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ビルの中に入ると、ものすごい熱気が襲ってくる。
全身に水を浴びていなければ、すぐに火傷してしまうだろう。
建物の壁から凄まじい炎が迫ってくる。
いたるところが崩れ、どろどろに溶けている。
「あっちぃ! これは急がないと!」
たしか、三階にいるとか言っていたな。
俺は二階まで急いで上がった。
しかし、壁が崩れて階段が塞がっている。
もはや、三階への階段は崩壊しているのだ。
三階には上がれない。
となると、怪人の奴は二階にいるのか。
「おーい! どこだ怪人!」
俺は炎の中で叫んだ。
だが、返事がない。
炎が燃える音で、俺の声はほとんどかき消されてしまっている。
二階の部屋に入る。
ここももう炎でぐちゃぐちゃの状態だ。
どういうことだ。
いないぞ。
俺は部屋をくまなく確認したが、人影がない。
そのまま窓のほうに近づき、下を見る。
すると、外に野次馬たちが俺の頭上を指さしている。
まさか、怪人は三階にいるのか。
階段が崩れたから、降りられなくて困っているってことなのか。
「それなら……!」
俺は窓ガラスを蹴り破る。
もはや触れないほどに温度が高いため、割るしかない。
よし!
ここからよじ登って三階に行こう!
俺は窓から体を出して、壁に手をかける。
仕方がないので、手に持っていたバケツは捨てた。
「あちちち。でも、なんとか登れそうだぞ!」
外で見ている野次馬が声援を送ってくれる。
今、俺はめちゃくちゃ注目されている。
こんなときなんだ、俺が実力以上の力を発揮するのは。
よーし。見てろよ!
「頑張れー! もう少しだー!」
「いけるぞー! 諦めるなー!」
下からワーワーと声援が聞こえる。
みんなが見てるんだ、へまはできない!
「う……よっしゃあ! 登り切ったぞ!」
俺は三階の窓から中に転がり込んだ。
◇ ◇ ◇
三階は、二階に比べるとまだマシだった。
それでも、おそらくは数分で同じような状態になるだろう。
「おーい! 怪人! いないのか!」
俺は叫んだ。
ここにいなかったら、いよいよ居場所がわからないぞ。
だが、なにも返事がない。
焦りで、暑さとは関係なく汗が噴き出す。
頼む。
返事をしてくれ!
「おーい! 誰かー!」
もう一度叫ぶ。
炎の音でよく聞こえないだけかもしれない。
耳を澄ますんだ!
……!
かすかだが、声がするぞ。
こっちだ!
俺は三階の奥にある部屋へ向かった。
こっちから声がした気がする。
すると、ドアが閉じている部屋がある。
「おい! 怪人いるか!?」
「やっぱり、ヒーローか! 来てくれたんだな!」
いた!
怪人だ!
「来てくれたんだな、じゃないだろ! 先に行って待ってるって言ってたくせに勝手に突っ走ってんじゃねえよ!」
「はっはっは。だから先にビルの中で待ってたんだよ!」
見つけられた安堵感から、軽口を叩き合う。
だが、一刻も早く逃げ出さなければならない。
「このドア、開かないのか!?」
「熱で変形していて、どうやっても開かないんだよ! そっちからも押してくれないか!?」
「わかった!」
思いっきり押すが、開かない。
建物自体が変形しているのかもしれない。
怪人が焦った声を出す。
「なにか工具を探してきてくれ! ドアを壊そう!」
だが、今から工具を取りに行く時間などない。
こっちもすでに火の海なのだ。
「……いや、下がってろ! 俺がぶち破る!」
「ええ!? 無茶するなよ」
「大丈夫だって! 毎週やってたことをやるだけさ!」
俺はドアから離れて十分な助走をつけられるようにする。
そして、ドアに向かって突っ走りながら叫んだ。
「くらえ! 必殺、正義のマグナムキィィィィック!」
◇ ◇ ◇
ドガシャアアアン!!
俺のマグナムキックでドアを蹴破って、部屋の中に転がり込む。
まさか、うまくいくとは!
これは『炎のネオマグナムキック』と命名しよう!
「怪人、無事か!?」
「ああ、俺は無事だ。それよりも、この人たちを逃がしたいんだ」
怪人の後ろには二人の人影があった。
若いOLの女の子と、初老の男性。
炎から逃れようと三階に上がってしまい、そのまま取り残されてしまっていたらしい。
「さらに奥の部屋にいたところをさっき助け出したところだ。ところで、脱出口は確保できているのか!?」
「窓から二階に降りるしかない。階段はもう塞がってる!」
「わかった。とにかくそこに向かおう!」
一同は俺の案内で窓の近くまで移動する。
窓から俺たちが顔を出すと、下で見ていた人たちが歓声を上げる。
しかし、問題はどうやって降りるかだ。
俺や怪人は、下の窓まで移動できるだろうが、一緒にいる女性と初老の男性には難しいと思われる。
「……そうだ。さっきの部屋に大きなカーテンがあっただろう。それをロープ代わりにして、二階に降りてもらうっていうのはどうだ」
「それだ! 冴えてるじゃないか、ヒーロー!」
俺は部屋にカーテンを取りに戻る。
あった。
燃えてないから、これなら使えそうだ。
急いで戻ってロープ状にする。
「じゃあ、女性からどうぞ! 二階に行ったら、水の入ったバケツがあるからそれを被ってそのまま外へ!」
「は、はい!」
女性は怯えながらもロープを使って降りていく。
男性三人でロープを掴む。
女性の姿が消える。
しばらくすると、ロープが軽くなった。
どうやら二階に降りられたらしい。
「次、あんただ! ロープをしっかり持って!」
初老の男性もロープを使って降りていく、途中で下から歓声が聞こえる。
女性が外に出たのだろう。
それならば、あとを行くこの男性も無事に外に出られるに違いない。
ロープが軽くなる。
順調に降りている。
あとは俺と怪人だけ。
「はあ、はあ、ここからはロープで支えられないから自力になるぞ」
「おう。怪人、お前から行け」
怪人はスルスルと下の窓に降りていく。
さすがの運動神経だ。
よし。
最後は俺だ。
――――そう思ったときだった。
建物が大きく揺れ、天井から柱が降ってきた。
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