僕には記憶がある
いよいよ明日からの3日間、放課後に生徒会主催による初の勉強会が開かれる。
これで全て準備は整った。後は滞りなく勉強会を進めていくだけだ。
「じゃあ後は僕が片付けておくから、みんなは明日に備えて家でゆっくりしてね。それと各自テスト勉強も忘れずに」
「「「はーい!!」」」
屈託のない笑顔でみんなが答えてくれる。
全員が帰宅したのを確認し、僕も第2学習室の戸締りをして鍵を職員室へと返しに行った。
勉強会の参加者があまりにも多くなったので、生徒会室だけではメモリーノートを保管する場所が足りずに第2学習室も貸してもらったのだ。
「メモリー、終わった?」
鍵を返して職員室から出てくると、そこには千花の姿があった。
「ああ、待たせてごめん」
「全然待ってないから平気だよ」
嬉しそうに微笑みながら答える幼馴染の姿が、遠い昔のことのようになんだか懐かしい。
僕がいろいろな事件に巻き込まれていなければ、千花とは今でも恋人のままだったはずなのだ。
「それより……どうしてみんなに内緒で一緒に帰ろうなんて言ってくれたのかな?」
頬をピンク色に染めながら上目遣いに見上げてくるその瞳には、期待の色が伺える。
「たまには昔みたいに二人で帰るのもいいかと思って」
……これは嘘ではない。
浩一に気持ちをぶつけた後から、記憶喪失のフリをして登校した日の自分を思い出すと、あの時の千花にもっと気持ちをぶつけていればこんなに回りくどい関係にはならなかったのではと後悔ばかりしてしまうのだ。
それと一緒に帰るもう一つの理由は……ブタだ。
千花をまだ狙っている猛獣が野放しになっているのに、ひとりで返すなんてとても出来ない。
ましてや大沢財閥のボンボンなら浩一の行動を見張らせている可能性も高いのだ。
「そ、そう……す、すごく嬉しいな……。昔みたいに手を繋いでもいいかな?」
「部活帰りの生徒達もいるから恥ずかしいけど……」
「そ、そうだよね……私たちはもう恋人じゃな――きゃん!?」
僕の言い方が紛らわしかったらしく、分かりやすいくらい落ち込みそうになるところでいきなり手を握ると、不思議な声を上げびっくりしていた。
「じゃあ……そろそろ帰ろうか?」
「……うん」
……あともう少し待ってて欲しい。
僕は心の中でそっと呟いた。
家に一旦帰り、夕食を済ませて日が落ちると再び僕は学校へと向かった。もちろん学校から許可は取ってある。
すでに生徒も先生方も帰っているもぬけの殻となった学校は静まりかえっていた。
そして僕は灯りも点けずに第2学習室へと向かう。
予想よりも早い時間だったけど、僕の予想は的中し入り口のドアの前にはガラの悪いうちの生徒のひとりが立っていた。
暗闇の中で気付かれないように近づいていき、一気に間合いをつめて首を絞める。
抵抗しようともがけばもがくほど苦しさが増していき、ようやく眠りに落ちた。
第2学習室のドアをそっとバレないように開けると、そこにいたのは……もちろんブタだ。
「なんだこれ!表紙以外全部白紙じゃねーか!」
暗闇の中で怒り狂っているブタは、とても気味が悪い。猪八戒かよ。
「こんな時間から勉強とはずいぶんと熱心だね」
ビクッと体を震わせて驚いたものの、僕の姿を認識すると薄気味悪い笑顔を浮かべている。
「なるほど……まんまとはめられたってわけか?」
「はめるってなにを言ってるんだよ?なにか探し物でもしてるのかな?」
「とぼけんじゃねーよ!ここにあるはずの受験対策ノートをどうした!」
「万年2位の……いや、今は3位の大沢さんともあろう人が、僕の作ったノートなんか必要あるわけないでしょ?」
「もちろん俺が使うわけねーだろ!あれは俺の大事な収入源になりつつあるんだよ」
そうだよな。お前はカンニングしてるんだから。
「大沢財閥のご子息がお金に困るはずないでしょう?それともいろいろとやりすぎてお小遣いを止められちゃいました?たとえば……火を使いすぎとか」
「あれはアイツらがやりすぎたんだよ!俺にはかんけねー」
あらら……思ったよりもこいつバカじゃね?
自分から『アイツら』って犯人知ってるの言っちゃったよ。
「それで?以前のように僕のノートを生徒に売る気なんだね」
「別に悪い事してるわけじゃねーだろ?みんなの成績が上がるんだから」
「そうだね。お前みたいにカンニングしない人には必要なのかもね」
「……宮本から聞いたのか?でも全て燃やしちまったし俺がカンニングした証拠はすでにないけどな」
ま、まずい……
こんな場面なのに笑ってしまいそうだ。
相当なバカがここにいるんですけどー?
「とりあえずノートはここにはない。さっさと逃げた方がいいんじゃないか?」
「ああ……そうさせてもらう。だがその前に……お前の記憶を無くしてやるよ!」
ブタが猛然と襲い掛かってきた。
ブタというよりはイノシシに近い。
体格差があろうと人間には鍛えることが出来ない箇所がある。
突進してきたブタの膝に横からケリを入れて衝撃を咥えてやると、あっけなくその巨体がバランスを崩して横倒しになった。
そして首を絞めようと……ってあれ?
首が太すぎて腕が回りきらない。
物凄い力で引き剥がされてしまった。
「さすがにすごいパワーだね。その力で抵抗できない女の子達を下着姿にさせて撮影したりしたのか?」
「あいつ……そんな事までゲロったのか。クソ野郎が!?」
……浩一もお前も大差ねーよ。
「動くな!警察だ!」
はっ?警察がなんで?
僕の計画では勉強会用校内放送のために学校が用意してくれた音響設備で、いまボイスレコーダーに録音した内容を昼休みに流す予定だけど……
これってざまぁ失敗ですか?
苦笑いする僕に対して暗闇から声がしてきた。
「その細い方は生徒会長で無実です。太い方がさっき話した犯人です」
警察の後ろで陰に隠れて声だけがした人物……浩一だ。
「なんでお前が警察と一緒なんだ?」
「最後までお前に負けたくなくて、全てを警察に話すために出頭したんだよ。お前を突き落とした事も含めてな」
「……こんなことしたって今はまだお前は負け犬のクズだ。今後どうなるか分からないけど、自分の力でなんとかしてみろ」
「ああ……」
「俺に触るなー!俺は何もやってない!全部あいつのせいだ!」
ブタが浩一を指さしている。
あ、ブタの事完全に忘れてたわー。
「これ、さっきそこの人がペラペラと喋ってくれたボイスレコーダーです。よかったら使ってください」
警察官にボイスレコーダーを手渡すと、さすがのブタも顔面蒼白になり黙り込んでしまった。
もっと痛い目に合わせてやりたかったのに、浩一のヤツ勝手に行動しやがって。
その後ブタと浩一はパトカーに乗せられ、警察署へと連れていかれた。
予定よりも1日早いけどようやく全てが終わったんだ……。
翌日になると、どこから情報が漏れているのか不思議だけどブタと浩一が逮捕された噂で、学校は持ちきりになっていた。
やっぱりSNSだろうか?
僕も酷い目にあったからこの世の中は本当に怖い。
しかし辛い事の方が多かったけど、今の僕には生徒会の仲間やナツ姉がいるから大丈夫。
この先も苦しいことや悲しいことがあってもひとりじゃない。
きっとたくさんの楽しい事がこの先には待っているはずだから。
生徒会室のドアを開けると、みんなが一斉に僕の元へと駆け寄って来た。
僕が昨晩の事件にいた事も、知られているようだ。
「メモリー!」
「先輩!」
「メモリーさま!」
「「メモリー先輩!」」
「全部……終わったからみんな安心してくれ」
僕は満面の笑みでみんなに一言だけ声をかけた。
そして……僕の記憶も本当の意味ですべて元に戻った。
もう2度と記憶喪失になることは決してないだろう……
新作をアップしたので読んでくれると嬉しいです!!
タイトルは『ガチでオタクな僕に、人気絶頂アイドルの妹が出来ちゃった件』です!
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