~ 第5章 思わぬ出会い…… 突然の訪問者、そして別れ ➁ ~
~ 第5章 思わぬ出会い…… 突然の訪問者、そして別れ ➁ ~
寒空の下、車のクラクションが鳴り響く。
斎藤を乗せた霊柩車が最後の別れを惜しむかのようにゆっくりと走り出す。
家族だけのささやかな葬儀であったのだが、特に仲の良かった僕は葬儀に参列させてもらう事が出来た。
あまりに突然であったので斎藤の死を受け入れる事が出来ず涙すら出なかった。
斎藤の事故状況は、事故のあったその日の地方局テレビのニュースが僕に教えてくれた。
コンビニに買い物に行く途中にハンドル操作を誤った車に跳ねられ首の骨を折っての即死だった。
車を運転していたのは買い物帰りの83歳の高齢者だった。
こんな、田舎では高齢者で危険であると知りつつも車を運転しないと生活していくのは難しいというのが実情なのである。
葬儀の後、斎藤の両親から僕に小さな木の箱を手渡された。
木箱の中には小さな木片が透明のプラスチックケースに収められて入っていた。
初め見た時には何か分らなかったのだが、2年ほど前に斎藤が自慢げに言っていたのを思い出す。
"某神社の部材の一部なんだぜ……"
縦横、僅か2センチほどの小さなこの木片は世界最古の木造寺院の解体修理の際に出た部材の一部で解体修理に一定額以上の寄付をしてくれた人にだけ特別に返礼品として贈られたものである。
「こんな物、頂けませんっ!!」
僕は強く受け取りを拒否したのだが"貰ってあげてください……"という斎藤の母親の言葉に抗う事は出来ずに受け取ってしまったのである。
それから数日間、今まで感じた事の無い不思議な感覚に囚われていたのだが、徐々に普段の生活を取り戻しつつあった。
気のせいか、両親も絵里香もいつもと変わらないようにしているようだが何となく不自然でぎこちなく感じられる。
今でも学校や塾の行き帰りに不意に背後から斎藤の声が聞こえるような気がする事がたまにある。
そんな僕にいつもの声が問いかけて来る。
"お前は何がしたいのか……"
僕は、今もその問いに答えることは出来ない。
そんなある日、僕は変な夢を見た。
夢の中で、塾帰り斎藤がいつものように僕に語りかけて来る。
"和泉はいいよな~英語が出来て"
当然、僕はいつもと同じような対応をするのだが……
ふと気が付くと斎藤の横に北村と中野さんが立っている
"えっ……"
僕が慌てていると後ろから聞き覚えある声がする
"はぁ~ホントに羨ましいよ……英検1級なんて……"
驚いて後ろを振り向くとそこには白井さんが立っている
"いったい何が……"
僕は夢の中で混乱するのと同時に目が覚める、時計を見ると朝の5時前だった。
パソコンの電源を入れるとキーワードを打ち込み検索すると表示された画面を食い入るように見る。
ワードプロセッサを起動すると一心不乱にキーボードを叩き始める。
自分が何故こんな事をしているのか自分にも分らなかった。
今になって考えてみれば自分の中で何かが爆発した瞬間であったのだと思う。
よくよく考えてみればよくもまぁ、あんな無茶苦茶な事をしたものだと自分でも思ってしまう。
その日以来、僕は家にいる時間はぼパソコンの前に座っているようになった。
僕が何をしているのか両親も絵里香も聞いてくることは無かった。
ただ、気にしてくれているというのはその様子から分かる。
学校と塾、それに家事仕事に母のコレクションの手入れ等々、僕は休むことなく日々黙々とこなしていった。
そして、冬休みになり運命の12月29日がやってくるのである。
年の瀬も差し迫った12月の29日午前3時、その日は真夜中にもかかわらず僕は寝ることなくパソコンの前に座っていた。
暫くすると、パソコンのメールボックスに何通かのメールが届き始める
カチカチと言うマウスの音だけが静まり返った真夜中の部屋に響いている。
「はぁ~」
「奇跡だな……」
僕はそう呟くとメールをプリンターで印刷する。
印刷されたコピー用紙を手にする。
congratulations.
Your submitted application has passed our school's screening process.
"I approve your admission to our school."
Leland Stanford Junior University
Stamford, California, USA
450 Serra Mall, Stanford, CA 94305
おめでとうございます。
貴方の提出したアプリケーションは我が校の選考審査に
パスしました。
我が校への入学を許可します。
アメリカ合衆国カリフォルニア州スタンフォード
リーランド・スタンフォード・ジュニア大学
カリフォルニア 94305 スタンフォード セラモール
450
"本当に合格するとは思わななかった"
僕は心の中で呟くとパソコンの電源も切らすにそのまま眠りに就いてしまうのであった。
不思議と合格したという喜びは全くと言ってよいほどに無なかった。
ただ、眠いだけであった……
夢の中でもう1人の僕がいつものように問いかけて来る。
"お前は何がしたいのだ……"
僕は躊躇う事無く答える
"分からないから探しに行くんだよ……"
その日以来、もう1人の僕は2度と同じ問いをする事はなくなった。
僕にとっては、もう1人の僕のしつこい問いに答える事が出来た事の方が嬉しかった。
狭い穴倉に籠ってその世界に満足していたモグラが何を血迷ったのか地平線の広がる地上世界に顔を出してしまったのである。
当然、地上に顔を出すだけで精一杯だったモグラはこの先の身の振りの事など全く考えているはずもなかったのである。
12月29日の午前10時ぐらいに僕は寒さで目を覚ました。
薄目を開けて部屋の中を見まわす。
部屋の照明も点けっぱなしで電源を切っていなかったパソコンは自動でスリープ・モードになっているのが分かる。
枕元には昨日の夜中に印刷したコピー用紙が昨日の出来事が夢でない事を証明していた。
僕はゆっくりと起き上がるとパソコンの画面をもう一度ジッと見る。
メールを確認するとブラウザを起動して合格したはずの大学のホームページを開く。
合格者のリストに自分の名前がある事を確認するとパソコンの電源を切る。
「さてと……行くかな……」
僕は自分に言い聞かせるように呟くとコピー用紙を手に階段を降りリビングへと向かう。
冬休みで絵里香も部活はお休み、母も年末なので自宅にいる。
「おはよう……」
僕が眠そうな声で朝の挨拶をすると絵里香と母が心配そうに僕を見ている。
「おはよう……話したい事があるんだ……」
僕がそう言うと2人は顔を見合わせて"何だろう"という表情をする。
「これを見て欲しい」
僕はそう言って昨日の夜に印刷したコピー用紙を母に手渡す。
「……」
コピー用紙を見た母は何とも言えない表情になる。
「これ……本当なの……」
母の一言に僕は頷く、母の隣にいた絵里香もコピー用紙を覗き込むと露骨に驚いた表情になる。
「にっにっ兄さんコレどういう事なのっ! 」
冷静沈着な母とは違い絵里香は動揺しているのが分かる
「見ての通りだ……」
「スタンフォード大学に合格した」
僕がそう言うと母はフラフラと冷蔵庫の方に歩いていき缶ビールを取り出し一気飲みする。
「……そう……」
母は言うとそのままソファーに座り込んでしまう。
「人間、本当に吃驚すると何もできないものね……」
いつもの母なら大喜びして踊り狂うと思っていた僕の期待はものの見事に外れてしまった。
そして、絵里香の方はと言うと……
「にっ兄さんがいなくなると……」
「私……」
絵里香は悲しそうに目に涙を浮かべて呟いている。
"絵里香……"
そんないじらしい絵里香の姿に僕が声を掛けようとする。
「炊事に洗濯、家の掃除、朝起き……」
「誰がやってくれるのよ……兄さんがいなくなると……」
「私……生きて行けないよ……」
真っ青な顔をして呟いた絵里香の言葉に僕は悲しくなる。
"あ~自分の身の心配か……"
僕の絵里香に対する愛情が一気に冷めていくのが分かる。
そうこうしていると父もリビングに入ってきたので事情を話す。
「そうか……すたんふぉーど大学か」
「東京にあるのか」
父は真顔で僕に尋ねて来る。
「……」
父の一言に僕も絵里香も母も何も言えずにその場の空気が凍り付く
「オヤジ……スタンフォード大学は……」
「アメリカのカリフォルニア州にある大学だ」
僕が父にポツリと言う
「あっ……あめりかぁーーっ!」
「自由の女神のある、あのアメリカかっ!」
「外国じゃないかっ!!!」
「おっおお……そうか……そうか」
父は狼狽しながらも必死で冷静さを保とうとしているのが分かる
「それにしても、お前いつアメリカまで行ったんだ」
不思議そうな顔をして尋ねて来る父に僕は説明する
「アメリカの大学に日本のような入試試験はないんだ」
「高校での成績や英語の語学力を証明するものと……」
「アプリケーションってう論文みたいなのを提出して」
「選考審査に通れば入れる、そういう仕組みになっているんだ」
僕の説明に父は狐に鼻を摘ままれたような顔をしているのが分かる。
父の世代だと受験が当たりなので違和感を覚えるのだろう。
因みに英語の語学力は「TOEFL」や「SAT」というもので評価される
僕は既に規定値と言われる「TOEFL100点以上」「SAT1400以上」に達している
学校の成績は「GPA」と言うもので評価され僕はギリギリの「GPA3.0」であった
何とも言えない不思議な雰囲気の中で朝食を食べ終えると学校に電話をする。
海外の大学に進学したいとの意向を進路指導の教師に伝えた際に必要な証明書の手配をしてもらったからであり結果が出ればすぐに伝えると言ってあったからである。
……因みに、スタンフォードに入れるなどとは進路指導の教師も夢にも思っていなかったようで……
合格した事を伝えると電話口で露骨に慌てているのが分かるほどであった。
そして、卒業の日までこの事は内密にしてほしいと頼む。
本当に伝えたい奴にはこれから自分で直に伝えに行くつもりである。
進路指導の教師は少し躊躇っていたようだが了承してくれた、試験間近のこの時期に他の生徒のメンタルに良くないと思ったからである。
ただ、進路指導の教師の"〇都大学は……"と言う質問に"入試は受けます"とだけ答えたのであった。
一つだけ悲しいのは進路指導の教師も父も母も絵里香も誰も僕に"おめでとう"と言ってくれる者は1人もいなかった。
皆、驚いて忘れているというのは分かるのだが何故か虚しかった……。
近所の寺の墓地の真新しい塔婆の建てられた墓の前で線香の束に火を点け手を合わせる。
"行ってくるな……"
心の中で一言呟くと斎藤の母から貰った木片を入れたお守りを握りしめる。
年の瀬、僕の人生最大の転機であった。
~ 第5章 思わぬ出会い…… 突然の訪問者、そして別れ ➁ ~
終わり




