おじいさまの記憶がない
新たな年を迎えようと除夜の鐘が鳴り響いている。
「除夜の鐘ってさー、なんでこのタイミングでなるんだろうね?」
勉強が少し苦手な千花が率直な質問を投げかけてきた。
千花だけでなく多くの日本人が同じように意味も知らず風物詩の一つと捉えているかもしれない。
除夜とは大晦日の夜のことを指し、多くのお寺では1年間を振り返って感謝の気持ちを表す「除夜法要」「除夜会」といった、その年最後の法要を勤める。
除夜の鐘を鳴らすのも、その法要の一つ。大晦日から新しい年への引継ぎを行う大切な儀式なのだ。
除夜の鐘は、大晦日から元旦にかけての深夜0時を挟んでつかれ、108回の鐘をつく寺では大晦日のうちに107回までをつき、新しい年になってから最後の1回をつくところが多い。
大晦日に107回つくのは、古い年のうちに煩悩を消すという意味もあるようだけど除夜の鐘はその人にとって一年に一度だけの格別な音。
鐘の音を聴きながら一年間のいろんな出来事を思い出しながら、感謝や反省、来年こそはという思いを馳せるためでもある。
「な、長い説明ありがとう……相変わらずすごい記憶力ね。どんな頭しているのよ?」
「たまたま先日調べて知っていただけだよ」
あまりに詳しく説明しすぎてしまった。
普通の高校生がこんな知識を知るはずがない。
しかし僕は高校生作家だから普通ではないけどありだと思う。
完全記憶能力がある時点で普通じゃないけど。
「それよりみなさん煩悩ですよ煩悩。今年のうちにみなさん消しておいてくださいね!」
自分は潔白ですみたいに言ってるけど、一番のムッツリは小悪魔であるお前だろう。この煩悩娘が。
「せ、先輩、それはさすがに酷すぎます!ドSですか!小悪魔だの煩悩娘ってなんですか!新しいアイドルグループ名みたいじゃないですか!」
「あっ……」
心の声が漏れていたらしい。
小悪魔が顔を真っ赤にして猛抗議をしている。
煩悩娘なんてアイドルグループいるのかよ?
「と、とにかく今年もいろいろあったけどみんなありがとう。来年もよろしくお願いします。それで……みんないつ帰るの?」
「「「「はぁーーーー!?」」」」
そんなに怖い顔をしなくてもいいじゃないか。
そろそろ寝ようかと思っていたんだけど、この後どうするつもりだろうか?
* * * *
なんだかんだで年を越し、初日の出をマンションのバルコニーから眺めることになり仮眠をとることになった。
他の全員が寝ていることを確認すると、ひとり仕事部屋へと移動する。
目的はもちろん祖父が残してくれた形見である。
祖父が亡くなった寂しさからなのか、まだアレを開けていないみたいだし、感情が抑えられているいまなら問題ないと思ったからだ。
記憶の中ではたしかこのあたりに……
クローゼットの奥を探すと人目につかないようにひっそりとそれはあった。
両手で簡単に持てるくらいの小さな木箱には4桁の数字が無造作に並んでいた。
これは……ダイヤル式の鍵?
見た目は普通の木箱に金属製のプレートがつけられていて、4桁の数字でダイヤルロックがかかっている。
ここで僕は言葉すら認識出来なかった頃の幼い時の声の記憶を思い出してみる。映像だけでは暗証番号が分からなかったのだ。
過去の記憶で祖父が教えてくれていた4桁の数字を打ち込むと……
カチッ!
どうやら無事に鍵が開いたらしい。
しかし……言葉も認識出来なかった頃に祖父は当たり前のように僕に語りかけていた。
まるで完全記憶能力を持っているのが前提であるかのように。
……もしかして祖父は完全記憶能力のことを全て知っていたのか?
残念ながら語りかけてくる言葉の記憶の中には、答えは見つからなかった。
それならこの木箱の中にヒミツが隠されているのでは?
ゆっくりと蓋を開けていくとそこには1枚の写真が入っているだけだった。
念のため底を探してみても手紙一つ入っていない。
手に取った写真の中には3人の人が写っている。
これは……若い頃の父と母と……真ん中にいる人はいったい誰だろう?
両脇にいる父と母より少し歳上のような男性が写っているけど、僕の記憶の中に一致する人はいない。
この時、ずっと昔の記憶に意識を集中し探していたので背後に人の気配がすることにまったく気付いていなかった。
「なぜ、おじいさまの若い頃の写真をメモリー様が持っているのですか?」
「うわっ!?白鳥さんこんな時間にいったいどうしたの?」
いくら感情を失っていても、夜中に突然背後で声がすれば誰だって驚くだろう。
「トイレへ行こうとしたらこの部屋から物音が聞こえてきたので。うふふ……でもメモリー様の驚いた顔が見れて得し……って、え?え?キャッ!?」
「白鳥さん!おじいさまってどういう事?うちの両親とどんな関係だったか知ってるの?」
瞬時に振り向き、その勢いのまま白鳥さんを押し倒してしまった。
驚きの表情を浮かべる白鳥さん。
……はい?
動揺していた白鳥さんは少しするとゆっくり目を閉じて、なにかをじっと待つ態勢に入っている。
……え?キスを求められてるのこれ?
しかし今は写真のことを聞きたいのでこんな事をしている場合ではない。
いまだに目を開けようとしない白鳥さんに手をかけようとした時だった。
「パイセン!現行犯です!!」
勢いよく部屋のドアが開き、そこには3人の鬼が立っていた。
年が明けてもスローライフはまだ来ないらしい。
読んでいただきありがとうございます。
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また新作を書きましたので、そちらも読んでもらえると嬉しいです。
タイトルは、
『別れさせ屋』の俺に『レンタル彼氏』の指名をするのはやめてくれ!?
です。
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