第三話 俺氏、刀鍛冶になる②
「ここは私の中の製造をに担う区画に作られた、主専用の工房です」
体育館程の大きさの空間には大小様々な工作機械が並ぶ。
近くの作業台には、先程の作業場に勝る様々な道具が、規則正しく並べられている。
そのどれもが刀を作るために揃えらえた物だということが分ったのは先程と似たような工具だったからだ。
「さあ始めましょう」
「え?」
「何ぼおっとしてるんですか? これから練習するんですよ」
「え」
「私達が古今東西、過去未来。全ての刀工技術を収集しましたから問題はありません」
ああそう。
「ちょっと待って。今から覚えるの? 間に合わなくない? っていうかあの二人の前でいきなり消えたんじゃないか? 不味くない?」
なんか混乱で女子高生っぽくなってしまった。
「問題ありません」
「先ずは錆び落としから始めましょう」
ああ、簡潔。この二人は本当に前もって教えてくれないのね。
「何言っているんですか。今から教えるんですよ」
と自信満々の若葉さん。
「今から主を、世紀の刀鍛冶に仕立て上げます」
そう無表情の成穂さん。
俺は唐突に二人の弟子になった。
*
「次第点といった所です」
「まだまだ甘いです」
「いや……これが今までの最高傑作だろうさ」
作られた一振りを灯りにかざして眺める。いい出来だ。もちろん鍔から鞘から研ぎまで全部自分で仕上げたものだ。
俺はその達成感から、その輝きに震えるような感動を感じていた。
二人は手厳しいけれど……。
あれからどれ位たったのだろう。ここでは時間の概念はほぼない。
なにせ腹も減らない眠くもならないのだ。
有無を言わせず唐突に始まった刀作り。いくら直し方を明かせないとはいえ、いきなり刀作りを覚えさせられるとは思ってもいなかった。
成穂さん若葉さんの二人の教えは的確だった。
始めにあらゆる刀の知識を、謎技術で脳みそに叩きこまれ、直ぐに実技だ。その場で正しくない場合はすぐさま指摘、強制される。
それを延々続けるのだ。
「これ位出来れば問題ないでしょう」
「そうですね、お疲れ様でしたご主人」
「……お、終わった」
ようやく、ようやくだ。
こんな事をしなければならなかった理由として、最近の二人は他人の記憶を弄るのを良しとしない方針らしい。だから俺に技術を仕込めば問題ないと考えたのだ。
記憶を弄るのは良くないと、それとなく話したのは俺なのだが、俺の頭を弄るのには何の躊躇もないのは納得がいかない。
まあそのお陰で恐らく数か月の特訓で済んでいるのだろうが。
「それでは戻りましょう」
「……本当に時間は進んでいないんだろうな」
「はい」
「……そう」
もう突っ込む気力もない。
「じゃあ戻りますね」
若葉さんの合図で、世界は変容した。
***
「聞いておるかの?」
「は、っはい。なんでしたっけ?」
「火入れは時間が掛かる故、済ませて置きましたぞ」
「……ああ、それはご丁寧に」
完全に止まっていた訳ではないらしい事が目の前の剛三郎さんの怪訝な表情から伺える。
恐らく時間は停まっていたのではなく、圧縮された状態だったのだろう。つまり浦島太郎の状態のように、あちらの一か月が、現実での一秒だったみたいな感じだ。
「それでは何時でもよろしいですよ」
「頑張ってください!」
目の前の剛三郎さんと弥生ちゃんの顔に懐かしささえ感じる。
狂わなかったのが不思議なくらい、あそこでは鉄しか打っていなかったからなあ。
「お、おじさんっ?」
「ど、どうしましたかな……?」
「あいえ……目にゴミが」
なんだか思い出したかのように涙が溢れてくる。自分が思っている以上に辛かったんだなあ……。
「それじゃあ始めますね」
「は、はい」
取り敢えず終わらせようか。
手に持つ錆び付いた刀を改めて眺める。
拵えはよくある日本刀に範したもの。鞘は艶無しの黒、柄巻きは焦げ茶のこれは牛皮だろう。
刀身は二尺三寸のスタンダードな長さ。
「これは……」
もしやと思い質素な目貫を抜こうとした所で気付いた。
「目釘がネジだ」
驚きつつも慎重に日本のネジを抜き、柄を外す。銘があるか確認するが、何も彫られていない。無銘だ。
刀身を見る。刃文は直刃、反りも浅く、厚みがある。平地も広く、切先までとん平に続く。
「これって間違いなく軍刀だよな」
成穂さん若葉さんのスパルタ教育を受けなかったら決して分からなかっただろう。
一目見て気付き、確認することで確信を得た。物珍しいといえば珍しいが、美術品としての価値は低い大量生産品である軍刀、しかも自動車の板バネを利用して作られたスプリング刀だ。
剛三郎さんは何故備前だなんだと嘘をついたのだろうか。
「いやそりゃそうか」
考えてみれは当たり前だ。剛三郎さんは俺達を試しているのだ。
そんなものに高価な刀の修繕を頼むわけがない。
「まあいいや、さっさと始めよう」
俺は赤々と燃える炉に刀身を放り込んだ。
「っな‼」
剛三郎は孫娘が『おじさん』と呼ぶ、そのくたびれた顔の男がとった行動に目を丸めた。
それはそうだ。研ぎ始めると思っていた刃をいきなり火にくべたのだから。
(やはり素人か……)
残念に思う。それは自分を騙していたことにではない。あの妖刀を蘇らせた刀匠に会えなかったという事実にである。
(まあ私も意地悪ではあったか)
炉に火を入れたのは剛三郎自身である。
半分はちょとした悪戯。素人だったらどう使うのかと困惑するだろうと思って。
もう半分はもしかしたら、と思ったのだ。本当にあの折れた刀を修復、いや再生したのなら必要だと。
「あ~あっつい」
だらしない恰好でふいごを操作している『おじさん』はその実、非常に手慣れて見える。
時折、赤熱した刃を取り出しては眺め、金属ブラシでガシガシと擦っている。
「大丈夫なのだろうか……」
祖父の隣に立つ弥生も不安そうに眺めるしかなかった。
*
「出来ましたよ」
「……なんと仰いましたかな?」
「いえ、だから終わりましたよ……と」
なんか驚かれた。
剛三郎さんは俺が刀身を炉に放り込んだ後直ぐに、しばらく時間が掛かるだろうからと言って、弥生ちゃんと一緒に戻ってしまったのだ。
弥生ちゃんは何か言いたそうにしていたが、結局共に行ってしまった。
なんだよ俺だけ働かせて、と思ったが、成穂師匠も若葉師匠も俺の働きを厳しい目で見つめていたので文句も言えない。
「いやー本当に何でも揃っている工房ですねー」
そう言って出来上がった刀を渡す。
すると剛三郎さんは震える手でそれを受け取った。
「……たった二時間余りで……」
静かに鞘から抜いて刀身を眺めると、丸かった目をさらに丸める。
「ば、馬鹿な……」
馬鹿とは軍刀に失礼だ。スプリング刀は気温さえ気にすれば凄く良く切れる刀なのだ。
「いや大変でしたよ。刀の深い所にヒビが入っていて結局打ち直しましたもん。あ、もちろん見た目は完全にそのままで、新品同様にしましたよ」
「それは修繕と言わないのでは……」
「いや弥生ちゃん、それはしょうがないでしょ」
そのまま振ったら直ぐ折れちゃう位だったんだもん。
「……鞘や柄、鍔まで新品の様に……」
「足りなかった素材はこっちで出したんで。ああお金はいいですよ」
出したの成穂さんだし。
「あのもういいですか?」
帰って。
「あの、おじいちゃん……?」
「……あ、ああ……ありがとうございます。お礼は後程……」
大丈夫かこの爺さん。心此処にあらずって顔しているぞ。
「そんじゃあ失礼します」
「失礼しました」
「またね弥生さん」
「は、はい! ありがとうございました!」
俺達はこうして堂本宅を後にした。
は~やれやれ、俺何かまたやっちゃいましたってか。くそ疲れたわい。




