2 星が降る夜に沈む
一通り現像を終え部室を出ると、柚綺が壁にもたれかかり私を待っていた。
「おつかれさま」
「ありがとう……それは?」
「ん、お菓子」
柚綺の手には小さいビニール袋が握られていた。どうやらお菓子が入っているらしい。
「行こう」
「うん」
外に出ても暑い。ムシムシする。熱帯夜だ。前を歩く彼女の絹のような髪は強気に揺れる。街灯の光の中で空色の髪はより一層際立つようだった。見失ってはいけない、でも一番星よりは奥ゆかしい、そんな星みたいに。
「こっちこっち」
「え?」
柚綺が私の手を優しく引く。そっちは校門に遠い道だけど、何故そっちに誘導するのか。疑問に思いつつ黙って手を引かれる。幾分も歩かずに柚綺が足を止めた。
「ここ…プール、だよね?」
「うん、入るよ」
「えっ、で、でも」
「いいから、行くよ」
人差し指を自分の口にあて、潜めた声で柚綺が言う。立ち入り禁止の札がかかったチェーンを退けてフェンスの扉を開ける。鍵はかかっていないようだった。この学校はプールの授業が無い。だからもうプールも長年使われていなかった。
硬いコンクリートのプールサイド。空のプールを見下ろせば、四隅の所々は崩れ底に葉が落ちている。もう水が波打つ感覚も人の話し声も忘れたのだろう。今はただ、雨も雪も木の葉も降るがまま受け止めるのみだ。
慎重にハシゴを伝ってプールの中に入る。私は冷たい水をイメージした。心臓ごと震えるあの瞬間を。
中心まで歩き、私と柚綺はそこで横たわる。
深いプールの底。私達は沈む。はぐれないようにどちらからともなく手を繋ぐ。遮る水面のないこの場所に、鮮烈に星が降る。瞬くその中を掻き分け夏の大三角を探す。空はこんなに鮮明なのに水底を藻掻く心地がする。
「あれあれ、あのすごい光ってるやつ」
「んー……あれかな」
何も言わないのに柚綺は三角を示した。ああ私、君がいれば何も苦しさは無いようだ。やっと水面に顔を出した時の安心感。その実、私達はもっと深くに沈んでいるのに。君といれば水圧すら心地良いのか。
身を起こしてお菓子の封を切る。チョコレートプレッツェルの甘さがただ流れていくほどに、私は星に夢中だった。
「優美と一緒に、星が見たかったの。プールの中で」
「…ありがとう、すごく綺麗」
「うん、綺麗だね」
君となら星のない夜にも沈めると思った。
夏のある日の話。