第三話 俺氏、魔物と踊っちまう②
「主、おはようございます」
「ご主人、朝ですよ」
何時もの二人のモーニングコールで覚醒する。いいねえ……モテる男の朝はこうでなくちゃ。
「朝⁉」
ばっと飛び起き時計を見る。朝である。
窓から外を見る。真っ暗である。
「何だ夜か……そうだ、野営を始めねば」
「主、朝です」
成穂さんは窓のカーテンを素早く開け閉めすると、そこには見慣れた電柱と田舎町の朝の風景があった。
「あれ?」
「さっきのは馬車からの風景ですよ」
なんと、実はこっちと異世界とでは昼夜が逆なのだ。まあ夜中に出発して昼だったしね。
俺は寝不足の目をこすりながら家を出るのだった。
***
「異世界生活二日目!」
今度こそ冒険をするのだ。
「今は走行中ですから出ると危ないですよ」
後ろからの声でさっそく出鼻を挫かれる。今は安アパートの一室件、馬車の中である。
成穂さんは通常営業で食器を洗っている。
こんな日常に溶け込んだ異世界なんてあるだろうか。いやある、ここに。
俺は窓から御者席へ移動した。
「おーこれこれ。これが異世界の旅ってモノよ!」
周囲は森だった。その舗装もされていない道を虫のような馬はすいすい進んでいる。
「思ったよりも揺れないし、外から見たら普通の馬車だ。……俺どうやってあの窓抜けたんだ?」
アパートの窓だった場所はこちらから見ると木の板が打ち付けられていて、上部に申し訳程度の覗き窓があるだけだ。しかもガラス張りではなく、板が被せてあるだけだ。
「ご主人、私を置いて勝手に出ないで下さい」
「うわびっくりした」
何時の間にか若葉さんが隣に座っている。
「ヨロさんは今日は合流が遅くなるそうです」
ヨロさん、の体である弥生ちゃんは剣術道場に通っているからそういう事だろう。
森は鬱蒼としていたが、街道沿いは木漏れ日が眩しいくらいで、平和である。
俺はこの機会にと尋ねた。
「ねえ若葉さん町に寄ってみたいんだけど」
「ご主人は旅の目的をお忘れですか?」
旅の目的。忘れかけていたが、俺は万引き犯の撃退の秘策を求めて異世界を旅しているのだ。あと目的地も知らない。まあ問題ない問題ない、なんとかなるなる。
それはさておきだ。
「ねえ、せっかくの異世界なんだから異文化交流というか、ねえ」
俺は説得と説明が下手である。下心を隠している場合はなおさらである。
「主語と目的語をはっきりと」
小学生に説教されるのはとてもいいものだ。
「俺は町に行きたいです」
始めは船の上、次にあっという間に港町を出て、馬車の中で「おかえりなさい」である。これじゃあ何の為に万引き犯を捕まえようとしているのか分からない。異世界を冒険しなければ。
若葉さんを俺をじっと見つめて、溜息を吐いた。
「解かりました。道中の町にでも寄りましょう」
よっし!
「ありがとうです若葉さん」
「六日程で到着しますから」
え。
「六日はちょっと遠くないかなー、最寄りでいいのよ?」
「この世界の人口密度では近い方です。最寄りの町はあの港町、後は村と呼べる程度の集落しかありません」
な、何という事だ。だがしかし、確かに中世ファンタジーな世界ではそんなものなのだろう。魔物やモンスターと言われる存在が魍魎跋扈している世界で小規模な集団が生き残れるわけがない。村も大きな町に逃げ込めるだけの距離にしか存在しえない、いわゆる衛星都市的な立ち位置なのだろう。
……くそ、小説や漫画とかじゃあ『一週間後』とか書いとけば一瞬で目的地に着くというのに,これじゃあ生殺しだよぅ。
「ご主人に朗報です」
なにさ。
「魔物です」
「なんと!」
どこどこ? 俺のガラケーに撮らなきゃ!
「34分後に接触します」
……34分後かあ。
――34分後――
「なんだこいつ……」
突然森から飛び出し道をふさいだモノに俺は戦慄した。
「魔物です」
簡潔! ……最近お姉さんに毒されてきてない?
「それよりも魔物ですよ、冒険しなくていいんですか?」
「えっと……」
俺は御者台から、道をふさいでいる魔物を再び見据えた。
なんと形容すればいいのだろう。
一見すすると汚れた野犬の様ではある。しかしそんな可愛いものではないと分かる、解るのだ。
目は飛び出し上を向き、こちらを品定めするように左右に揺れている。
薄汚れた体毛に覆われた体躯はがっしりと、だが中で何かが蠢いているかのように波打つ。
足が六本、いやその脇にも短い脚のような突起が幾つもある。その動きはまるで軟体生物が獲物を探るかのように散り散りに動いている。
そしてその大きな口は牙を剥きだし、あらゆる生に焦がれるように赤く、黒く、深く、吸い込まれるような虚無が広がっていた。
「おかーさーん」
「もうそれはいいです」
いいですじゃないよ、こんなの知らない、私知らない!
「さあどうぞ」
「さあどうぞじゃないです。あんなのどうしろっていうの? ねえ馬鹿なの?」
「馬鹿?」
ひいっ! 危険生物が増えた! ごめんなさい‼
しかしだな。ファンタジーの始まりはスライムかコボルトってのが相場じゃなかったか? 山賊? あんなのチートが無ければ詰みですね。
と、こうして漫才をしていられるのも、何故か魔物という名の謎生物が動かないからだ。
若葉さんを警戒しているのかとも思ったが、どうやら魔物は馬車を引いている虫馬さんにプレッシャーを感じているようだ。
「おお、魔物を前にしても堂々としている……馬って強いんだな」
「改良してますから」
ならもう馬だけでいいんじゃないかな?
「さあ」
許されないらしい。
「だあもういったらーーッ!!」
俺はえっちらおっちら馬車を降りた。いや車輪が大きいから意外と高いんだよね。
「さあやろうか」
俺は腰のショートソードをすらりと抜いた。
ちなみに何故ショートソードなのかというと、若葉さんが以前俺が話していた「RPGってのは少しずつ装備が強くなっていくのが醍醐味なんだよ。だから俺は強い武器が売っていても金を貯めず順に買っていく派なんだ」と言っていたのを覚えていたからだ。
過去の俺、死んでくれ。そうしないと今の俺が死ぬぜ?
いやいや支離滅裂なことを考えている時間はないのだ。
武器を構えた俺を敵と認識したらしい軟体犬はグルルと犬らしく唸った。
「来いよ化け物!」
――ギャボボボボボボボボボボボ――
ひいぃぃ。何その声!? 声?
側に居る虫馬のお陰で直ぐには飛びかかっては来ないようだが、俺というご馳走から目を離そうとはしてくれない。
「ちなみに、ちなみにだよ? ヨロさんは何時頃到着予定でしょうか?」
「6分ぐらいでしょうか」
6分かあ……待つにも微妙、省略するにも微妙な時間だ。
「今、姉さんのお手製おやつを食べていますから」
「呼んで! 今すぐ呼んで!!」
――ボボボボボボボボ――
俺の悲鳴が合図だったのか、軟体犬が飛びかかる。
「ッ!!!!」
剣など振ったことのない(修学旅行中のお土産屋で木刀はある)俺は、それでも無我夢中で剣を突き出す。
軟体犬はそのトロい突きを何気なく躱し、更にこちらの武器を奪おうと、突き出されたショートソードをかみ砕こうと口を閉じた。
それを俺は、只々現実味のない夢の様に、スローになった世界でそれをただ眺めるしかなかった。
――ギャイン!――
軟体犬は哀れな声を出して噛んでいた剣の刃を離したのだ。
「ん……なんなん!?」
見ると剣を噛んでいた歯はドロドロに溶け、その影響が歯茎まで達しているのか赤黒い血を吐き出している。
「この剣が、ダメージを与えたのか?」
ちらりと手に持つ剣を観察する。
剣は抜かれた時と寸分変わらず、鈍く光を反射している。見た目はちょっとくたびれた普通の剣である。
これは若葉さんが以前俺から聞いた「道具ってのは使い込んでこう、いい感じに年季が入っているのが渋くていいのさ」という与太話を覚えていた為だ。
だが普通だ。
「私が用意したの物には魔物に特攻が付きます」
しれっと明かされた新事実。
「なるほど! 出来れば事前に知っておきたかったけど、ありがとう。これなら……」
やれる!
優勢になった途端溢れる冒険者魂に身を任せ、俺は一気に攻勢に出る!
「おまモグモグ……我さんじょモグモグ」
ヨロさんの会心の一撃! 効果は抜群だ! 軟体犬をやっつけた。
*
「どゆこと?」
「……ゴクン。主殿の為におやつの時間を中断して駆けつけてやったのだ。いやしかし成穂殿は甘味をも作れるのだな。しかし『まひん』とやらは美味いが口の中が乾くのが難点じゃの」
「わん」
チャッピーまで居るし。
最近は成穂さんはお菓子も作れるようになったのだ。台所にあるボロボロのトースターで店に出せるようなお菓子を作る。しかし大きなものは作れないからプリンやマフィン、クッキーなんかを作ってくれる。
安くて美味くてありがたい。あんな人が嫁さんだったらなあ……あ、もう嫁か、嫁だよね、嫁です。
それはさておき。
「ヨロさん、今のはアレだよ、横殴りってやつだよ。マナー違反ですよ」
「……腰が引けておったように見えたがの」
ぐ……これから攻勢に出るってアレだよ逆転劇だよ。ねえ聞いてよ、モグモグしてないでよ、マフィン何個持って来てるんだよ。
「わん」
「お前は菓子に釣られて来たのかよ」
「お主の犬用まひんは食ったであろうが。なんと卑しい……すまぬ成穂殿、茶をくれぬか」
ああもう……成穂さんをびっくりさせようという企みは、馬車がアパートに繋がってる時点で諦めてはいたけれど、ヨロさんよお……。
「わん」
気付くとチャッピーが軟体犬の死骸をクンクンと嗅いでいる。
「駄目だぞチャッピー、変な病気が移るかもしれないんだから」
チャッピーを持ち上げて、その死骸を見る。うーんグロテスク。
ヨロさんに斬られたソレは脳天からすっぱり二分割されていた。こうなってしまうとさしもの不思議生物も生きて居られないようだ。
しかし――
ぐでっとした軟体犬を見る。
「で、金は落としたのか?」
ヨロさんが言う。
そうなのだ。冒険と云えば殺傷後の略奪行為。それがあればこそ、モンスターを討伐する正当なる理由になるのである。
しかし――
でろんとした軟体犬を見る。
……う~ん。
お茶を啜っていたヨロさんが興味深そうに亡骸を覗き込んできた。
「なんぞ? 倒すと貨幣になったり宝石になったりしないのか?」
「ならないねえ……」
この世界はリアルより異世界らしい。となれば剥ぎ取りしかないが……。
しかし――
でろでろとした軟体犬を見る。
「無理でしょ」
俺はすんなり諦めた。
「私がやりましょう」
若葉さんが突然立候補。御者台からひらりと飛び降りると、軟体犬の側に屈みこむ。
「ちょ、汚いよ。そんな無理しなくても」
と言いつつお任せするため横へ。
異世界冒険者は汚いことはしない。俺はダーティなものは駄目な現代っ子なのだ。
「はい出来ました」
「早くない?」
しかし覗き込んだその手には数枚の銅貨と軟体犬の毛皮、あと禍々しい牙が置かれている。
「この世界の文明でも利用可能な部位を幾つか見繕いました」
渡されたそれをヨロさんは珍し気にしげしげと眺めている。その横で俺も観察する。
こらチャッピー、ばっちいから死体から離れなさい。
「ふむ……確かにあの手ごたえなら丈夫な毛皮になろうな」
「……汚れすらないな……おい金をこっそりがめるな」
若葉さんの謎の手際で回収されたそれらは、まるで梱包されている商品の様に奇麗だ。
「うむ、我が止めを刺したのだからこれは我の物だな」
なんて無体なことをおっしゃる。
「ぬ……俺も頑張ったんだぞう」
「ビビッておっただけであろう」
ぐぬ。ヨロさんに言い負かされるのはなんか悔しいぞ。
「ちょっと待て、その金はどこから出てきたんだ? おかしくないか?」
「そんなことどうでもよいだろう……大方この犬に食べられた者の遺品だろうて」
「う~んそんなの直ぐにお尻から出てきそ……若葉さん?」
察した俺は解体した当の本人に視線を向ける。
「……お決まりらしいので」
と言ってそっぽを向いた。かわいい。
やはり戦利品に若葉さんがお金を混ぜていたらしい。それはもちろん彼女のポケットマネーである。
「という事だ、ヨロさん。若葉さんに返しなさい」
「否である。我らの小遣いも若葉殿から貰っておるのだぞ、それこそ今更なのだ」
ぐぬぬ……馬鹿そうなのに口が回るぞこいつ。
「……分かった。それじゃあこうしよう。これから町に向かう予定だから、そこで毛皮と牙を換金しよう。それがヨロさんの報酬だ。それでいいだろう?」
「うむ、それなら文句はない」
ふ、勝った。しかし俺に報酬はない。つまり引き分けだな。
「ならば早速行きましょう」
「わん」
若葉さん(とチャッピー)の号令で俺達は再び馬車の上の人となった。なんか引率の先生みたい。
でも後五日だっけ……面倒くさいぞ。
面倒だったので若葉さんに頼んで移動しました。それは五日を、一文字読む時間以下に短縮しました。やっぱ現代人に必要なのはチートですよ。




