3日間の記憶がない
「うわっ!?」
いきなり背中を押され僕はどこまでも落ちていく。
……
……
……んっ?
いまのは……夢?
意識が覚醒するとともに、ぼんやりした景色がはっきりとしてくる。
白い壁に白い天井、どうやらベッドに寝ているらしい。
体を動かそうとするが自由は利かない。
けだるさとともに体中に痛みが走る。
「……さん?……さん聞こえますか?氷河さん聞こえますか?」
誰かが呼んでいる。
ひょっとして僕に話しかけているのか?
「……氷河って誰ですか?もしかして僕の事ですか?」
目覚めた僕は記憶を失っていた。
* * * *
医師の話では、昨日のお昼休みに学校の外階段から転げ落ちたらしい。
その際、頭を強く打ってしまい記憶がなくなったそうだ。
さっき見たのは夢ではなかったのか!?
夢でないのなら階段から突き落とされたのだろう。
いったい誰に……
「っ!?」
思い出そうとした途端に頭に激しい痛みが襲ってくる。
「無理に考えなくても数日もすれば記憶は戻るはずです。さいわい外傷もないですし、脳にも異常はありません。学校の方は記憶が戻ってから行ってください」
仕方がないのでしばらくはおとなしくしておくことにした。
―――記憶をなくして3日目の朝。
看護師さんから届けられたスマホに目を向けるとなにやらメッセージが来ている。
『私たち……別れましょう。理由は分かるでしょ?あなたが私を裏切ったんだから……』
え!?僕が裏切った?いったいこれは……
頭が……頭が割れるように痛い……
送られて来たメッセージのアカウント名には【 CHIKA 】と表示が出ている。
……彼女?いやもう元カノか。
記憶がないせいだろうか?
ただ現実を突きつけられただけで悲しみの感情も湧かない。
無関心に画面を眺めているとスマホにはもう一つのメッセージが入っていた。
『氷河くん具合はどう?お見舞いにも行けずごめんね。すごく言いずらいんだけど……SNSで君との根も葉もない噂のスキャンダルが流れてしまって大っぴらにお見舞いに行けないのよ。それで本題なんだけど……しばらく噂が落ち着くまでは執筆作業を中断しましょう。この機会にゆっくり休んでね。また連絡します。 編集部担当 佐々木』
「……」
僕は無言で自分の名前?をスマホで検索してみる。
……ニュースや掲示板。そこには誹謗中傷の嵐が渦巻いていた。
どうやら僕は高校生の人気ラノベ作家らしい。
『人気高校生作家がホテルで美人編集者と密会』そんなタイトルが目に付く。
締め切り間際で缶詰めになって執筆してただけじゃないのか?
なぜかそんなことが頭をよぎった。
そして問題はそれだけではない。誰かがあげたであろう1枚の写真。
個人情報や肖像権を全く無視したその写真に写っているのは、真ん中に夢でも出てきた女性が、その右側には僕らしき姿と左側には……左側には……
……親友であったはずの、【 浩一 】の姿が。
なにか熱い感情が僕の心を支配する。落ち着け、落ち着くんだ【 氷河目守 】
思い出したわけではない。保存されていた……
僕の完全記憶能力が戻ったのだ。
記憶喪失だった事を踏まえて、いったん頭の中を整理してみることにした。
僕の名前は【氷河目守】
都内の進学校に通う高校2年生。
幼い時から祖父に育てられたが、今年に入り高齢で亡くなった為に家族と呼べる存在はもはや誰もいなくなった。天涯孤独である。
どうやって生計を立てているのか?
現在人気の高校生作家として成功していたのでお金には余裕があった。原作がアニメ化されたり映画化されているのだ。
それも全ては誰にも明かしていない秘密の特殊能力のおかげだ。
『完全記憶能力』
通常は目で見たもの全てを記憶する。さらに僕の場合は……聞いた音も全て記憶する事が出来る。進化版の絶対音感も同時に持っているようなものだ。
普段から存在感の薄い僕が世間でも有名なのは、自分の原作アニメで主題歌を歌いシンガーソングライターとしてもデビューしたからだ。もちろんメディアには顔出ししていない。ネットで顔出しを暴露された今は分からないけど。
たった3日間記憶喪失になっている間に、僕に対して敵意を持つ誰かに事実と異なる情報を流されたようだ。
犯人は一瞬だけ見た映像で記憶しているけど、まさか彼女までもが騙され信じてくれなかった事実に落胆し、今更言い訳しても意味をなさないのでこのままにしておく事にした。
きっと学校でも風当たりが強いだろうけど、記憶喪失が続いている事にすれば困るのは彼等だろう。
信じてもらえないのなら僕だって誰も信じない。
これから新しい自分で自由に生きていけるのだから。
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