第4章 ~ 思わぬ出会い…… 突然の訪問者 ① ~
僕は……第四章
思わぬ出会い…… ~ 突然の訪問者 ① ~
僕は、塾を終えていつもの駅で電車を降りた。
11月にもなると、来年の1月には大学入学共通テスト(旧・大学入試センター試験)があるので塾の方も追い込みに入り帰りはいつも11時を過ぎることがある。
「はぁ~、疲れた……」
「それにしても、寒いなぁ……」
僕は人のいない田舎の薄暗い照明に照らされた無人駅のホームに降りるとため息交じりに呟きベンチに重い腰を下ろす
"まぁ、明日は土曜で学校は休みだし"
"塾の方も無いし、のんびりするか……"
僕は5分ほど駅のベンチで休息をとるとゆっくりと重い腰をゆっくりと上げる
"さてと……帰るとするかな……"
そう心の中で呟くと重いショルダーバッグを肩に掛け直し改札口へと向かう
本来は、この時期の受験生に休みなど無いのだが、これもまた母の方針で土日は休むようになっているのである。
母は、適度に休息を取る事は無理をして続けるよりも効率が良いという事を知っているのである。
改札を出ると誰もいない駅の前で大きなトランクに腰かけて携帯電話を必死で操作している人がいるのが目に映る。
よく見ると金髪の若い女性の外国人旅行者だと分かる。
"どうしたのかな……"
"こんな所で……"
僕は少し心配しながらも帰りを急ぐのだが……
途中でどうしても気掛かりになりクルリと向きを変えると駅へ引き返すのであった。
今になって考えるとこれが僕の人生の分岐点だったのかもしれない
駅に引き返すと、さっきの金髪で若い女性の外国人旅行者は携帯電話を持った左手をブランとさせトランクに腰かけ途方に暮れているのがその表情から分かる。
僕が彼女に近付いていくと少し警戒したような表情と仕草を見せる。
「Are you alone?」
「Do you have a problem?」
僕が彼女に問いかけるとその表情がパッと明るくなるのが分かる。
「You…… understand English?」
彼女はそう言うとホッとしたような表情になり、一気に訳を話し始める。
どうやら、1人旅の途中で乗る電車を間違えてしまったようである。
帰りの飛行機に乗り遅れてしまい途方に暮れていたそうだ。
何処かこの付近の宿を携帯で探してたが見つからず、諦めてここで野宿するしかないと腹を括っていそうである。
名前は"ソフィー・シュナイダー"と言い、年齢は20歳で身長は175センチのスラリとした細身のメガネ女子であった。
出身国はドイツ西部の町デュッセルドルフ、ヨーロッパでも屈指の日本人街があり毎年"ヤーパンターク"と言われる日本祭りが催され日本のアニメ好きがコスプレしたりするそうだ。
ソフィーも小さい頃から日本のアニメや漫画に慣れ親しみ、大きくなったら日本に行くのが夢の一つでそれを叶えての来日だったそうである。
こんな田舎に僕の知る限り宿など無いし……
流石にこの寒空に放って置く訳にもいかず……
とりあえず家に連絡してみる事にする。
僕は携帯電話を取り出すと家に電話を掛けると妹の絵里香が出る。
「どうしたの……兄さん」
「何かあったの」
電話に出た絵里香は少し心配している様子だった。
僕は経緯を話すと絵里香が電話をソフィーと替わってくれと言うので替わる。
ソフィーが何か話しているのが聞こえてくる。
「Verstehen Sie Deutsch?」
どうやら絵里香とはドイツ語で会話しているようである。
よく考えてみればドイツ語で会話すればよかったのだと今更ながら気が付く僕であった。
暫くするとソフィーが絵里香との話を終えて僕に携帯電話を返してくれる。
僕は携帯電話を受け取ると絵里香と話す。
絵里香が父に話すと年頃の若い女性をそんな所に放って置く訳にいかないから家に泊めてやれという事であった。
ソフィーと絵里香の間で既に話がついているので僕は自宅へとソフィーを連れて歩いていく。
"Deine Schwester spricht sehr gut deutsch"
「貴方の妹さんドイツ語が凄く上手ね」
ソフィーが感心したかのように話しかけてくる。
「ja ... na ja ...」
"うん……まぁ……"
僕もドイツ語で答えるとソフィーは"えっ"と言う表情になる。
"Was ist das ... dann sag es von Anfang an auf Deutsch"
「なによ……だったら初めからドイツ語で言ってよ」
"Ich bin nicht gut in Englisch …"
「私、英語は下手なんだから……」
ソフィーはそう言うと少し恨めしそうに僕の方を見る。
"Tut mir leid... ich wusste nicht, dass du Deutscher bist."
「ごめん……ドイツ人だとは分からなかったので」
僕が答えるとソフィーは"それもそうね"と言う表情になるのが分かる。
母と同じで思っている事が露骨に表情に出るタイプのようだ。
「ワァオ……」
僕の家の外観を見てソフィーが感動の声を上げる
"Vielleicht lag ich richtig, indem ich den falschen Zug genommen habe..."
"私、電車を乗り間違えて正解だったかも……"
小さな声でソフィーがドイツ語で呟いたのを僕は聞き逃さなかった。
僕は、そんなソフィーを横目で見ながらも何故か親しみの持てる人だと感じる。
僕が玄関の古風な木組みの引き戸を開けるとソフィーが感激の声と上げ表情が変わる。
「Japanischer Anime……」
ソフィーはそう呟くと感激したように辺りを見回している。
僕の家は築150年以上の商家をリフォームしたもので、父と母の好みと趣味もあり日本人も感心するほどの絵に描いたような日本家屋であるからである。
ソフィーが1人、玄関先で感激の声をドイツ語で呟いていると絵里香が出で来る。
「jüngere Schwester???」
絵里香の姿を見たソフィーの表情から困惑しているのが分かる。
"まぁ……当然だろうな……"
僕は心の中でそう呟くのであった。
とりあえず居間の方にソフィーを案内する。
居間に案内されたソフィーは和洋折衷の室内に感動を禁じ得ないようである。
居間の座椅子に座って刀の書籍を見ていた父にソフィーの目が留まる。
「Vater?」
ソフィーは小さな声で僕に尋ねてくる。
僕が小さく頷くとソフィーは少し緊張した面持ちで父の方へと歩いていくとお礼を言うのだが……
「Danke, dass Sie mich heute eingeladen haben」
「Vielen Dank, dass Sie mir geholfen haben」
ドイツ語の分からない父にはソフィーが何を言っているのか全く分からずに助けを求めるように僕の方を見る
「Mein Vater versteht kein Deutsch」
僕がそう言うとソフィーは"先に教えてよ"と言う目で僕を見る。
ソフィーの抗議の視線に耐えきれなくなった僕は父にソフィーの言っている事を伝えようとすると……
その横で、絵里香とソフィーは何やら話をしている。
「Japanischer Schwertmeister!!!」
いきなりソフィーは大きな声を上げる。
驚いた父と僕は吃驚してソフィーの方を見る。
父を見るソフィーの目が尊敬と憧れの目に変わっている。
"ああ……そう言う事か……"
僕はこの時に"どうして、母が父と結婚したのか"と言う長年の疑問に答えを出す事が出来るのであった。
僕から見ればただのチビで小太りの禿げたオッサンなのだが母やソフィーの目にはファンタジー世界の伝説の鍛冶職人に映るのである。
"母がこの場にいなくてよかった"と胸を撫で下ろす僕であった。
そうしていると、"グゥー"っとソフィーのお腹が鳴る。
どうやら何も食べていないようである。
「Bist du hungrig?」
少し恥ずかしそうにするソフィーに問いかけると小さく頷くのであった。
丁度、僕も小腹が空いていたのでインスタント・ラーメンを作りソフィーと一緒に食べる事になる。
勿論、ソフィーはフォークでパスタのような食べ方をしている。
ラーメンを食べながらソフィーといろいろと話をしていると、初めて絵里香に会った時に驚いたのは人種が違った事ではなく……
絵里香が妹ではなく姉だと思ったからだそうである。
因みに、遅ればせながらこの時に初めて僕はソフィーに自己紹介をするのであった。
かくして、偶然の成り行きで迷い人の外国人を泊める事となるのである。
思わぬ出会い…… ~ 突然の訪問者 ① ~
終わり




