第一話 俺氏、ホモとは何かを考える②
女子会と言う名の相談室があった数日後。
「ちょっと頼みたいことがあるのよ」
店番をしていた俺に、店長は出し抜けにそう告げた。
「面倒なことは嫌ですよ」
「もういけずぅ」
キツイ。
「それで頼みって何ですか?」
「成穂ちゃんを一日借りたいのよ」
それは奇妙な〝頼み〟だった。
「それなら成穂さんに聞くべきでしょう? 何で俺に?」
「まあ一応ね」
とウインク。キツイ。
*
午後になって、学校が終わった成穂さんが店にやってきた。
「レジ変わります」
そうクールに応えるエプロン姿の彼女は、今ではこの店の大黒柱である。
始めは看板娘のような立ち位置だった。
成穂さんのその美しさだけで、男どもが勝手に物を貢ぐように買っていくのだ。ただ居るだけで店長は笑いが止まらないぐらい売り上げが上がった。
しかしそれだけではなかった。
成穂さんが本気を出したのだ。
今ではあらゆる商品と、その売れ行きを把握。仕入れから陳列に至るまで、彼女の手の入っていない所はない。
今では店長ですら頭が上がらない。なにせ売れ残るのは店長が趣味で仕入れている『可愛い男の子が主役』の商品だけなのだから。
「成穂ちゃ~ん、ちょっと相談したい事があるから、こっち来て。あ、あんたはそのままレジね」
態度が違うのは仕方のないことなのだ、そう仕方ない仕方ない。でも悔しい。
「それではマスターお願いします」
「お、おう」
俺の劣等感に気づきつつも流してくれる彼女に感謝しつつ、俺はその背中を見送るのだった。
*
十分後くらいだろうか。
「戻りました」
成穂さんは普段と変わらぬ様子で戻って来た。
「おう」
何気ない感じで。そう、気になるけれどせっつく事なく何気なく。これがモテる男の仕草だ。
「で、何の話だったの?」
モテる男は三秒で崩壊した。
「しばらく休んで欲しいと指示されました」
「指示っていうかお願いだと思う」
しかし、成程。
成穂さんが居ると、万引き犯は来ない。俺が居る、というか俺しか居ない時にのみ、万引きは起こらない。
つまり俺が頑張って万引き犯を捕まえなければいけない訳だ。
しかし嫌ではない。これは店長が俺に期待しているということだ。その信頼に応えてこそ、一流の店番である。
ふふふ……そして成果を上げて給料アップを図るとしようではないか。
……でも店長が過度なスキンシップを要求してきたらどうしよう。
あれ? 俺は何故そんなことを考えた?
店長は優しくて逞しい、そうまるで宇宙の様に。
ただそれだけの人物なのに……不思議だなあ。
***
更に後日。
無事に、万引き犯は隠れていた成穂さんに捕まり、彼女の給料は増えた。
その時、俺は何をしていたのかって? 見張っていたんですよこれでも。
「ありがとうね~成穂ちゃん」
と、店長もご満悦である。
……おかしい。変だ。
成穂さんが居る時は万引きが起こらない。俺が居る時は万引きが起こる。そして今回、俺が居て、成穂さんが捕まえた……。そして、このことから導き出される答え。
これって……もしかして、
「俺って客から舐められているッ」
「因みに姉さんからも舐められてますよ、ご主人」
「ッわ!……って若葉さん居たの……」
気付くと隣には、下校中らしくランドセルを抱えた若葉さんが居た。
「そんな隙だらけだから舐められるのですよ」
「ハハハ……隙を見せるのは棺桶に入る時と、親が死んだ時だけと決めている俺に、隙など……」
「……」
ま、真顔で見つめ返されると怖いです。冗談ですから。
しかし、若葉さんに舐められているのは何時もの事として、あの真面目で奇麗で融通の利かなくて、最近たまに俺の事を忘れているかのように振る舞ったりする成穂さんが俺を舐めているなんてそんな訳がない。
これは確かめねば。
「ねー成穂さん」
「はい何でしょうか」
「店長の相談って、結局は何だったの?」
「主が店番をしている時間帯に客を見張るように申し付けられました」
「なるほどねー……。それって俺を囮にして、だよね?」
「……」
あれ? ちょっとフランクな感じに切り出して、雰囲気が重くならないようにしたのに、成穂さんが言い淀んだぞ?
「申し訳ありません。主に悪いと言ったのですが『抜けてる感じが万引きを引き寄せている』という店長の言葉は真意であり、最も効率の良い方法でした」
「え」
「申し訳ありません」
え。
あ、そう、そうなんだ。
俺って抜けてる感じなんだ。成穂さんもそう思っていたんだ。
「ちなみに私も思ってました」
君、無理に追い打ちを掛けなくていいんだよ?
「主は些細なことに航宙艦の機能を使うのをよしとしないと判断しました」
簡潔。そして成穂さんの恐らく初めてであろう言い訳。いやこれは気を遣ってくれているのだろう。それが寒々しく耳を抜けていく。
ああ、引き延ばした割には店長の企みもくだらなかったなー。その結果俺の立ち位置も判明してしまったのが誤算だったけれど。つらい。
その日は仕事が手に付かなかった。
***
「何をぼーっとしているんですかおじさん?」
「あ、由紀ちゃん」
その声で自分がレジに立っている事を思い出させた。
目の前には小首を傾げるご近所付き合いのある中学生、相沢由紀ちゃんが居た。
成穂さんに懐き、彼女がバイトを始めてからしょっちゅう顔を出すようになった彼女だが、ここは所謂大人のお店である。成人以下お断りのお店だ。
以前、危ないし問題になるかもしれないから来ない方がいいと言ったことがあるのだが、「成穂姉さまが居るから問題なし」とよく分からない理由で説き伏せられた。いや確かに成穂さんだから何が起ころうと問題なさそうだが、まあお客さんの目もあるしねえ? まあ既にファンが憑いてしまっている様ではあるが、問題を起こす様子はない。こういう店に通う男達は基本紳士なのだ。枕に変態と付くし、奥ゆかしいのではなく奥手というだけなのだが。
「ねえ聞いている」
「はい聞いてます聞いてます」
結局、店長の緩さもあって見て見ぬ振りが暗黙の了解になっている。店側も客側もだ。
まあ成穂さんがバイトしている時点でアウトだし、まあ宇宙人だからセーフ。
「何時も以上にからとしてるから
「姉さんを見返したいと。それも航宙艦の力無しで。それを手伝ってほしいと」
「そうそう頼むよ。漢ってモノの意地を見せたいんだ」
「小型艇である私に頼んでいる時点で程度が知れている意地ですね……まあいいでしょう手伝いますよ」
やった。これで百人力だ。男の意地? そんなものは対象から隠し通せば問題ないのだ。
「元々私は、ご主人の貧乏性を元に再設計された揚星艇なんです」
「ようせいてい? メルヘンだな」
「星系を一艦で制圧するのを目的とした、姉さんの保有する中で最小の船なのです。まあ末っ子みたいなものです。
それをご主人の頭にある宇宙船像を参考に、それっぽい内装とそれっぽい施設を積んでそれっぽくしているわけです」
「っぽい?」
「っぽくです」
なるほど。
まあ要するに万引き犯をとっちめるには十分な戦力という訳か……フフフ、引っ立てられて泣きべそをかく獲物と、それを見て尊敬の眼差しを向ける女達の姿がまざまざと妄想できるぜ。
「私と姉さんは元より、自分も繋がっているのを忘れているのでしょうか、このアホご主人は?」
「何か?」
「いいえ」
「簡潔でよろしい。では始めよう」
男の意地、いや尊厳を取り戻す『万引き犯でキャー素敵抱いて作戦』開始である。
いや万引き犯に抱かれたいわけじゃあないよ?




