第二話 俺氏、ご年配は怖い③
「入れ」
弥生ちゃんの声に応えたのは、しわがれた、しかし重く力強さを感じる声だった。
それが障子戸の向こうから聞こえてきた時、俺は。
「こわい」
「問題ありません」
「ほら、しっかりしてください」
二人に激励されていた。
「入ります」
過去形にする必要もないくらい間を置かず障子戸は開かれ、招き入れられる。
見えたのは長火鉢の前に胡坐を掻く一人の老人だった。
第一印象は枯れ木のような、と形容したくなる姿だった。だが見続けると印象が大きく変わっていく。
白髪を短く切り揃えた頭はまだまだ禿げることとは無縁と言わんばかり。
太い眉の下の眼はしっかりとこちらを見据えている。
細く見えた体躯だが、作務衣の上から羽織を羽織るという粋な恰好をしているが、その覗く腕には筋肉がみっしりと詰まっている様子が垣間見える。
だから俺は、
「ほ、本日はお日柄も良くてですね、ええはい」
下手に出た。
「座りなされ、楽にしていいですぞ。弥生はこっちじゃ」
俺のてんぱった様子など意に介さず、剛三郎さんは落ち着いた声で着席を促す。
むむむ、これが本当の年長者の余裕か。
用意されていた座布団にそれぞれ座る。
数は四つ、弥生ちゃんは剛三郎さんの隣の座布団に座る。俺は誘導されて真ん中の座布団、剛三郎さんの正面。もちろん誘導したのは宇宙人姉妹である。
ちなみに俺の右側には成穂さん、その反対に若葉さんである。
もちろん全員正座。目上の「楽にしていい」は見える地雷である。足が痛い、でも怖い。
「先ずは――」
殴る蹴るは止めて下さい。
「孫の不始末に巻き込んでしまい本当に申し訳ない」
「申し訳ありませんでした」
なんと、突然に剛三郎さんは頭を下げたのだ。
その隣の弥生ちゃんも追随するように頭を下げる。
「あ、いえいえこちらこそ安請け合いしてしまって……」
びっくりした。怒られるものと思っていた。
しかし厳格な人だというのがたったこれだけのやり取りで痛い程分った。
これはちゃらんぽらんな俺が苦手とするタイプの人だ。つまり何時地雷を踏むか分からない。……怖いなあ。
「してこの刀を直して頂いた御仁は……」
「私の主です」
「私のご主人です」
間髪入れずに返答する姉妹。俺が誤魔化すのをさせまいとする、そのコンビネーション。脱帽です。
「主……ですか?」
「今時の若者がよくやる言葉遊びですよ。よくからかわれるんです」
「……ふうむ?」
この言い訳はもちろん考えて来ていたものだ。
二人は決して俺の呼び方を変える気はなく、平然と表でも使うのだ。変えさせるのはもう諦めた。
「まあ無理強いしている様子もないですな。いやはや最近の若者の考えることはよく分からんでな、弥生も時折奇妙な言葉を使うので会話に難儀するのですよ」
「もうおじいちゃん! 今はそんなこといいでしょう」
「「っはっはっは」」
……はあ。話の分かる人で助かった。
もうこのままおじいちゃんの孫自慢でも聞かせて貰って帰れるのなら儲けものだ。
「おっと、話が逸れましたな。して、この刀ですがな――」
まあそういう訳にはいかないよなあ。
剛三郎さんは、後ろの床の間に飾られていた件の刀を持ち出し、語り始めた。
剛三郎さんの長い話は簡潔に言うとこの刀の由来自慢だった。
先祖が仕えた殿様に、その長年の功績が称えられて献上された逸品で、話には聞いていたものの見付からなかったのだそうだ。
それを最近、偶然蔵で見つけ、知り合いの研師に預けて修繕して貰ったのだそうだ。
「それを弥生が持ち出して、折ってしまった。という話でしたが……」
そう剛三郎さんの長い話は区切りを見せた。
そして弥生ちゃんは、それをうちの安アパートに持ち込んで修理を依頼した。と思ったらあっさり若葉さんが修復してしまって今に至る。という訳だ。
「本当に御仁がこの刀を直した、と言うのですな?」
嘘です。と言える雰囲気じゃあないのは俺でも分かる。
きっと若葉さんが直したと言っても信じて貰えないだろうし、若葉さんも決して認めないだろう。
仕方ない。ここは俺が泥を被るしかないのだろう。
「ええ……まあ」
「……そうですか……」
嘘だってバレたのか?
剛三郎さんは難しい顔で手の内にある刀に視線を落としている。
そして意外な言葉を漏らしたのだ。
「実は私は……この刀が折れたという話が信じられないのです」
「それは……」
分かる。よく分かる。
それは宇宙人がよく分からない技術でくっ付けたんですよー、と言いたい。が言えない。
俺は変態であっても、変人だと思われたい訳ではないのだ。
「おじいちゃん」
「勿論、孫の言ったことが嘘だと思っている訳ではないのです。しかし、どう観ても折れた痕跡すら見つけることが出来ぬのです」
「はあ」
「だからこそ!」
びっくりした。突然そんな眼光で俺を見ないでください。
「この刀を修復した御仁に会ってみたい、そう思ったのです」
「……」
どうしよう。
もう何度目か忘れてしまったその問いに答える者はいない。本当にどうしよう。
「それで一つ――」
剛三郎さんはそう言って腰を上げる。
取り出したのはこれまた古い、一振りの刀だった。
「この刀の修復を頼みたいのです」
あ、終わった。




