夏の終わり ①
夏休みも終わりを迎える頃、蝉の鳴き声と夕日の差し込む部屋で僕はパソコンの画面を呆然と見ていた。
パソコンの画面には……依頼していたDNAの解析結果が表示されていた。
" ~ お送り頂いた、4件のDNA解析の判定結果のお知らせ ~ "
"検体1、検体2、検体4は96%の確率で血縁関係が認められます。"
"検体3は上記の3つの検体のいづれにも血縁関係は認められません。"
やはり……そうだったのか……この家で自分だけが他人だったんだ……。
僕は心の中で呟くとパソコンの電源を落とす。
僕の名前は和泉兼次、高校3年生……。
この古風な名前には僕の父の職業関係している。
僕の父の職業は"刀匠"いわゆる刀鍛冶なのだ、銘は"和泉守兼正"であるからである、要するに息子を自分の後継者とすべくこの名を付けたのである。
……勝手な父だと、今までは思っていたが、そうではなかった……。
これからどうすればいいのだろう……父と母は当然この事を知っているはずだが妹の絵梨香はどうなんだろう。
色んな事が頭の中でぐるぐる回り始める……。
僕は大きくため息を吐くと椅子から腰を上げる。
部屋を出て階段を降りリビングへと足を運び冷蔵庫を開けるとジュースのペットボトルを取り出しコップに注ぐとソファーのテーブルの上に置きテレビのリモコンを手に取り電源を入れる。
夕方のニュース番組をボーっと見ながらジュースをチビチビと口にする、やってる事はいつもと変わらない……。
ガチャっと玄関のドアが開く音がする。
「あっ……兄さん居たんだ……」
「原付免許、取ったからバイク見に行くとか言ってなかった?」
リビングダイニングに入ってきた妹の絵梨香が僕に話しかけてくる。
妹の絵梨香は2つ年下で隣り街の私学の女子高に通う1年生で身長178センチ、金髪のロングヘアーに青い目、古代ギリシャの女神像の如き風貌とアマゾネスのようなナイス・バディの美少女である。
因みに、絵梨香と言う名前はドイツ語ERIKAの当て字である、日本でもドイツでも通用するからという理由で両親が名付けたらしい。
どこから見ても東洋人で身長160センチ有るか無いかの僕とは似ても似つかない……。
その理由は、僕の義理の母……つまり絵梨香の実の母が同じぐらいの体格の生粋のドイツ人なのだからである……ドイツのねーちゃんはデカいのである。
なのにどうして僕は生粋の日本人なのか……それは、僕の父が震災で前妻を亡くした後で再婚したからである……そして生まれたのが絵梨香である。
だから、僕は今の今まで絵梨香の事を腹互いの妹だと思いっていたのである。
なんでも、父がドイツの刀剣博覧会に招待されドイツに行ったときに刀剣女子の母と知り合いそのまま結婚したという話である。
絵梨香はリビングのテーブルに鞄を置くと自分もコップにジュースを入れて僕の横に座った。
「大学は決まったの?」
「兄さん、私と違って勉強できるから良い所に行けるんじゃない」
僕の方を見ながら絵梨香が問いかけてくる
「ああ……大学ね……」
「一応、志望校は京〇大学にするつもりだよ」
僕はいつもと変わらないように答えるが……何だか、変な感じがする。
何も変わっていないのに何かが変わってしまったのだと実感する。
「京〇大学か……ここから通うのは無理だね」
「だとすると、兄さんこの家を出るんだね……」
何だか絵梨香は寂しそうな口調だった
「……受かればの話だよ……」
僕は笑って絵梨香に言った
絵梨香はジュースを飲み干すとソファーから腰を上げると
「兄さんなら大丈夫、必ず受かるよ」
そう言うとコップをキッチンの流しに持っていくと手早く洗うと自室に行ってしまった。
一人になった僕は絵梨香の言った"この家を出るんだね……"の言葉が心に残っていた。
そうなんだ……大学に受かったらこの家を出る事になるんだ。
その方がいい、今の僕にとってはそれが良い事なのかもしれない……。
全ては僕の勘違いから始まった、原付免許の習得に必要な住民票の写しを戸籍謄本と勘違いしてしまったのだ。
そこに記載されていた僕の戸籍には養子となっていた。
知らなければ何事も無く過ごせた夏休み……何も変わらないはずなのに僕は自分が何者なのか言いようのない孤独感に苛まれることになってしまった。
「知らぬが仏……か」
僕は小さな声で呟く、このまま何も気にすることなく依然と同じ様に暮らすのが最良だと言う事は頭の中で理解できる……しかし、僕にそんな演技を熟すだけの才能は無い、必ずどこかでボロを出すことは容易に予測できる。
全てを知るであろう父に聞くのが確実で手っ取り早いが、それをすれば今の関係は壊れ日常は失われる可能性がある。
僕にとってはそれが何より怖い……。
暫くの間、呆けていると時計が五時の時報を告げる……。
「もう五時か……夕食の用意をするか」
我が和泉家の夕食は僕が作る事が多くなっている、それには理由がある。
母のハンナや絵梨香の作る本場ドイツの塩と油の料理は僕の口には合わない、父や絵梨香は平然と食べているが僕はダメだ、そのしつこさ濃さに食欲も失せ味覚も耐えきれない。
どうして僕だけが舌が違っているのか今になって考えれば、それが何故なのか納得できる。
海からは遠い所だが流通網の発達で新鮮な魚介類は簡単に手に入る、DNA鑑定もお手軽に数万円で出来てしまうのだから便利な世の中になったものだが、僕はそれが何とも言えない皮肉に思えた。
今日のメニューはメバルの煮つけ、茄子の漬し、あさりの味噌汁、それに胡瓜の漬物だ。
それと今日は母が仕事から帰ってくるので、ドイツ人の母の好物のイタリア料理のアクアパッツァも作る予定、これとビールがあれば母は機嫌が良い。
料理を始めて一時間ほどすると玄関のドアの開く音がする、母が帰ってきたようだ。
「カネツグ、帰ったよ……」
少し発音の変な日本語で母のハンナがリビングに入ってくる、両手にはお土産の入っていると思われる大きな紙袋を持っている。
母の職業はカーゴ(貨物輸送機)のパイロットである、1週間に5日は海の向こうであり家に帰ってくるのは2日間だけである。
僕の家が経済的に潤っているのは全て母のハンナの稼ぎのお陰である。
刀匠などと言えば格好いいように思えるが実は経済的には良くない、無鑑査刀工の父ですら家族を養うのは難しいほどで、一人で食べて行けるかいけないかである。
無鑑査刀工とは自由に刀を打っても良い刀工の事である、但し支給される玉鋼の量的制限や打ち下ろす刀の数にも制限がある。
それに対して母のハンナの年収は1000万円近くに達するのである、これにより我が和泉家はサウナ付きの立派な家で暮らしていけるのである。
因みに、サウナは母のハンナの要望によるものである。
母は僕を抱きしめると軽く挨拶のキスをしリビングダイニングに降りてきた絵梨香にも同じようにキスをする。
そこへ父の兼正が入ってくると熱いベーゼ(接吻)をする……傍で見て実に恥ずかしい程である。
僕と絵梨香は毎度のことながら二人あきれ顔でそれを見ている……いつもの通り事のなだが……今日は何故か疎外感を感じてしまう僕だった。
母と父が風呂に入っている間に絵梨香と一緒に夕食の支度をしていると
「お父さんとお母さん、本当に仲が良いわね」
「ずっと一緒より少し離れていた方が良いのかもね」
絵梨香がクスクス笑いながら言う
「そうだね」
僕も笑いながら答えた
夕食を食べている間は、いわゆる家族団欒の会話であったが僕はずっと考え事をしていた……家族って何なんだろう……僕は……。
夕食が終わった後で食器の後片付けをしている時に、僕は急に自分が何者なのかを知りたくなった。
「明日、京都へ行ってもいいかな」
僕が不意に言うと父と母それに絵梨香が会話を止めて僕の方を見る
「一度、志望する大学を見て見たいんだ」
僕はもっともらしいことを言うが本当はそうではない
「もちろんOK!」
少し酔っ払った母がそう言うと父も頷いている
「それじゃ……明日、京都へ行ってきます」
「泊りがけになると思う」
僕がそう言うと母が
「お金あるの、無いなら出すよ」
母の言葉に僕は
「今まで貯めたお金があるかに大丈夫だよ」
僕は母にそう言った、本当は原付バイクを買うための資金なのだが今はそんな事はどうでもいいように思えたが、本当は父や母にお金を出してもらう事に躊躇ってしまったというのが正しい。
そうして僕は、京都へと旅立つ事になった。
終わり
数年前に大怪我をして半年程の自宅療養中に一度だけ暇つぶしに投降したことがあります。
怪我の回復と共に投降した小説も全て削除して足を洗いました。
昨今のコロナ渦で再び自宅にいる事が多くなり再び暇つぶしにやり始めました、何と言う事の無い駄作ですが読んで頂ければ幸いです。