんと寺澤さんはさっきと同じように頷く。

 

 「そしてこれが突兵拵えです」

 「幕末動乱期の拵えです」

 「特長は鞘の先が尖って丸く洋服のベルトにも差しやすい事です」

 僕は立ち上がると実際にベルトに差してみる。


 「こんな感じです」

 刀を差したままで涼音さんの方を見るのだが……


 「……」

 涼音さんは何も言わずにボンヤリと僕の方を見ている。


 "どうしたんだろう……"

 "いつもの涼音さんらしくないな……"

 "体調が良くないのかな?"

 僕はいつとも全く違う涼音の様子が気になる。


 「差している刀を見るだけでその人物がどのような人物なのか大体わかります」

 僕はそう言うと腰の刀を抜いて刀を右肩にかけた状態で座る。


 ふと前を見ると涼音さんが無表情で僕の方をぼんやりと見ているのがわかる。

 "本当にどうしたのかな?"

 僕はますます涼音の様子が気になってくるのであった。


 夕方になり涼音さんと寺澤さんの帰る時間になる。

 「本日は本当にありがとうございました」

 寺澤さんはお礼を言うと涼音さんも慌てて頭を下げる。


 最後まで無口な涼音さんの事が気がかりな僕であった……

 


 〜  涼音の和泉家探訪記  ② 〜


 

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