神の悪戯
ーカランカランカラン
床を転がるサイコロを二つの存在が見つめていた。
「ふむ、6872番か………」
「ハルゲニア村に住むマイケルという男みたいですね」
「処遇については………」
「肥溜めに落ちたとかでいいんじゃないでしょうか?」
それは妙案だとばかりに手を叩く。
「じゃあ、それでいくとしましょう。後は任せます」
そう言って、その存在はそこから姿を消す。
残ったのは恭しく礼をしているもう一つの存在だけだった。
ーーーーーーーーーー
「主よ………」
ーカチャカチャカチャカチャ
「主よ………」
ーカチャカチャカチャカチャ
「主よ………」
ーカチャカチャカチャカ、ブチッ
「あ゛ーーーーーーっ、データが、データがーーーーっ」
「主よ、私の声が聴こえてますか?」
「えーえー、聴こえてますとも。サイコロでしょ、サイコロ」
何処からか現れたサイコロが床を転がる。
「今回は7………」
「過労死よっ、過労死!」
「え………」
「私が失った時間の辛さを味わえばいいんだわ!」
そう言って、主と呼ばれた存在は姿を消した。
残ったのは呆然と立ち竦むもう一つの存在だけだった。
ーーーーーーーーーー
主と呼ばれた存在の掌の上でサイコロが回転している。
「ねぇ、サキエル?たまにはアナタがこのサイコロを振らない?」
「ご冗談を。神である自分以外が触れないように、と色々とやっていたではありませんか」
そう言われて、主と呼ばれる存在は何をしたか思い出したようだ。
「そう言われればそうだったわね。じゃあ仕方ないか」
ーカランカランカラン
床の上をサイコロが転がる。
「284番は………」
「カイゼル帝国のマシューと呼ばれる騎士の様ですね」
「騎士かぁ………王妃との不貞とか色々と萌えるわよね」
「では、マシューへの処遇はその様に」
「えっ、あっ、はっ、はい。よろしくお願いします」
そう言って、神は姿を消した。
残ったのは深々と頭を下げるサキエルだけだった。
ーーーーーーーーーー
「今回は、7777………」
神にとってはとてつもなく見た事のある数字。
「異世界より召喚された勇者の田中様ですね」
見間違いだと思いたかったが、サキエルが否応なしに事実を突きつけてくる。
「まっ、まぁ?私が召喚したわけじゃないし?人間が勝手にやったことだからしょうがないよね?」
「サイコロを振られたのは主ですけどね」
「くっ………!」
「勇者を失うことになる人間に未来はあるのでしょうかね?」
サキエルの台詞は、神の良心をゴリゴリと削っていく。
「たっ、確か、ハーレムがどうとか言ってたし、世の男性の敵だから問題ないでしょ」
「………」
サキエルの白い目が神に突き刺さる。
「だっ、大丈夫。大丈夫」
「それで、処遇はどうされますか?」
「そっ、そうね。ふっ、腹上死とかはどうかしら?」
「では、そのように」
「そっ、そう。後は任せたわ」
そう言って、逃げるように神は姿を消した。
残ったのは深々と頭を下げるサキエルだけだった。
ーーーーーーーーーー
ーパキンッ
床を転がっていたサイコロが二つに割れる。
神は表情に変化はないが、サキエルの方は驚いているようだ。
「レアケースを引いたわね。今回は、25678と25642みたいよ」
「いや、あの、それ二つに割れるんですか?」
「たまにね。で?」
「その番号ですと、アルケニア王国公爵家のエスメラルダと、同じ王国に住むアルタですね」
「身分違いの恋。からの逃避行とか憧れるわよねぇ」
「そうなると、行き着く先は心中ですかね?」
「そうね、今回の処遇はそれで」
そう言うと、神は姿を消した。
残ったのは、消えていくサイコロに疑問の目を向けるサキエルだけだった。
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「飽きた」
開口一番の神のセリフに、サキエルは思わず苦笑いするしかなかった。
「これも主の仕事ですので」
「こんなもの、こうしてやる!」
神は腕を振り上げ、床に向けてサイコロを投げた。
ーバコンッ
サイコロは床にめり込んだ。
(イヤイヤイヤ)
「じゃ、後は任せたから」
(イヤイヤイヤ)
神は鼻息荒く姿を消した。
「えーっと、今回はバイセル公国のミラで、死因は………圧死でいいか」
残ったのは、サイコロから何とか処遇を考えたサキエルだけだった。
ーーーーーーーーーー
ーカランカランカラン
神とサキエルがサイコロの行方を眺めている。
「そういえば、サイコロにしたのは何か意味があるのですか?」
ふと思った疑問をサキエルは尋ねた。
神はサキエルの顔を見る。
「今回は、87356よ」
どうやら教える気は無いようだ。
まぁ、サキエルからしたら分かりきったことではある。
「ターミル街のクリスですね」
「確か商家の長男だったっけ………。じゃあ、馬に轢かれるのもしょうがないわね」
「そうですね。では、その様に」
それを聞いて神は姿を消す。
そう思われた瞬間、サキエルの方を見てニヤリと笑った。
「サイコロに意味はないわよ」
残ったのは、呆然とするサキエルだけだった。
ーーーーーーーーーー
「〜〜〜♪」
神は嬉しそうに鼻歌を歌っている。
「主よ、何かいいことでも?」
「宝くじで一等が当たったのよ。これなら、今日のサイコロもいい数字が期待できるわね」
そう言って、神はサイコロを転がす。
ーカランカランカラン
「………さすが主です。86777番といえば、サニア村から出てきた勇者のルークではありませんか」
神は怨めしそうにサキエルを見ていたが、どうやら諦めたようだ。
「まぁ、お金は身を滅ぼすとも言うし、そこのところを理解するべきよね」
「では、その様に」
その場に残ったのは、サキエルだけだった。
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「悪役令嬢への転生かぁ〜、良いわね〜」
神は読んでいた本を閉じる。
「そういえば、サキエルは用事で居ないんだっけ」
何やら神は嬉しそうだ。
「丁度いいのを貰ったから、それを使いましょう」
手のひらに球体が浮かび上がってくる。
「はてさて、貴女がなるのは光の花か毒の花か………。あぁ、安心してもらっていいわよ。ちゃんと、『記憶』は残しておいてあげるから」
まるで女神のように微笑んで、球体から手を離す。
その球体は、下界へと落ちていった。
「あっ、器を忘れてたわ。え〜っと、あぁ、いいのがいたわ」
そう言って、神は姿を消した。
十数年後………
美しく咲き誇る『花』を見て、神は満足そうに微笑むのだった。
ーーーーーーーーー
「最近、帝国が何やら企ててるみたいね?」
神の言葉は、疑問というよりは確認といった意味合いの方が強そうだ。
「ナルゲルト帝国ですね。確かに何やら企てているみたいですね」
知ってか知らずか、サキエルの返事は曖昧だ。
「別に私が人間の面倒を見てるわけじゃないから、何をしようが特に口を出す必要はないわ」
神の言葉には少し毒が含まれているようだ。
サキエルは目の前のサイコロに視線を落とす。
粉々に砕け散っているサイコロに、神は何かを見たのだろう。
「けど、限度ってものは何にだってあります」
最近、こちらでも帝国のことはちらほら話に出ている。
サキエルもその話は耳にしている。
それを神が聞いているとは思えないが………。
「残念ですが、帝国には滅んでもらいます。因果応報という言葉を、身を持って分かってもらう必要があるようですので」
「では、その様に」
その場に残ったのは、深々と頭を下げるサキエルだけだった。
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「ふと思ったのですが………」
「あら、サキエルからの話しかけてくるなんて珍しいわね?」
神は心なしか嬉しそうだ。
「いえ、サイコロの対象はどうして人間ばかりなのかと思っただけです」
「ああ、それはね………」
手にしたサイコロをヒョイッと投げる。
が、サイコロは地面を転がることなく姿を消した。
「………っ」
「やっぱり、まだ早いかぁ。帝国のときは私もやり過ぎたかなって思ったくらいだし、しばらくサイコロはお預けかな」
神は、1人ウンウンと納得している。
「そうそう、サキエルの質問なんだけど………」
サキエルは、放心状態からまだ帰ってこれないようだ。
「これは、また今度にしておいたほうが良さそうだね」
そう言って、神は姿を消した。