第二話 俺氏、ご年配は怖い②
「なるほど」
当初はこっそり蔵に戻そうと思っていたものの、良心の呵責に耐えられず、素直に祖父に話したそうだ。
振り回して折ってしまった事、それを成穂さんに直して貰った事。それは一切合切。
厳格な弥生ちゃんの祖父である堂本剛三郎さんは、終始口を挟まず聞いていたそうだ。
しかし手渡された刀の刃を見て一変。呆気にとられたかと思えば「誰がこれを直したのか」と問い詰められ、再び成穂さんの名を出すと、直ぐに連れて来なさいと真剣な表情で言われたのだそうだ。
「怖い」
俺は素直な感想をはっきりと示した。行きたくないのだ。
「祖父は優しい人です。厳格ではありますが、それも嘘をつく人間に限りますから、多分、恐らく……」
途中で苦しくなってるじゃないですかー、最後まで言って俺を安心させてくれー。
さらに聞きもしないのに、剛三郎さんの武勇伝を教えてくれた。
若い頃は道場破りを繰り返していただの、車に轢かれてもかすり傷一つ無かっただの、竹やりで爆撃機を突き落としだの。まあ自慢げに話してくれた。
弥生ちゃんにとっては自慢のおじいちゃんなのだろう。俺は怖いです。
「私が謝ってきます」
若葉さんはそう真剣な眼差しで表明した。
だが――
「震えている様ですが若葉さん」
「武者震いです」
弥生ちゃんの話を聞いてビビったのは俺だけではなかったようだ。
直したのは若葉さんだ。だから責任を感じているのだろう。
「若葉ちゃん……大丈夫ですよ。直した人には会えなかったとおじい……祖父に伝えてきます」
「だそうだ。良かったな若葉さん」
「駄目です」
「駄目ですか」
「ご主人も一緒に来てください」
「え」
これは不味い流れだぞ。
「いや俺はあれだし、関係ないし怖いし」
「部下の責任を取るのが上司というものです。諦めてください」
何時もご主人とか言ってるのに、こんな時だけ部下なのか……。
「成穂さ~ん」
「諦めてください」
「はい簡潔」
「やっぱりおじさんって……」
軽蔑されても怖いもんは怖い。昔から地震雷火事親父って言うしね。剛三郎さんはやばそうだし。だって剛三郎だぜ、ごうざぶろう。
名前からしてやばい気しかしない。
「それでは皆で謝罪に行きましょう」
「皆さん……おじさんもありがとうございます」
俺の意見は無視して話は纏まった。まあいいんだけどね。
***
「ここが私の家です」
「おお……圧倒されるな」
安アパートから見える山の側、小高い丘を登った先に在ったのはザ・武家屋敷であった。
漆喰の塀に囲まれ、車さえ通れる大きな門を跨ぐ。
任侠映画でしか見た事がないような、日本庭園に囲まれたお屋敷だ。こんな家がうちの町にあったなんて知らなかった。
「どんな悪い事をしたらこんな家に住めるんだろうな……」
「ご主人、失礼です」
「おっとすまん」
呟きが聞こえていたらしい。若葉さんは眉をひそめて俺を睨んでいる。弥生ちゃんの為に怒っているのだろう。随分仲良くなったものだ。
おっさんになると、どうも物事を穿った目で見てしまう。いやいやまだ俺はお兄さんだ。
「こちらです」
弥生ちゃんは続く石畳の道を先導すると、これもまた広い間口の玄関に着いた。
「こちらでお待ちください」
通された畳の部屋で待っていると、お盆を持った女性が訪れお茶を出してくれた。
聞くと通いの家政婦さんだそうで、広いから掃除が大変だと笑いながら話してくれた。
広いから雇っているんだろうが、家政婦さんとか初めて見た。メイドさんより夢がないけど。
高そうなお茶を啜る。
「うまい」
「艦内で栽培出来るか試してみます」
と、成穂さん。
「いやいや。こういう高いのは時々飲むから美味いんだよ」
うちでは豆入り番茶で十分だ。あれも美味いのだ。しかも安い。
「ん、俺のも食うか?」
「……頂きます」
若葉さんが上手そうに最中を平らげたのを見て勧めてみると、恥ずかしそうにしながらも手を伸ばした。
成程。こういう所は見た目通りで微笑ましいな。
*
「お待たせしました」
お茶とお茶請けの話に花を咲かせていると、背後の襖が開く音と共に弥生ちゃんの声がした。
振り返るとそこには、
「おお……」
「この国の伝統衣装ですね」
「奇麗です」
和服姿の弥生ちゃんが居た。
いいね。
何が良いのかというと正月とか成人式とかに着るごてごてした感じではなく普段使いの清楚な色使いとすっとしたシルエットに映える髪の毛を結わえたうなじとかが――
「いいね」
「あ、ありがとうございます」
照れている感じも良い。俺には顔を合わそうとしないのはそういう事だと思う。
「それでは祖父の部屋に案内します」
きりりと表情を引き締めた弥生ちゃんが告げる。その顔もいいね。
弥生ちゃんに先導され、長い廊下を三人で進んでいる。
すると大きな屋敷と和服の弥生ちゃんを見たことで盛り上がっていた心が冷静さを取り戻してくる。そして思い出した。
……そんな余裕ぶっこいてる場合じゃなかった。俺達は今、雷親父ならぬ雷爺さんに向かって近づいているのだ。
なんと言われるのだろう。
弁償しろならまだいい。しかし直した若葉さんが叱責されるという展開は勘弁して欲しい。
彼女は宇宙人だから常識を知らないんです!
言えるわけない。
まだ若いからね!
これはいけるか? 確かに若いし、っていうか小学生だし。
よし、ここは年長者としてしっかり守らなければならないな。うちの子に手ぇだすんじゃありません! ってな。
「ってあれ?」
「どうしました?」
皆が素っ頓狂な声を出した俺を見る。
「あいや何でもないです」
確か弥生ちゃんのお爺さんは〝刀を直した者〟を連れてこい、と言ったと聞いた。
だが実際には請け負ったのが成穂さん。直したのが若葉さんとややこしい事になっている。
しかも弥生ちゃんには俺の知り合いに依頼して直したということになっていた筈だ。
つまり俺達三人は、剛三郎さんとしては関係者であるが部外者であるという認識の筈なのだが。
俺達は何故、弥生ちゃんに呼ばれたのだろう?
「主が直したと弥生さんには言ってあります」
おーーーーい初耳、成穂さん。
え、怒られるのは俺? え、心の準備が出来てない。待って、何で俺?
「私達のご主人なんですからご主人の手柄ですよ」
え、そうなの? でも今はその心遣い嬉しくない。
え、何時? 何時言ったの?
「直してくれと頼まれた日です」
弥生ちゃんが祖父に会いに来てくれと頼みに来る前からじゃん。
成穂さんが直した体になってると思ってたの俺だけじゃん。
「私が請けた依頼なので、修復者を隠すのは不義と考えました」
それじゃあ成穂さんが修復したことでいいじゃん。じゃん。
「私は主の命に従ったまでです」
言ってない。言ってないよ。
「着きました」
弥生ちゃんから死刑宣告を頂きました。




