落ちていく記憶がない
「千花はそっちを頼む。僕は校舎裏を見に行く」
『わかったわ。携帯電話はこのまま通話状態で見つけたらすぐ教えて』
なぜこんな会話をしているのかと言うとーーー
緊張して極限状態に陥った小悪魔が逃走したのだ。
『ここまで来てどうしたのかしら?あかりちゃんらしくない』
……らしくないか。
はたして本当にそうだろうか?
学校でのアイツのイメージは、元気いっぱいでカワウザい妹タイプ。
しかしそれはあくまでも周りが勝手に押しつけたイメージでしかない。
過去の話を直接聞いた僕にはわかる。
見かけを磨いていくら褒められようが、仲間ができようが怖くて仕方がないのだ。
トラウマなんてそう簡単に克服出来るようなものじゃない。
時間をかけてゆっくりと、そして理解者を通じて少しずつ解決していく問題なのだ。
僕が記憶喪失のフリをして学校に登校した時、周りに対する小悪魔の態度が悪かったのもそのせいだ。
かつて自分に向けられた差別する目が許せなかったに違いない。
僕はある場所へと向かっていた。
最初は僕と初めて対面したサイン会会場のデパートかとも思ったのだが、あの頃の自分を思い出したいはずがない。
別に過去の自分を否定している理由からではなく、もっと違う感情があるのだろう。
目的地に到着すると予想通り、彼女はひとりで空を眺めていた。
「こんなところで何してるんだ?」
「あ、先輩……よくここが分かりましたね。やっぱり愛の力ですか?」
「相変わらずなに馬鹿なこと言ってるんだ?」
「えへへ……」
舌をペロリと出して笑う小悪魔だが、口角が上がってないのを僕は記憶した。
小悪魔がいたのは僕が記憶喪失になった事件の始まりの場所である外階段だ。
「……夕日が綺麗だな」
「……先輩、一言いいですか?」
「なんだよ?」
「カリスマ作家のくせにヘタレか!?」
「え、えっ?お、おまえ、そりゃないだろ」
反論してみたもののヘタレなのは事実。
こんな時、どう声をかけていいのか実際わからない。
「振る相手に対して優しくしたらいろいろ後が面倒ですよ?」
「……」
「わたしがここに来たのは……時間を巻き戻せたらいいのにって思っただけです」
「俺はあんな痛い目に遭うのは2度とごめんだけどな」
親友だと思っていた人間に裏切られるなんて2度とごめんだ。
頭を打った痛みよりも心の痛みの方が正直辛かった。
「わたしはむしろ記憶のないフリをしていた先輩の方が気持ちが楽でした……。記憶がないフリをしてれば誰を好きかも忘れてるはずですから……」
そんな小悪魔に僕は……
「とうっ!」
「痛っ!?いきなりなにするんですか!」
「頭にチョップしただけだ」
「抜け抜けと事実を当然のように言わないでください!」
涙目で訴えかけてくる後輩の顔を見て、なぜか心臓がドキドキ高鳴る。
はたしてこれは……
「俺と同じネガティヴな発想はいろいろ拗らせて大変なだけだぞ?」
「そりゃネガティブにもなりますよ!初めて異性に好意を持ったのに、相手が超ぶっ飛んだ能力を持ってるハーレム野郎なんですから!ふん!?」
鼻を大きく膨らませ後ろにのけ反る小悪魔。
そんなポーズを取れば大きなメロンが2つ強調されるに決まってる。
こ、こいつ……
「わざとか?わざとなのか?」
「わ、わざとに決まってるじゃないですか!?これくらいしかわたしには武器が……あっ!?」
誰よりも自分の体にコンプレックスが残ってるだろうに……
そんな彼女の頭をポンポンと軽く撫でる。
「ふわぁ!?」
「違うだろ。お前の武器はその想いやりと不器用なまでのストレートな性格だろ」
一緒にいないと分かりづらいが、彼女はいつだって自分のことは2番目なのだ。
この性格でどれだけ人生を損して生きてきたのだろうか。
「少しはわがままでも言ってみたらどうだ?案外受け止めてくれる奴が近くにいるかもしれないぞ?」
「えっ!?」
僕の予想外の言葉に困惑する小悪魔は目を右往左往させている。
そして困惑しているのは彼女だけではない。
なんで僕の口からこんな……?
「先輩……」
「せっかく盛り上がっているとこ邪魔して悪いが、ふたり仲良く死んでくれ」
ドンッ!
「なっ!?」
「キャ!」
平穏な日々を取り戻した僕は油断していた。
あいつの存在を忘れていたのだ。
小悪魔を抱きしめ全身でかばいつつ階段を落ちていく。
今回はひとりではないので受け身すら取れない。
遠ざかる意識の中で、勝ち誇った笑みを浮かべる人物を記憶した。
間が空いてしまいました。




