3 私の愛はあなたの愛より深い
「あれ、優美、今日部室行くの?」
「うん、週末に撮ったの現像したいから。今日は顧問とかいないから、部室いても大丈夫だよ」
「じゃあお構いなく」
教室から部室に向かう。部室は隣の棟、2階の突き当たりにある。屋外の渡り廊下に出ても、室内とさほど暑さは変わらない。
柚綺は音楽部に所属している。けれど、まともに部活に行っている姿を見た事がない。所謂幽霊部員だ。私が部室にいる時は、どこかで暇をつぶしているらしい。何故部活に行かないのかは分からない。でも柚綺が語りださないのだから聞く必要はないのだ。
部室に入るなり、私はパソコンを起動して画像フォルダを開く。SDカードからデータを移していく。気づけば柚綺が隣から覗き込んでいた。
「コンテスト近いのに、いまいち良い写真がなくて」
「こんなにたくさん撮ったのに」
「うん、どれもしっくりこない……」
私は写真を撮る事に躍起になっているようだった。詠み人知らずの詩は、作曲者不明の歌は、いつも私の不安をかきたてて。何かを残しても、誰が残したかを忘れ去られる事は怖い。私は、私が撮ったという事実と共に情景を残したい。そんな写真を撮りたい。
何枚かをプリントしてテーブルに広げ眺める。柚綺もそれを眺める。正直どれも素敵だと思う。けれどこれだという一枚は無い。決め手に欠ける。
広げた写真の中から、柚綺はアスターの写真を手に取って言った。
「優美の撮る写真は優しいね」
何も感じていないような目で、口元だけ笑んで君が言う。それでも私にはその言葉が真実だと分かる。だからどうしようもなく嬉しくて、少し恥ずかしくて、広げた写真を吟味するふりをした。
「…ありがとう」
あなたの事は私だけが知っていればいいと思う。
私ももしかしたら、あなたに知られていれば何もいらないのかもしれない。
それでも私は写真を撮るけど、本当はあなたがいれば。たとえビー玉のような目をしていても。
感受性に乏しいあなたの賛美の言葉。写真なんて見ていない事は私も知っている。そうなれば、その言葉の答えは一つだ。
彼女は私にキスをした。