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「で、なんで最近は真剣バトルやらないんだ。子どもが待ってるぞ」
「ああ、でも、ネットの世界にはもっとたくさんの人がいて、その人たちが俺を必要としているんだよ」
いつもの居酒屋で怪人と飲んでいる。
今日は怪人のほうから誘ってきた。
なにやら、俺と話がしたいらしい。
「ああ、知ってるよ。すごい人気みたいだな」
「そうなんだよ。まったく忙しくて忙しくて。ま、好きでやってるから苦痛ではないけどな」
「でも、一週間に一度くらい真剣バトルやってもネットの活動に影響はでないはずだろ?」
「ダメだよ。ずっと配信してないと。視聴者を依存させるのがポイントなんだ」
怪人は、俺に真剣バトルをやるように勧めてくる。
だが、俺はもう真剣バトルをするつもりはない。
インフルエンサーはお金も稼げるし、影響力も伸ばせる。
それに比べたら、休日に河川敷で殴り合いなんて割に合わなすぎる。
「たまに見てるけど、ずっとゲームやってるだけじゃないか」
「視聴者が見たいものを見せる。それが俺の仕事なんだよ」
「うーん。それってさぁ。おまえがやる必要あるのか。誰がやったって一緒だろう」
こいつはまたそういう言い方をする。
本当にデリカシーがない。
だが、まあ、今の俺には蚊の鳴き声ほどの影響もないがな。
俺は得意げに言う。
「ふん。ていうかさ、そっちこそ、いつまで会社員なんてやってんの?」
「はあ? どういう意味だよ」
「今はインフルエンサーになって荒稼ぎする時代だぞ? いつまでうだつの上がらないサラリーマンなんてやってんだよ。なんだっけ、保険の営業だっけ? それって儲かるのか? もっと金稼がなきゃ嫁さんにも悪いだろう」
俺に挑発されていることに気が付いたのか、怪人の顔色が曇る。
「インフルエンサーって言っても、いつ人気が落ちるかわからないだろ。こっちの仕事は安定してるよ」
「あっはっは。わかってないな。この人気が二年も続けば一生分の金を稼げるんだよ。ジジイになるまで仕事する必要なんてないんだ」
「安定してないと、結婚だってできないだろ。おまえももういい歳なんだから……」
は?
結婚?
ふざけんなよ。
俺からピンクちゃんを取ったくせになにが結婚だよ。
本当にこいつは無神経で腹が立つ。
「いい歳? まあな。もう32歳だ。だけどな。インフルエンサーになると女の子からばんばんアプローチされるんだよ。この前も読者モデルの十八歳とお泊りしたぜ? それに比べたら年増の女と結婚なんてクソじゃん」
「年増と結婚? 俺のこと言ってんのか?」
「別にぃ。ただ、俺は三十歳以上は恋愛対象じゃないってだけ。わざわざ年増の女を選ぶ理由がわからん」
「……まあ、いい。話を戻そう。それで、もう真剣バトルはやらないんだな?」
怪人が怒りを抑えて話を元に戻す。
だが、俺は止まらなかった。
今までの悔しい気持ちが一気にあふれ出す。
「やるわけないだろ。子どもだましの殴り合いなんて。いつまで過去の栄光引きずってんだよ!」
「別に過去の栄光を引きずっているわけじゃない」
「じゃあ、なんだよ!? お前だってちやほやされたいんだろ? だから真剣バトルをやめないんだ!」
「ちがう。俺はちやほやされたいわけじゃ……」
「嘘つけよ!!」
俺は立ち上がる。
「羨ましいんだろ!? 俺の人気が! 素直にそう言えよ!」
なぜか、俺の目には涙が浮かんでいた。
こいつはいつもそうだ。
どんなときでも余裕な顔していて、大人な意見を言う。
ピンクちゃんもこいつのそんなところが好きだとい言いやがった。
でも、俺はこいつのそういうところが大っ嫌いだ。
自分はなににも執着していないっていう態度。
きっと今の俺のことも腹の中では馬鹿にしてやがる。
「今じゃ俺の方が金持ちだし、若い女にだってモテる! かたやお前はただのサラリーマンで、たいして可愛くもない年増の嫁さんがいるだけ! なのになんだよ。羨ましくないってふりしやがって! てめぇムカつくんだよ!」
「…………」
俺は思いのままに怒鳴り散らした。
怪人は黙ったまま目の前のたこわさの入った小鉢を見つめている。
「なんだよ。悔しかったら、なんか言い返してみろよ!」
「……俺は」
怪人が口を開く。
「昔の俺はどうしようもない奴だった。いい歳こいて新宿で大暴れして、警察に補導される毎日……。学歴もないし、収入も少ない。とにかく何かに八つ当たりするしかなかった」
俺は肩で息をしながら話を聞く。
怪人は寂しそうに俺を見た。
「そんなとき、おまえが現れた。暴れまわる俺のことを殴ったよな。熱いくらいの正義感振りかざして、俺に説教しやがった」
「……」
「俺と同い年のくせに、しかも同じフリーターのくせに、偉そうに説教しやがってよ。それがムカつくんで殴り返したら大騒ぎになった。……そしたら、それが話題になって、正義のヒーローと悪の怪人って呼ばれるようになった」
「……」
「懐かしいよなぁ。俺にとってはあれが青春だった。みんな大騒ぎしていて、声援を送ってくれて、いい気分だった。嬉しかった。……だけどな。俺が本当に嬉しかったのは、おまえが本気でぶつかってきてくれたことだったんだ。おまえの本気の熱量が、俺の中の何かを揺り動かしたんだ」
怪人の目には涙が光っている。
「就職して、結婚もしたのに、俺が真剣バトルをやめなかったのは、おまえと一緒になにかをしたいと思っていたからなんだ。俺の人生を変えてくれたヒーローの活躍の場を残したかった。ただ、それだけだったんだ……」
それっきり、怪人は黙ってしまった。
俺はそれ以上なにも言えなくなってしまったので、怪人のことを残して居酒屋をあとにした。
◇ ◇ ◇
部屋に戻って大の字に寝転がる。
嫌な気分だ。
言わなくていいことまで言った気がする。
あいつと本気で喧嘩をするのなんて、五年ぶりだ。
怪人の言葉が頭の中で木霊する。
「俺の人生を変えてくれたヒーローの活躍の場を残したかった、か」
的外れもいいところだ。
俺の活躍の場はとっくにネットに移ってるんだ。
河川敷はもう過去の場所さ。
「配信でもやるか」
気だるい気持ちを振り払うようにして体を起こす。
パソコンに手を伸ばしてスイッチを入れる。
ブラウザを立ち上げ、配信サイトをつける。
あん?
なんかメッセージがいっぱい貯まってるな。
どうしたんだ?
『ヒーローさん、レコレコさんの配信見て!』『ヒーロー! お前見損なったぞ!』
「なんだこのメッセージ。レコレコさんの配信?」
現在進行形で配信が行われているらしい。
急いで配信をチェックする。
レコレコさんの配信をつけると、視聴者と通話中だった。
『なるほど。それでヒーローさんは無断欠勤した挙句に、勝手にバイトを辞めたと』
『はい。さんざん世話してあげたのに、ひどい暴言を吐かれましたよ』
『暴言? どんな?』
『こんなバイトなんか金にならないからやらない。やってるやつはバカだって……』
この声、俺が辞めたバイト先の店長だ。
それにしても暴言ってなんのことだよ。
『暴言って、それ録音あるの』
『ないです。まさか、彼がそんなことを言うとは思わなくて』
『ふーん。証拠がないんじゃ信用はできませんよ』
『信じてくれなくてもいいんです。ただ、あいつがそういう奴だってことを、……その、注意喚起ですよ。気を付けたほうがいいです。あいつはひどい奴ですから!』
「で、でたらめだ! そんな暴言吐いてない!」
俺がパソコン画面に向かって叫ぶ。
だが、俺の声は届かない。
『えー。続いての相談者は? えっ? またヒーローさん絡みのトラブルなの?』
なんだ。
なにが起きている。
次の相談者だって? 俺は誰かに迷惑をかけた覚えなんてないぞ。
『ユキさん。なにがあったんですか?』
『実は、私十七歳なんですけど。先日、ヒーローさんにラブホテルに連れ込まれました』
『ええ!? それは本当なの? 証拠とかある?』
『あります。この写真です』
『おお、これは間違いなくラブホテルだ。しかもヒーローさん、気持ちよさそうな顔して寝てるね』
『そうなんです。ひどいですよね。私、元々ファンだったから、悲しくて悲しくて』
『マジかよ。すごいニュースになるよこれは。でも、キミもホテルに行く前に逃げようとか思わなかったの?』
『お酒を無理やり飲まされてて、気が付いたらホテルにいたんです』
『うーん。これは悪質だな』
これはこの間、読者モデルの子と一緒に行ったホテルじゃないか!?
まさか俺が寝ている間に写真を撮っていたのか!
ていうか十七歳? 十八歳だと聞いていたのに、嘘だったのか!
それよりもこの事態をどうすれば……!
「なんだよこれ! でたらめだ!」
SNSのダイレクトメールに続々と連絡が入る。
そのどれもが、俺の悪行を非難するものだった。
『これだけの証拠があると、言い逃れは難しそうだけど……。ヒーローさんに電話をかけてみようか』
スマホに着信が入る。
レコレコさんからだ。
くそっ。
今電話に出て弁明しても全部言い訳としてとられる!
出ないほうがいいはずだ。
大人しくして事態が鎮静化するまで待つしかない。
俺の脳内で、これまで積み上げてきたものががらがらと崩れていく。
「なんでこんなことになるんだ!」
俺はスマホを壁に叩きつけた。
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