第四話 俺氏、中学生も悪くないな、とか考える①
「で、あんなに驚かれたのは何故なのか」
安アパートに戻り、のんびり茶を啜ってから出た言葉はこれだった。
俺は労働をしたのだ。感謝されこそすれ、化け物を見る目で見られる筋合いはない。いやでも女の子の目だったなら何でもいいかもしれない。
「数か月掛かる工程を二時間で成したと思われたからです」
台所に立つ成穂さんが静かな、しかし良く通る声で答えた。
「え、だってあの拷問のような修行のような……なに? えーと教育? ではあれじゃん、遅い正確でないと虐めたじゃん」
あれは酷かったよね。おれ、あるじ。なるほさんわかばさん、きみはそうよぶ。でもいじめる。
「虐めていたわけではないですよ。まあちょっと興に乗ったというのも少しはあります……少しです」
「はい言質取りました~小学生に虐められました~」
「ご、ご主人も途中から『気持ちよくなってきた』って喜んでいたではないですか!」
まあ、それは……ある。
「まあそれは置いといて……そんなに作業時間が掛かるものなのか?」
刃は打ち直したが、拵えは元のデザインをそのまま補修しただけだ。
「主は無意識に工房内の時間を加速させていました。その為に急遽、結界を張らせていただきました」
「そうしなければ時空が歪んで大変なことになっていました。あと中の様子が伺えないようにする意味もあります」
成程……使ってしまったという訳か。俺の隠された力を……。
俺は気付かなかったが、途中で弥生ちゃんが様子を見に来たりした時に若葉さんが相手をしてくれていたのだそうだ。
「うーんよく分からないけれど、凄いスピードで作業できたということか」
俺、また何かやっちゃいました?
「外から見たら分裂しているように錯覚したかもです」
「凄いじゃん、俺」
もっと褒めて。
「独力で修復できるように指導しましたが、この事態は予想外です」
「……駄目だったの?」
成穂さんが無表情で困惑するという器用なことをしている。
「……問題ではあります」
「姉さん、もっと強くいってもいいんだよ?」
超常現象は宇宙人の専売特許ではないぞ。
これから俺は『エスパーお兄さん』としてバトル展開に持っていくのだ。
「主には――」
――ピンポーン――
昭和を思わせる、安アパートに設置されたチャイムの音がエスパーお兄さんの超聴覚に届く。
「只のチャイムです。ハーイ」
若葉さんは漢の夢をズタズタに引き裂いて玄関へ向かう。
「あの、こんばんわ……夜分に突然ごめんなさい」
「いいえ問題ありません。さあ上がってください」
玄関から聞こえてきたのは先程別れた凛々し系美少女の弥生ちゃんの声だった。
おっさんらしく寝っ転がっていた俺は胡坐をかいて座る。人目があるところではお兄さんで居たいのだ。
成穂さんと若葉さんは……ほら、家族だから……っへへ。
「どうしたの? 俺、またなんかやっちゃいました?」
「え、いえいえ!」
「主、失礼です」
「どうも済みません」
俺は今、超パワーを身に着けたので調子に乗っているのだ。でも、まったく自覚が無いのが玉に瑕だ。
「あの……」
神妙な弥生ちゃんの前で、淹れられたお茶が湯気を上げている。
今日は寒い。うちの小さな石油ストーブも時折、キンキンと音を立てて赤く赤と熱を振りまいている。
「先程は大したお礼も出来ずに、そのまま見送ってしまって……本当に申し訳ありませんでした」
「いやいやそんな、わざわざご丁寧に」
「祖父も謝罪をしたいと言っています」
「大袈裟な……」
まくし立てるように喋る弥生ちゃんの顔は、興奮しているのだろうか赤く染まっている。
これはもしや惚れられたか?
「まいっちゃうなあー」
まああんな見事な仕事を見せられたらこうもなるか。しょうがない、しょうがないよね。
「それで、貴方にはお礼を――」
「お礼なんてそんなー」
「お礼として安らかな死を与えてくれと言われたんです」
「そんな大げさな、でも貰えるのなら……何だって?」
何だって? 待て待て、難聴系主人公を自称していても、聞き逃してはならない単語があった気がする。
「主、弥生さんは〝憑かれて〟います」
「疲れている? まあ今日は色々あったしねっ」
難聴系も悪くない気がしてきた。目を背けたい現実から耳を逸らすことが出来るしね。
「だから……せめてもの慈悲に痛くないように、送って差し上げます」
目の前には、何処に隠し持っていたのか。
それをすらりと抜くと、照明に照らされて濡れるような光で周囲を怪しく照らす。その光景は、耳は逸らせても目は逸らせなかった。だって異常だもの。
持っているのは今日、俺が修繕した軍刀である。
「うむ、納得の仕事だったな!」
「そんな落ち着いている場合じゃないですよご主人」
そんなことは分かっているよ、若葉さん。
でもね、怒涛の展開に腰に力が入らないのだよ。
弥生ちゃんは中学生である。悪党ではない。悪党というのはつらつらと己の犯行目的を自慢げに語るものだ。と俺は思う。
つまりである。彼女は前口上も短めに、素早く行動に移った。
するりと水平に伸ばされた手から繰り出された剣線は、まるで自然な動作で――
「主、そのままでは頸部から重要な器官である頭部が分離していました」
何が起こったのか、理解するのに時間が掛かった。
辛うじて動く目線を下げると、首のすぐ横に刃先があった。
その凶刃を、峰の方から摘まんで止めているのは成穂さんだ。
峰の方からとはつまり、あの剣速に後から追いついて止めたということだ。しゅごい。
「……ごめんなさい」
「取り敢えず謝って済ませようとするのは良くないですよ」
若葉さんは隣で呑気に座りながらお茶を啜りながらそう指摘する。
最近の若い子は、度胸が据わってるなあ……。
「ありがとう」
「どういたしまして」
簡潔な成穂さん。イケメンですわ。
と、そんな場合ではなく、首に刃物を当てられているという現状を何とかせねば。
目の前の中学生剣士に目を向ける。
「あの……弥生ちゃん。視線がキモイとか臭いとか、お兄さ――おじさん位の年齢が不快な時期なのは分かる。うん……分かる。でもね、いきなり切りつけるのは違うと思うんだ」
彼女みたいなの年齢ぐらいから、父親と洗濯物を一緒に洗いたくないって言いだすらしいしね。
世の中のお父さんは辛いよね。俺も辛い。
「だからさ、先ずは話し合う必要があると――」
「主、弥生さんは気にしないタイプの『今時の子』です」
「あ、そうなんだ」
それは嬉しい、嬉しいな。現実にはまだ救いがあったんだ。
「ファザコンという性癖です」
いや、それでも十分萌えるぞ。お兄さんも子供がいてもいい歳だからね。
「姉さん、その話は今ではないですよ」
「そうですか」
「そうなのか?」
「……今の弥生さんの状態の方が重要です」
若葉さんは呆れ声だ。「大丈夫かこの二人」と言っている目をしている。
そうだった。
俺は今、首筋に刀を突き付けられているのだった。
「なりゅほしゃん……た、たしゅけてくりゃさい」
あ、呂律が回らない。やっと危機感が来たぞ。怖い、これ凄く怖い。
「現在、救助を実行です」
だが成穂さんはそう言って動こうとしない。
刃先を摘ままれた弥生ちゃんは、鬼の形相で刀を握っているがピクリとも動かせない様子。
「……」
俺は固まっていた体をそろりと動かす。それですんなりと首に突き付けられていた凶刃を躱すことが出来た。
「……気が動転してた」
自分が動けば良かったじゃん。




