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「ああ、くそ。なんでこうなるんだよ」
俺は柱の下敷きになってしまった。
体に力を入れようとするが、まったく身動きが取れない。
炎はどんどん燃え広がっていく。
この三階もかなり熱くなってきた。
「ごほっごほっ、煙たくなってきたな」
煙の量もすごい。
一階と二階の煙が全部上がってきている。
倒れた柱のせいで体を伏せた状態になっているので、煙はそこまで吸っていない。
まだ意識ははっきりとしているが、呼吸ができなくなるのも時間の問題だろう。
あー。
俺、死ぬのか。
絶望的な状況なのに、俺は焦らなかった。
逆に、もう助からないと直感したからだ。
なんていうか。
俺らしくない死に方だな。
誰かを助けて死ぬなんて……。
本当はヒーローでもなんでもないのに。
「偽物のヒーローにしては、よくやったんじゃないかな……」
そんなニヒルなセリフが口をつく。
炎はさらに激しさを増していった。
◇ ◇ ◇
テレビなんかで見たことがある。
こういうときって煙を吸って死んじゃうんだって。
まあ、焼かれて死ぬよりはよほどいい、のかな?
「ごほっごほっ。い、息が……」
いや、苦しい。
やっぱり苦しいぞ、これ。
「ち、ちくしょ。こうジワジワと燻られると、せっかくの覚悟が揺らぎそうになるぜ」
怪人は逃げられたのだろうか。
この状態だと、下がどうなっているかまるでわからない。
怪人には、結局謝ることができなかった。
俺の五年来の友達なのに、最後は喧嘩別れか。
……でも、最後は助けてやったんだ。
許してくれるだろう。
そうじゃなきゃ、死んでも死に切れん。
視界がぼやける。
もうこのまま目を閉じて、意識がなくなるのを待つか。
怪人の姿が目に浮かぶ。
あいつは、いい奴だ。
きっとピンクちゃんのことも、これから先、幸せにしてくれるだろう。
でも、あとで俺の悪評を聞かされるんだろうな。
未成年とラブホテルに行ったって。
誤解なんだよ。
あれは罠だったんだ。
お前ならわかってくれるだろ?
だって、俺の一番の友達だもんな。
なんだ。
怪人のことばかり考えていたら、幻覚が見えてきた。
相変わらず飄々とした顔してんなぁ。
「おい。まだ生きてるか。ヒーロー」
え?
なんだ、幻聴か?
「今、この柱をどかしてやるからな。ちょっと待ってろ!」
いや、幻聴じゃないし、幻覚でもない。
「か、怪人か? どうしてこんなところにいる?」
◇ ◇ ◇
もはや、炎はそこら中にある状態で、燃えていないのは俺たちがいるところぐらいになってしまった。
そんな中、怪人が俺の背中に乗った柱をどかそうとして奮闘している。
「お前が降りてこないからおかしいと思って戻ってきてみれば、案の定だ!」
「バカ。せっかく助けてやったのに……怪人がヒーローを助けるなんて、聞いたことないぞ」
「はあ、はあ、黙ってろ。ちょっと集中しないとこの柱はどかせそうにない」
無理だ。
この柱は、一人で動かせるような重量じゃない。
「ちょうどよかった。謝りたいと思ってたんだ」
「ああ? なにをだよ」
「この間のことだ。わかってるだろ?」
「……」
「俺はな。悔しかったんだよ。ピンクちゃんをお前に取られて、先に就職されて……。最初はおまえのほうが社会不適合者だったのに、いつしか俺のほうが社会のつまはじき者になっていた。それが嫌で、配信者って職業に逃げたんだと思う。ははっ。こんな人のことを妬んでばかりの奴がヒーローなんて笑っちまうよな」
俺はこれが最後になると思い本心を話した。
怪人は、俺とちがってすべてを持っている。
俺にはそれが眩しかった。
怪人を見ていると、ずっと逃げてきた現実を直視しなくちゃならないから、辛かった。
俺が本心を語ると、怪人も口を開いた。
「俺のほうこそ、悪かった。本当は、ヒーローが言っていた通り、配信者として成功してるの羨ましいって思ったよ。……というか、それよりも前から、自由に生きているお前のことを羨ましいと思ってた。……俺はさぁ。若い頃はやんちゃだったのに、ずいぶん丸くなっちまって。昔みたいな勢いがなくなってた。でも、お前はずっと自分の好きなように生きてきただろ? 俺にはそれが眩しかった。だから、ちくちく説教じみたこと言ってたんだと思う」
「怪人……」
「それに、俺にできないこともあっさりやってのける。やっぱりお前はヒーローなんだよ」
そうだったのか。
怪人も俺のことを……。
俺たちが本音で話し合っていると、バキバキと音を立ててビルが崩れ始める。
もう時間がない。
「それが知れただけでも十分だ。もう逃げろ。怪人まで死んじまうぞ」
「はっ。見くびるなよ。まだ本気出してないだけだ」
怪人は腕まくりして、俺の上に倒れている柱を掴む。
「いくぞ! ヒーローも力を入れてくれ!」
「わ、わかった」
「うおおおおお! 必殺! 大魔界リフトアップボンバー!」
叫びながら柱を持ち上げる。
すると、わずかにだが隙間ができた。
そのおかげで俺も力を入れることができる。
「よし! ヒーローもそのまま持ち上げてくれ! せーのっ!」
俺は腕に思いっきり力を入れて、背中で柱を持ち上げた。
ドガシャアアアン!
柱を持ち上げた隙に抜け出す。
しかし、すでに辺りは火の海となっている。
「い、急いで二階に降りよう」
「いや、ダメだ! 二階にはもう降りられない」
万事休すか!
「ヒーロー、俺を信じて外に飛べ!」
「外に飛ぶって……ここ三階だぞ!?」
「大丈夫だ! いくぞ!」
怪人はそう言って窓から外に飛び出す。
俺も続いて窓から飛び出した。
直後。
後ろから眩いばかりの光が漏れ出し。
獄炎が窓から吹き出す。
俺たちは三階の窓から地面に向かって落ちていく。
◇ ◇ ◇
ボフッ!
地面に激突すると思ったが、予想とはちがってやわらかい何かに激突した。
これは、布団?
「はあ、はあ、下に降りたときに用意しておくように言っておいたんだ。間に合ってよかった」
「ごほっごほっ、なら先に言っておいてくれよ……」
怪人はニッと笑い、サムズアップしている。
そこにピンクちゃんが駆け寄ってきて、怪人に抱きついた。
「もうダメかと思った……。よかった、生きてて……」
「へへっ。悪の怪人はしぶといのさ」
二人はしばらく抱擁していたが、ピンクちゃんは怪人のことを離して俺に向きなおる。
「ヒーローさん。本当に有り難うございました。ヒーローさんがいなければ、みんな死んでいました」
「いや、大袈裟だよ。俺なんてなにも……最後は怪人に助けてもらったし」
「いいえ、ヒーローさんこそ、本当のヒーローです! そうでしょ、怪人」
ピンクちゃんが怪人に同意を求める。
「ん? ああ、本当に正真正銘のヒーローだよ」
「おいおい。本当に思ってんのか? そんなこと」
「もちろんだよ。ヒーローは遅れてやってくるっていうしな。まさにその通りだった」
「それは言うなよ。やっぱり怒ってんじゃねえか」
「ははは」
俺たちが談笑していると、スマホに着信が入る。
「ちょっとごめん」と言って二人から離れ、画面を見ると「レコレコさん」とあった。
うわ。
またか。
『もしもーし』
『もしもし、ヒーローです。レコレコさん、またユキさんの件ですか?』
『え? ああ、そういえばユキさんの件だけど。あれは全部嘘だって判明したよ』
『ど、どういうことですか?』
『実は、あのユキって子は、有名なインフルエンサー殺しで、わざと被害にあったように見せかけてインフルエンサーのことを貶めるのが趣味の性悪女だったんだよ』
『インフルエンサー殺し!? そんな人がいるんですか』
『ネットの世界にはそういう人もたくさんいるよ。どうもおかしいなと思ったんで、調べてみたら案の定だった。だから、そっちの容疑はもう晴れてるよ』
そうだったのか。
俺は胸をなでおろす。
『そ、そのことで連絡してきてくれたんですか……。それはどうもご丁寧に……』
『いやいや、ちがうよ! それよりも、ヒーローさん、火事の現場から人を助け出したんだって!?』
『え、あ、はい、まあ、一応……』
『一大ニュースじゃないか! ぜひインタビューさせてよ! 人気インフルエンサー、ヒーローの大活躍!』
『は、はい! こちらこそ、ぜひ!』
『今もう配信してるから、そのまま話してくれ! 十万人の視聴者がキミの言葉を待ってるんだ!』
俺はその日あったことをペラペラと話し、レコレコさんは的確な相打ちで盛り上げてくれた。
後日アップされたこのインタビュー動画は、一週間で五千万回以上再生され、テレビのニュースにも取り上げられた。
これによって、失われたはずの俺のネット上での信頼は回復されることとなった。
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