第三話 俺氏、刀鍛冶になる①
「この刀は江戸中期、備前長船の弟子、守久が――」
剛三郎は目の前のスプリング刀を前に、噓八百をそれらしく語っていた。
剛三郎は嘘を吐いていた。
目の前のふにゃふにゃした若造が気に入らなかった、ただそれだけではない。
始めから疑って掛かっていたのだ。
実は剛三郎は始めから見ていたのだ。
孫娘の弥生が、こそこそと神棚に飾って置いたあの銘刀を持ち出し、庭で振るっていたのを。
それは剛三郎にも理解できた。
あの刀は魔性だ。出来が良いが、いや出来が良いからこそ刀には魔が宿る。
自分も剣術の、武術の世界にどっぷりと漬かっていた若い頃ならば、あの刃文の艶やかさに魅了され、無我夢中で振るっていただろうと。
あの子は妹の剣術道場に通っている。剣士の才があったのだろう。刀を見る目も在ったということだ。それを誇らしくも、羨ましく思ったのだ。
***
老いた剛三郎は庭の隅で弥生が刀を振るう様を眺めていた。
しかし意外な事態が起こる。
弥生の剣舞は傍から見ても見惚れるほどに研ぎ澄まされていた。
振るうほどに洗練され、速く、鋭くなっていく風切り音の中で小さな異音が混じったのを老いた剣豪は聞き逃さなかった。
突然刃が弥生の握りてから逃げ出し、宙を舞った。
目釘が折れた。剛三郎の咄嗟の理解はしかし間違っていなかった。
目釘など簡単に外れる、ましてや折れるものではない。しかも最近拵えを新調したばかり。いくら実践的な物ではなく装飾を意識したとはいえ、諸工作を馴染みの熟練の職人に頼んだのだ。
その偶然に悪意を感じた剛三郎は瞬きする間も置かず行動に出た。
足元に転がっていた小石を拾い上げると染み付いた飛礫術で投げ放ったのだ。
標的は唖然とする孫娘に、狙ったかのように弧を描き落ちる刀身。
見事、石礫は空中で凶刃を捉えた。刃は真っ二つに折れ、弥生のほんの紙一重の場所に突き刺さったのだった。
*
そんな曰く付きの刀を持ち出したのは意外な出来事だった。
剛三郎は刀が折れた事を気にしてはいなかったし、折れた事にホッとしてさえいたのだ。
そして妖刀と見抜けなかった自分の間抜けさと、その身の衰えを恥じても居た。銘刀が見つかったと浮かれてさえいた自分にだ。
だがこれでもう問題ない。
直したとしても形だけ。既にあの刀は魔性の輝きを失い、只の鉄の塊になったのだから。
だが後日、孫を想う老人に、信じられない物がその目の前に置かれたのだった。
確かに自ら折ったその刃は見間違えようもない。だがくすみ一つ無く、その輝きは魔性を越え神性さえ宿るものだった。
蔵から見つかった出自不明の刀。
そのかつての妖刀は、出自が出自なら今すぐ神刀として奉られるであろう、奇跡の一振りに生まれ変わったのだ。
しかも頭を下げる弥生の口から出たのは、これを経った数日で直した者が居るという事実であった。
あらゆる武術を極めたと他が認める、かつての『剣鬼』堂本剛三郎が受けた衝撃は如何ばかりであったろうか。
***
「では直していただけますかな?」
剛三郎は話納めにと、にっこり目の前の青年に笑いかけた。
剛三郎は試している。見定めようとしている。
可愛い孫を奪いかけたあの妖刀を直したという、この男は一体何者なのか。本当に直したのか、いや確かにあれは贋作などというふざけた物ではないのは間違いない。
だがどんな名匠とて折れた刀を完璧に復元するなど出来よう筈もない。
だから分からない。
親戚だという両隣に座る、孫娘の次に美しい、弥生の友達だという娘達も怪しい。
弥生に近づく男が気に入らないというのも、剛三郎が彼を呼んだ理由の一つでもあった。
*
「あの~」
「了解しました」
「ご主人なら簡単です」
断る、という選択肢をことごとく潰していく両脇に、脂汗が止まらない。
どうして? 主じゃ、ご主人じゃないの? マゾなの?
「そうですか! それは有難い」
そんなにこやかに言われても無理なものは無理なのだ。
隣に座る弥生ちゃんは一連の交渉を知らされていなかったのだろう、困惑した表情で聞いている。
駄目だ。四面楚歌とはこの事か。
「もう一つ頼みがあるのです」
「何でしょうか」
もう俺の話を誰も聞いてくれない。成穂さんが普通に会話に入ってるし。
「作業風景を側で見学させて貰いたいのです」
「ふぁ」
変な声が出た。
「職人の作業を眺めるのも趣味でしてな、是非先生の仕事をこの目で確かめたいのです」
「問題ありません」
問題大ありだ。
「おお有難い。もちろん作業場も、道具も、材料も既に用意しております故、直ぐにでも取り掛かって頂きたい」
「おじいちゃん⁉」
俺もびっくりだ。
剛三郎さんに連れられて、デカい屋敷の廊下を歩くことしばらく。どんだけ広いんだよこの家。
「ここですぞ。使われていなかった離れがありましてな、趣味が講じて素人作業でも、と造ったのですよ」
そこは広々とした土間が付随した、言ってしまえば立派な倉庫のような建物だった。
完全に耐火対策を取られているらしい漆喰の壁。そこに拵えられた炉。隅に設置された座敷には様々な道具が整頓されて置かれている。
「素人なので用意できるものは出来るだけ揃っております」
一体幾ら掛かっているのか分からないその設備に、趣味に生きる人達の金銭感覚を想った。
「急なお願いです故、報酬は相場の倍を払いましょうぞ」
「おじさんお願いします」
「はあ……あの……」
「サポートは私達が」
「頑張りましょうご主人」
駄目そうだ。
素人の俺がどうするというのだ。
手に持たされた古ぼけた刀を眺める。
己の首が萎れるように下がっていく。
やはり謝ろう。
正直に素人であると話すのだ。
成穂さんと若葉さんが宇宙人であると馬鹿正直に話すより、よっぽどましにこの状況から解放されるだろう。
「あのっ……実は俺っ!」
勢い良く顔を上げ、剛三郎さんを見据えようとしたその目には――
「ここどこ?」
不思議な空間が広がっていた。




