第二話 俺氏、用心棒と異世界と④
ヨロさんは俺を「主殿」と呼ぶ。
以前何故かと尋ねると「成穂殿と若葉殿の主人なのだろう? なれば主殿だ」
と解るような解らないような返答だった。
「ははははは……おぬしら脆すぎるぞ!」
その自称神は今、血溜まりの中で高笑いをしている。
「それでは行きましょう」
「あ、うん、ちょっと待って」
「……何ですか? トイレですか?」
「いやもっと色んな事に興味を持とう?」
話は少し遡る。本当に少しで数分前くらいだけど。
*
「あんたらいいトコのお嬢様に、その護衛だろう? 駄目じゃないかそんな少人数で人気のない所にきちゃあ~……俺達みたいなのが居たら危ないだろう?」
にちゃあと擬音が聞こえてきそうな猫撫で声で、集団のリーダーであろう男はのたまった。
どうやらさっきの臭気騒動の時から目を付けられていたらしい。俺は今の今まで尾行されていた事に気付かなかったとは……いや俺の第六感は気付いていたが取るに足らない気配だったせいで気付かなかったのだ、そうに違いない。
彼等こそがこの世界の、冒険者と言われるべき人種なのだろう。
人攫いにしては重装で、武器も隠す気もないのか長い剣を腰に差している。つまり本来の生業はもっと暴力的なものだと想像できる。
「まあ、冒険者ってヤクザとやる事はそう変わらないだろうしね」
「ぬぬ! それでは彼等はご同輩ということか!」
「そうだと思うけど、今からやろうとしていることはヤクザな方だろうけどね」
「なに余裕カマしてんだこらぁ!!」
男達、いや悪党どもは今にも切り掛かってきそうだ。
ふふふ、これこれ。先ずは相手を挑発しまくる。そして相手から襲わせることで正当防衛という免罪符をゲットするのだ。
後は、主人公的チートパワーで煮るなり焼くなり自由自在って寸法さ。
え? お前にそんなチート能力はないだろうって? 忘れたのかい? こっちにはチートを体現したスーパー宇宙人、若葉さんが控えているのをさ!
「航宙艇です」
姉妹ともどもそこは譲れないらしい。
「現実逃避はそれぐらいにしてよ~、そろそろそのお嬢ちゃんを引き渡してくれねえか。そしたら男、お前は雇い主に身代金を持ってくるようにいってこい。ああ女はここに残れ、いい思いさせてやるからよ~」
周りの男達がゲヒャヒャと笑う。こいつら息ぴったりだな。練習でもしているのだろう。
やはり悪漢どもは、若葉さんを貴族の娘、俺達をその護衛と勘違いしているようだ。
確かに俺とヨロさんの服装は、この世界に合わせた冒険者ルック。それに比べて若葉さんの服装は何時ものセーラー服にごついコート姿だ。傍から見ても異彩を放っているが、悪漢達は単純に高そうな服として認識したのだろう。
「冒険者のイロハを伝授してくれるという事か!」
RPG思考から抜け出せないヨロさんが興奮している。違うよ、俺も伝授できる方のイロハだよ。
「なにっ! なればこやつらは只の悪漢なのか」
「そうだよ、だからここはわか――」
一陣の風が吹いた。
*
で今。
「ううぬふふ……悔しいが主殿の打った刀は良いな! まるで我が手足の様に仏敵を屠りよるわ!」
悔しがるか喜ぶかどちらかにしていただきたい。
ではなくて俺、目の前の惨劇に意識を戻すのだ。
石畳には悪漢だったものの残骸が転がっている。剣を抜いていた奴も抜いていなかった奴も平等にバラバラだ。凶刃の前に、革の鎧など障子紙以下の扱いだったのだろう。ここから見える顔は下卑た笑い顔のまま事切れていた。
ここは異世界ならぬ異星界。しかし彼等の血液が赤だった。それがより現実味を帯びて俺に襲い掛かってくる。
「……よそ様の娘さんを人殺しにしてしまった」
まず俺が思い浮かべたのはそれだった。
孫の事になると途端に好々爺となる弥生ちゃんのおじいちゃん、堂本剛三郎さん。切られそうになった事もあるが、どうしても彼の孫を見る時のえびす顔がまぶた裏にちらつく。
これはお気楽で楽しい大冒険になる筈ではなかったのか。
「それでは行きましょう」
「……若葉さん」
「お、そうだな。ではいざ行かん!」
「……ヨロさん」
こんな事があっても二人は普段通りで何も変わらない。
宇宙船に精神体だから。それで納得すればこんなに苦しまずに済むというのに、出来ない。
「……生命活動を停止したのは地球人ではありません。異星人を殺した際の法も存在しません。弥生さんの意識は停滞、寝ています。それで問題ありませんが」
俺の心情を察した若葉さんがそう慰めてくれる。しかしそういう事ではないのだ。
「そうだぞ! 悪漢を討つ法は我ぞ。何の問題もない!」
それでもだ。それでも俺が駄目だと思ってしまったのだ。
「……若葉さん」
「了解しました。ご主人の頼みとあれば断れません」
そう言ったのが先なのか、事が起こったのが先か。
「やだー臭ーい」
その声にヨロさんが過剰に反応し、身体の匂いを嗅ぎまくる。
俺は一体何が起こったのかとスプラッタな方に急いで首を回した。
「私達なんでこんな臭い格好してるのーやだーちょべりばー」
「お風呂に入ったのって何年前だっけー?」
「しらねーわよワドちーん」
血の海が無くなり、五体満足に起き上がった悪漢たちは、何故かギャル語で会話をしていた。
「早く体あらおーよー」
「川いこ川」
「あたしいい場所知ってるんだー」
「誰かに覗かれたりしてー」
きゃーきゃーと野太く黄色い声が路地裏に反響する。
一人が俺達に気付いた。
「やべっ、誰かいるっしょ」
「うわっイケてないおっさん」
「聞き耳点ててるっしょアレ」
「痴漢っしょアレ、いこいこ」
キャイキャイと野太い声で掛けていく髭面のおっさん達を俺は見送った。
「……若葉さん」
「さ、行きましょうか」
彼女は路地を出るべく歩き出す。それに俺は付いていくため足を動かす。
感謝の声を掛けるべきだ。しかし、俺の頭はある思いが溢れ出しそうになっていて、声を出せなかった。
ガヤガヤとした喧噪が世界に戻ってくる。
「冒険を始めるのでしょう?」
振り返った若葉さんは、逆光で顔を隠してそうはにかんだ。
俺はそれで今までの重苦しかった心が解放されたのだ。
――何故、ギャルなのか――
という想いから。
「ありがとう」
それだけ言って俺はその小さな背中を追いかけた。
付いて来たヨロさんはまだ自分の匂いを嗅いでいた。




