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 僕は……  作者: イナカのネズミ
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〜 フランス・ノルマンディーの休日 ⑧ 〜

 〜 フランス・ノルマンディーの休日 ⑧ 〜




 ル・マンから帰ったその次の日、僕とメリッサは車に乗って北に向かって走っている。


 明日で今泊まっているオーベルジュを引き払わなくてはならないのでオーナーのおばさんに紹介してもらった次に泊まる予定のオーベルジュの下見に行くのである。



 オーベルジュのオーナーのおばさんに紹介してもらった新たなオーベルジュは今泊まっているクルレと言う町の外れにあるオーベルジュから車で北に20分ほどの距離のレーグルと言う町の外れにある。


 オーベルジュの名前は"petit oiseau"といい"小鳥"と言う意味である。


 長閑な風景とナビゲーションを見ながらのんびりと走っていると小さな川沿いに建っているそれらしき石造りの古い建物を見つける。


 「あれじゃないのかな?」

 メリッサは建物の方を指差す。

 つい最近、新しく出来たばかりのオーベルジュなのでナビゲーションにも表示されなければネットにも情報がないのである。


 今泊まっているオーベルジュのオーナーのおばさんの遠縁が新たに始めたオーベルジュだそうである。


 ゆっくりと車を走らせてオーベルジュらしき建物を観察する。

 「ここみたいね……」

 案内板も無ければ看板も立っていないが駐車場らしきものはある。


 そこに車を停めるとオーベルジュらしき建物の方に向かって歩いて行く。


 「本当にここなのかな?」

 僕が不安そうにメリッサに尋ねる。


 「おばさんに教えてもらった住所はここで間違いないんだけど……」

 「自信は……全くないわっ!」

 メリッサは腰に手を当てて胸を張って答え僕を更に不安にさせる。

 「もし、泊まる所が無けれは私の実家に泊めてあげるから……」

 「心配しなくていいわ!」

 メリッサは自信を持って力強く答えるのであった。



 建物の前に来て僕はホッとする。

 玄関先に"petit oiseau"と小さな木の看板があったからである。



 年季の入った木の扉の横にある呼び鈴を鳴らし暫くすると扉が開き60代前後の金髪ショートのスラリとした女性が顔を出す。


 「あの〜リゼットおばさんの紹介で来たメリッサと言います」

 メリッサの言葉を聞いた女性が"ああ"と言う納得した表情になる。


 「メリッサさんね、リゼットおばさんから話は聞いています」

 「ようこそ"petit oiseau"へ」

 「私は"ブリジッタ・カロン"よろしく」

 女性はそう言うと僕とメリッサを招き入れてくれる。


 「確か……予定は明日のはずじゃなかったかしら?」

 女性は自分が予定の日を勘違いしたのかと思いメリッサに尋ねる。


 「はい、そうですが……」

 「ちょっと下見に来ただけなんです」

 「ナビゲーションにも表示されないし……」

 「ネットにも記載が無いので……」

 メリッサが理由を話すと女性は"なるほど"と言う表情になると事情を説明してくれる。



 本当は今季のバカンスシーズンまでに開業する予定だったのだが準備が遅れて未だに開業していないそうである。

 フランスの"あるある"である。


 そこにバカンスで内装工事の業者が休んでいるので工事は止まったまま。

 全部で5部屋の客室があるそうだが内装が出来上がっているのは一部屋だけだそうである。


 本来は完成するまで宿泊者は取らない予定だったのだがリゼットおばさんの紹介と言うので引き受けたそうだ。

 だから、このバカンスシーズンでも急な予約が取れたわけである。


 暫くすると背の高い金髪で頭のてっぺんの毛がやや寂しい細っそりとした背の高い男性が姿を見せる。

 どうやら、このオーベルジュのオーナーのようだ。


 「ようこそ、"petit oiseau"へ」

 「君達が我がオーベルジュの初めてのお客さんだよ」

 男性はそう言って愛想良く笑うと自己紹介をする。

 

 名前は"カジミール・ラクロワ"と言いオーナーのおばさんの従兄弟に当たるそうだ。

 長くパリでレストランのシェフをしていたが定年してこの生まれ故郷でオーベルジュを開業しようとしている。


 実家がこの辺りでブイヨン(食堂)を営んでおり修行のためにパリに出て今の女性と知り合い今日に至るそうである。


 このオーベルジュの建物は古い毛織物工場の宿舎だったものを改装しているのだそうだ。


 案内してもらった部屋は意外に広く新建材などを全く使っていないオーガニックな部屋である。

 オーガニックに拘ったのはパートナーの女性のブリジッタの趣味が原因のようである。

 これに手間と時間がかかり開業が遅れたそうだ。

 何より2人とも英語が堪能で聞き取り難いフランス訛りも無く海外からの接客には何の問題もなさそうである。


 一つだけ完成しているという案内された部屋も生活に必要なものは一通り揃っており問題なさそうである。

 オーナーの好意でお昼をご馳走してもらうことになった。


 「急だったから、大したものは用意できないがね……」

 カジミールはそう言っていたのが……

 流石はパリのレストランでシェフをしていただけの事はあり、鴨をメインにした本格的なフレンチのランチであった。


 おそらくは定年後にも感と腕が鈍らないように毎日料理を欠かさずにしているのだろう。


 ご馳走なった後で代金を支払おうとするとサービスだから要らないと断られたのだが……

 流石に気が引けるのでおチップとして40€をそっとテーブルの上に置いて帰るのであった。

 それ以上の価値は十分にある料理である。



 あまりお邪魔すると迷惑なので早々に退散する事にした。

 オーベルジュを後にする、車の時計を見ると時間は2時前である。


 「時間もあるし……」

 「少し足を伸ばさない」

 メリッサの提案に僕も同意するのだが……


 「でも、ノープランなんだけど……」

 僕が困ったように呟くとメリッサはニッコリと笑う。


 「この辺りは私の庭よ」

 「任せてもらえるかな?」

 「カネツグみたいに時間通りにはいかないと思うけど……」

 メリッサの言葉に僕は笑って頷くとメリッサは車のアクセルをグッと踏み軽快に走らせる。


 車を走らせる事、30分ほどで目的地に到着する。

 ヴェルヌイユ・ダヴル・エ・ディトンと言う長い名前の街である。

 メリッサの目的はそこにある"Tour Grise"という史跡であった。


 趣きのある古城の名残の残る史跡で僕にとってはかなり見応えのあるものであった。

 3時間ほどのんびりと散策した後で帰路に就くのであった。


 20分ほどでオーベルジュに到着する。

 サッとシャワーを浴びた後、部屋でゆっくりしているとドアをノックする音がする。

 ドアを開けるとオーナーのおばさんが台車に食事を載せて立っていた。

 「ここでの夕食はコレが最後になるから……」 

 「夕食はこの部屋で食べるといいよ」

 「今日は2人だけでゆっくりとお食べ……」

 「食べ終わったら器はそのままにしておいていいからね」

 おばさんはそう言うとニッコリと笑って何度も何度も頷くのであった。


 メリッサと僕の2人だけでオーナーのおばさんの心尽くしの料理をいただく。


 食事をしていると何だかメリッサがそわそわしている。

 しきりに冷蔵庫の方を気にしているのがわかる、

 「冷蔵庫の中のワイン飲んでいいよ」

 僕が諦めたよう言うとメリッサはビクッとする。

 「でも、あまり深酒しないでよ」

 「明日は10時にはここを出ないといけないからね」

 僕はそう言うとメリッサは大きく頷くと冷蔵庫からワインを取り出してコルクやの栓を抜く。


 戸棚からワイングラスを2つ持って来るとワインを注ぐ。

 「カネツグも少しは飲んでよ」

 「本当はフランスでは女性が男性のグラスにワインを注ぐのはタブーなのよ」

 メリッサはそう言うと僕にグラスを差し出す。


 「僕は未だ20歳になってないから……」

 そう言って断わろうとするのだが……


 「ええっと……"郷に入っては郷に従え"だったかな……」

 「フランスにも同じような諺があるのよ」

 メリッサはそう言うとフランス語でその諺を口にする。

 "À Rome, fais comme les Romains

"

 「意味は"ローマではローマ人のようにふるまえ"よ」

 「そして、ここはフランスなのよ」

 メリッサの言う事はごもっともである。


 「少しだけなら……」

 僕は少し躊躇いながらもメリッサの差し出したワイングラスを手にすると少しワインを口にする。

 「……意外と美味しい……」

 僕は初めて口にしたワインが意外に美味しい事に驚き思わず呟いてしまう。


 食事をしながら口にするワインは自分でも驚くほどに美味しい。


 「どうっ!美味しいでしょうっ!」

 僕の言葉にメリッサは満足したように言うと自分もワインを口にする。


 僕はワインを少し口にしながら料理を食べ始めるとメリッサは嬉しそうに笑うのであった。


 話をしながら食事を食べワインを飲む……

 とても楽しい時間であったのだが。


 料理を食べ終わった頃には僕はすっかり酔っ払い強烈な睡魔に襲われる……

 フラフラとベッドの方に歩いて行くとそのまま倒れの込むようにして寝てしまうのであった。


 「……」

 メリッサはそんな僕を見て呆然としている。

 「ちょっとっ!嘘でしょっ!!」

 「本当に寝ちゃったのっ!!!」

 メリッサはベッドで動かなくなった僕の様子を見て慌てる。


 今度は以前の狸寝入りではなく本当に熟睡しているのである。

 

 「そんなぁ〜〜っ!!!」

 悲壮なメリッサの嘆き声も既に夢の国にいる僕には届くはずもなく……

 かくして、メリッサは今回もお預けを食らうのであった。



 因みに、フランスには……

 "Tu l’as bien cherché ! "や"On récolte ce qu’on a semé"という諺のような言い回しもあります。


 その意味は、日本の諺で"自業自得"や"身から出た錆"という事になります。


 この辺りの諺には、お国や人種が違っていても同じ人間なのだと実感させられます。



 〜 フランス・ノルマンディーの休日 ⑧ 〜


  終わり

 


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