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すべてがどうでもいい。
なにもしたくない。
メールがどんどん届いているが、俺は一通も開かなかった。
どうせ、開いたって同じことが書いてあるだけだ。
「はめられたんだ。あのユキって子に」
さっき、ユキって子が言っていたことはほとんどでたらめだ。
俺はあの子に飲酒を勧めたりしていないし、性行為を迫ったりもしていない。
でも、ほとんどの人はそうは思わない。
だって、俺がラブホテルで寝ている写真があるのだ。
それがあるってことは、ユキと俺がラブホテルに入ったってことの証拠になる。
そうなると、言い逃れできない。
「俺がなにをしたってんだよ……。もうお終いだ」
インフルエンサーとしての活動はもうできない。
それどころか、逮捕されるかもしれない。
これから毎日怯えて過ごさなくてはならない。
もう死ぬか?
これ以上、生き恥を晒すようなら死んだほうがマシかもしれない。
俺が最後の手段について考えていると、スマホが鳴った。
「またレコレコさんか」
スマホを覗き込むとそこには『怪人』と出ていた。
なんだよ。
俺のことを笑うために電話してきたのか。
いや、あいつのことだ。
自首しろとか言い出すのかもしれない。
俺は電話にでたくなかったが、これがあいつと話す最後になるかもしれないと思い、電話を取る。
『もしもし』
『ああ! もしもし、ヒーローか! 大変なことになってるぞ、ニュース見たか!』
『そのことか。あれは濡れ衣だよ。まったくおまえまでネットの情報に踊らされやがって……』
相変わらずの単細胞だ。
ネットのことなんて、なんにも知らないのだろう。
『え? なんのことだ? それよりも、今、ヒーローの家の近くで火災が起きてるんだよ!』
『は? 火災?』
『駅前の雑居ビルだ。一階が古本屋の!』
ああ、あのビルか。
って、火災!?
『で、でも、それがなんだってんだよ。そんなの消防車が……』
『それが、道が渋滞していて消防車が通れないらしいんだ! しかも、まだ中には人が残されている。今は二階部分までしか燃えていないらしいが、じきに上の階の人たちも危険になるって話だぞ!』
『な、なに興奮して話してるんだよ。俺たちが慌てたってしょうがないだろう?』
『なに言ってんだよ! 今こそヒーローの出番だろ! 俺はもう現場に向かってるんだ。お前も急げ!』
どうやら怪人は、俺と二人で火事になった雑居ビルに取り残された人を救い出そうとしているようだ。
『そんなの、俺たちの役目じゃない。二次被害につながるだけだ』
『このまま放って置いたら、死人がでるぞ! それでもいいのか!』
『いいのかって……嫌だよ。俺はやりたくない。やるなら勝手にしろって』
『なんだよ。まだ怒ってるのか。そんなこと言ってる場合じゃないぞ!』
『いや、そうじゃなくって……』
『あのときのことなら謝る。とにかく先に行って待ってるぞ! すぐに来いよ! じゃあな!』
そう言って怪人は電話を切ってしまった。
◇ ◇ ◇
まったく、毎度毎度、勝手な奴だ。
だいたい、俺たちが行ったって、火事をなんとかできるわけじゃない。
それなのに、なにを興奮してるんだ。あのバカは。
寝転がって天井を見つめる。
まさかと思うけど、あいつ一人でビルの中に入って行ったりしないよな。
奥さんも子どももいるのに、そんな愚かな真似はしないはずだ。
「まさかな……」
ふ、ふん。
だとしても関係ない。
勝手に死ぬなら、勝手にしてくれって感じだ。
「喉乾いたな。コンビニでも行こう」
着の身着のまま、ふらりと外に出る。
どうせ近くのコンビニに行くだけだから、恰好なんてどうでもいいだろう。
空を見上げながら外を歩く。
ふと、さっきの怪人の言葉が頭をよぎる。
「待ってるぞ……か……」
勝手に人の行動を決めやがって、無茶苦茶だよな。
だいたい火災から人を助けるって、俺のヒーロー活動とはちがうだろ。
あいつは昔からそうやって拡大解釈する癖がある。
昔、俺があいつのことを新宿で殴ったのだって、正義感からっていうか、迷惑な奴を見てムカついただけだし。
真剣バトルはちやほやされたいからやってただけだ。
全部自分のためであって、人の役に立つためじゃない。
「それなのに、あーーもう、勝手に期待しやがって!」
様子を見るだけだ。
どんな様子か見るだけ。
決してあいつのことが心配だからじゃない。
俺は駅前の方に足を運んだ。
◇ ◇ ◇
駅前に着いた。
すごい人だかりだ。
まるで黒山の塊のように人がいて、ビルの方がどうなっているかは全然わからない。
怪人はいるのか。
もう着いてるはずだよな。
人だかりのまわりをウロウロとしていると、誰かが俺に気が付いた。
「あっ、ヒーローさんだ!」
「ちょ、ちょっと騒がないで……」
それを皮切りにして、人々が俺の周りに集まりだす。
「ヒーローさん! 来てくれんですね!」
「やったぁ! やっぱり来てくれたんだ!」
「あっ、いや、俺はただ見に来ただけで……」
「おおい! みんな、ヒーローさんが来たぞ、道を開けろーーー!」
野次馬たちは俺の名前を聞くと一斉に振り返った。
「ヒーローだ! 来てくれたんだ!」
「待ってたぞ! みんな、道を開けろ! どけどけどけーーー!」
俺はまわりの人たちにぐいぐい押され、ビルの近くまで連れてこられてしまった。
「待ってくれよ! 別に俺は……」
バキバキバキ……!
ビルのほうからすごい音がする。
熱で壊れた建物が変形しているのだ。
近くで見ると迫力がすごい。
ビルの中から熱風が噴き出してくる。
近くにいる俺の頬を焼きつけてくる。
もはや、中に入ることは難しいだろう。
こんなところに飛び込めるわけがない。
俺は引き返そうと踵を返す。
だが、俺の背中に聞き覚えのある声がかけられる。
「ヒーローさん!? 来てくれたの!?」
「この声は……まさか、ピンクちゃん!?」
かつてともに真剣バトルで戦っていたヒーローピンクこと、ピンクちゃんだ。
今は怪人の奥さんで、二児の母でもある。
それにしても、どうしてここに……。
俺が疑問に思っていると、ピンクちゃんは泣きながら縋り付いてきた。
「お願い! 主人が中に入ったまま出てこないの!」
「なんだって!? 怪人が!?」
「三階に人がいるからって、でももう三階も焼けてるのよ! ああ、どうしよう! このままじゃ主人が死んじゃう!」
ピンクちゃんは号泣している。
当然だ。
自分の大事な夫が、今まさに炎に巻かれて死にかけているのだから。
「お願い! 主人を助けて! ヒーロー!」
「……」
自業自得だ。
こんな火事の中から人を助け出すなんて、消防隊員でないと無理だ。
それをあいつは、勝手に突っ込んでいったんだ。
俺が助けにくると、勝手に期待したまま……。
「やっぱり、怪人、おまえはバカだ」
俺は近くに置いてあった水の入っているバケツを持ち上げて、頭からかぶった。
ずぶ濡れになりながら、さらに手にバケツを二つ持って、野次馬に言い放つ。
「おい! この人が中に入らないように見張ってろ! できればもう少し後ろで待っててもらえ! ここは危ない!」
「は、はい。ですが、ヒーローさんはどうするんですか……」
「野暮なこと聞くな。下がってろ!」
俺は炎が逆巻くビルの中に単身飛び込んだ。
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