第二話 俺氏、牛丼屋で贅沢を③
「いらっしゃいませー」
そんなこんなで某有名チェーン店である牛丼屋へと辿り着いたのである。
俺は成穂の給料袋の奪取。正式名『一週間紐男生活計画』をまだ諦めちゃあいない。
あんな話で煙に巻かれる俺ではないのだ。
「ささささあ成穂ちゃん。何を頼むぅん? おじさんの驕りだ、遠慮しちゃあいけないよぉ」
自分をおじさん呼ばわりするのは遺憾の意であるが、ここは『紐紐男計画』の初期段階である。何事も始めが肝要なのだ。
女性店員が注文を聞きに来る。
これは計画とは関係なく有難い。成穂の魔性は女性には効きにくいのだ。比較的ではあるが。
「ご注文はお決まりですかー」
「特盛ネギだく玉で」
「な」
なにぃぃぃぃい、
「牛ネギ玉丼でよろしいですかー」
「後お新香みそ汁セットを一つ、以上です」
こ、こいつ……ブルジョアか? 何故だ何故こんな恐ろしいことを平気で……くぅう……そうか、くそう俺の奢りだったんだった。
「ご注文はお決まりですかー」
「……牛丼並」
「少々お待ちくださいませー」
しかしまだだ。まだ終わらんよ。
おれの『紐男』はまだ失敗していない。
「ご注文の品以上でよろしいでしょうかー」
「それではごゆっくりどうぞー」
「さ、さあ頂こうじゃありませんか、私の奢りですから私の」
「いただきます」
「……私もいただくとしましょうか……」
くそう日本の風習に馴染みやがって、箸も器用に扱いやがる。
生意気にも小さな口で器用に牛丼を頬張る様は……ほう、なかなかそそりやがる。
この光景は隅のテーブル席に座る俺の座る特等席からしか見えない。目深にかぶった帽子があったとしても対策するに越したことはない。
ふっ美味そうに食いやがる……。
「っは」
いかんいかん見た目に騙されるな。
今の奴はブルジョアジー。ブルジョアジー宇宙人だ。油断すれば穴の毛まで毟られるぞ。
俺は牛丼並を流し込むように掻きこむ。牛丼といったらこの食い方しかない。宇宙人にはそれが分からんのですよ。
紅しょうが? 酸っぱいから要らないです。
ゆっくりとお茶を啜りながら横目でタイミングを計る。まだだ焦るな、あのセリフは状況と間が重要なのだ。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
俺が奢るのだからここはお粗末様で間違っていないのだ。俺が奢るのだから。大事なことは復唱しよう、突発的な事故を防げるぞ。
「……さて」
くそ、声が震えやがる。
恐れるな。あの計画『ひもなんとか』の成就の暁には俺も玉入りが食えるのだ。
「いや~金欠なのにおごっち――」
「追加注文お願いします」
――あああ……あれ? なんだっけ
ここ何処だっけ、私の幸せ何処だっけ。
しばし俺は気を失っていたようだ。なにか衝撃的な出来事で一時的に脳が逃避を行っていたようだ。
「追加注文お願いします」
ああああああああああああああああああああああーーあ。
「あの……お客様? あの大丈夫なんですか? かなりの量を……」
「追加注文お願いします」
「は、はいっ」
感じる、視線を感じる。注文を取りに来た店員のお姉さんだけではない。
店内中の視線を感じる。
目の前には帽子を目深にかぶったまま箸を動かす美少女の姿がある。テーブルには並んだ空皿。
小さな口に次々と運ばれる食物は、決してこぼれることなく流れるように、優雅さを感じるほどに奇妙にその口内へと消えていく。
奇麗に食べられる人って憧れるよね。
「何のつもりだ」
「的確な質問の提示をお願い致します」
おいおい、咀嚼しながらなんでそんな流暢に喋れるのよ。っていうか口開けてないし。いっこく堂か。
「あの……奢るって言ってもその、限度が……ねえ?」
「主の労働によって提供された賃金は7千円です。まだ余裕があります」
あああああああああああああああああああああああああーーはーー。
……間違いない、こいつ俺のボーナスを蹂躙するつもりだ。
「いや~金欠なのにおごっちゃったー金欠なのになー……」
「追加注文お願いします」
駄目だ。計画は失敗、繰り返す計画は失敗。
周りから新しいフードファイターかとか聞こえるがそんなモノだったらどんなにいいか。彼らには胃袋があるのだ。
しかし目の前の美少女のに、それらの器官が存在しうるのか、いやない。
だって俺は知っている。あの時俺は確かに見た……あれ? なにを見たんだったか……おかーさーん?
「追加注文お願いします」
あああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
「待って俺が、いや私が悪うございました。ヒモになるなんてもう思いません。どうか何卒怒りをお沈め下されぇ」
人柱しかない。荒魂を鎮めるのは人柱しかないのだ。しかし野口英世さんが何人かでも救えるのなら恥も外聞も捨ててテーブルに頭を擦り付けるしかない。
「サンプルを」
「えっ」
「サンプルとして全ての素材を摂取しようとしています」
ああなーる……って納得できるか。
「しかしこの店のメニューではこれ以上の摂取は重複が多く効率が悪いですね。ご馳走さまでした」
こうして俺の『ひも』は無残に散った。
お会計は税込み2万3千7百円でした。足りませんでした。成穂が残りを払ってくれました。店員さんの顔が見れませんでした。