第三話 俺氏、煙草に無限の可能性を見る②
「ッハア……成穂さん、若葉さん!」
「おかえりなさいませ」
「おかえり」
二人は居てくれた。
隣のチャッピーは駆けっこが出来たお陰で上機嫌に尾を振っている。
「聞きたいことがあるんだ」
「何でしょう」
「この男女逆転現象は人間限定なのか分からないか?」
「人間の雌雄比はほぼ変わりません。もし逆転現象が起きたとしても大きな問題にはなりません。しかし――」
「他の生き物はそうではない、ということか」
「はい。ですからもし逆転現象が全生命規模で起こった場合、大量の特定種の絶滅が確認される筈です」
「それがない、と」
「はい」
……なるほど。つまりこの事態は人間限定である可能性が高い、ということだ。
「煙草は? あのシャグが販売されているのは何故だ?」
「主が常飲出来るよう、法を犯さぬように手配しました。主の持っている物を元に、まず一部の栽培農家のタバコを突然変異を装って改良を施しました。そして認可を早めるよう安全であるという検査結果を流し出荷までを最短に。そして若葉のデザインに決まるよう誘導。今手元にあるのは正規の手続きを経て存在する煙草です」
「……初めの煙草以外は複製ということか」
「はい」
簡潔……だが、成穂さんは並ならぬ努力をしていた訳だ。俺が吸い続けられるようにと。感謝してもし足りないな。
しかしオリジナルはあれ一つだけだったか。全部吸うんじゃなかった。もしかしたらこの異変の解決の糸口があったかもしれないのに。
だがなにか、なにか解りかけているような気がする。
いやちょっと待てよ。
大したことじゃない。しかし気になることがある。
「成穂さん達は何故、名前が変わっていないんだ?」
「……この名は主が決めた名です。私達の根幹に刻まれ、世界がバラバラになろうとも、中空界面に永遠に囚われようとも消すことは出来ません」
「決まっているのです。この名はご主人と出会う前から、出会う時にそうあると」
「何を言っているんだ」
何時の間にか立ち上がっていた二人から、なんというか神々しさを感じる。何時ものへっぽこ宇宙人と毒舌宇宙人とは違う感じがする。
成穂さんは台所で調理を、若葉さんはチャッピーに水を与えている。
その後ろ姿に奇妙なデジャヴを感じた。
「……もしかして二人は男になっていない?」
何故かそんな気がした。
「はい」
「ようやく気付いたんですか」
そう言うやいなや。
成穂さんの、若葉さんの髪はあっという間に腰までの長さになった。
胸は膨らみ、体つきも柔らかい線に変化していく。
二人の髪はまるで生きているかの如く束ねられ、持っていた髪留めでそれを留める。
二人にあげた髪留めだ。
「……何故言わなかったんだ」
「主がそれを望んでいたからです」
「嘘を吐いていたのか」
「嘘は吐いていません」
確かに二人は自分が男であると明言していない。周囲が、そして自分がそうであると思い込んでいたのだ。
「俺が成穂さん達が男だと望んだと?」
「ある時点まではそうでした」
「私達も大変だったんですよ、隠し通すのは。まあご主人がヘタレだったから良かったです」
いや、女性が若い男を襲うのは絵面的に不味いだろう……いや逆もそうか。ちょっと反省。
「しかし私達もこの逆転現象には関わっていません」
「なんだって」
「周囲と主の変化に齟齬が発生しないように擬態しました」
……そんな、これで解決すると思っていたのに。
「わん」
「……結局お前を連れてきた意味は無かったな。打開策になると思っていたんだが」
チャッピーを調べれば解決の糸口になると思ったのだ。
「わん」
「煙草臭いって? うっせ、結構いい匂いって評判なんだよこれ」
「わん」
「ん?」
どっかで嗅いだことのある匂いだって?
「最近?」
「わん」
違うらしい。
「わん」
いつぞやの女子会?
チャッピーが小五ロリになったあの時か。
しかしなんでまたその時期に?
俺はその時長い禁煙生活を送っていた筈。
「やはりそうでしたか」
「分かったのかね、探偵成穂君」
「……」
「あ、ごめんなさい」
俺のシリアスは時間制限があります。
「はあ……この件はご主人が犯人ですね」
「なんでよ?」
「無自覚なのですか?」
「俺がそんな体逸れたこと出来るわけないだろう」
二人がひそひそ話始める。
「あの女子会を模倣したのでしょう」
「あの煙草はリラックス。つまりご主人を万全の状態にさせる」
「無意識に――」
おーい、寂しいんだが。泣いちゃうぞ。
「俺って臭い? 女になっても臭いって言われるの? それなら女になってもいいことなんかないな~」
「「……」」
「わん」
「なにさ二人してこっち見て?」
「原因は分かりました」
「僅かとはいえ、私達まで巻き込まれる現実改変は危険ですね」
「なに! 原因が分かったのか、それなら元に戻す方法はどうするんだ」
「……」
「不本意ですけど」
なになになんなん?
「ご主人の漢らしいところが素敵……です」
え、なに急に⁉ 俺の魅力がばれたのか?
「主……」
無表情の成穂さんが固まっているぞ。なにか言いたそうなのか言いたくないのかそれも分からないくらい固まっているぞ。
成穂さんはたっぷり間を開けて。
「好きです男らしい主が」
と言葉を発した。
***
「チャーピー返しに来ました」
「わん」
「あらわざわざありがとうね」
「いえ、変な事お願いしちゃって済みませんでした。由紀、夫君によろしくです」
「由紀……夫? まあ駄目ですよ、冗談でも女の子にそんなあだ名つけちゃあ」
そう言って相沢さんの奥さんはおれのおでこをツンと指で押した。
やられた事ありませんでしたが、これはいいものですね。
「ごめんなさいつい」
「それじゃあこれからも由紀をよろしくね」
「わん」
「おう、じゃあな」
親の承認を頂けたことでこれから由紀ちゃんとの関係はより親密になるだろう。
と、冗談はそれくらいにして。
どうやら世界は元に戻ったようだ。
成穂さんが何かしてくれたのは分かるが、俺が理解できたのは俺に好きだと言ったことぐらいだ。
気付いたら俺の体は男に戻っていた。
相沢さん家にチャッピーを返しに来て、奥さんが奥さんであったことで、この世界が正常であるとようやく確信に至った。
あの『たばこ』と書かれた煙草は、直ぐに製造中止にすると、成穂さんは言っていた。
リラックス効果が強すぎた、と言っていたが、リラックスに強いも弱いもあるのだろうか。
結局詳しいことは分からないが、「統合が済んだ」らしい二人の言い分によると、俺にはまだ話さない方が良いと判断したらしい。
「私達機動艦は嘘は吐きません。しかし隠し事はします」
と言っていたのが印象的だった。
まああの煙草は勿体なかったが、大事な下半身センサーが戻ったのが嬉しいので問題ない。
でも煙草はしばらく止めようと俺は心に誓うのであった。




