第一話 俺氏、禁煙を破る②
郊外にあるこじんまりとした店が、俺の行きつけの煙草屋だ。
小さいながらも品揃えは豊富で、紙巻き煙草以外にもパイフや水煙草なんかも売っている。
遠いのだけは玉に瑕というやつだ。
「こんにちわー」
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃい」
……。
一度店を出て、店名を確認する。
ターポリン生地のひさしには馴染みの『加藤たばこ』の名前がある。
よし、俺は間違っていない。
「こんにちわー」
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃい」
「……なんでお前らが居るの?」
そこに居たのは紛れもなく、宇宙からの同居人である方々。
「成穂さん、若葉さん何やってるのっていうか髪の色とか黒くしなくていいの?」
二人揃って銀髪結わえ、お店のエプロンを付けた可愛らしい姿をお披露目している。
「いらっしゃいませ」
「え、いや、ねえ?」
頑なにお店の人感を出そうとしているのだろうか?
「私と姉さんはご主人の趣味にとやかく言うつもりはありません」
ないんなら何でここに居るのだろう。
「しかしです。煙草を艦内で吸われるのは色々と嫌なのです。迷惑なのです」
ああ、宇宙にも禁煙の波が……。
「しかしです。私達が許可した物であれば良しとしようと話し合ったのです」
「まあ確かにシャグには女性が好む香料を添加した物もあるしな」
ここは普通の煙草と違うところでもある。
まあ煙草の葉に匂いを付けだけであるが、それだけでも煙草独特の臭さが大いに減る。
実は煙草の臭みの原因は葉を包む紙に含まれる燃焼材が多くを占めるのだ。
それ故、売っている巻き紙は燃焼材の入っていない、ゆっくり燃える天然素材のタイプが多い。
これなら煙草の葉本来の味が楽しめるというわけだ。
まあつまり、彼女達は船に優しい煙草を選んで欲しいわけだ。
「で、ここの店のおばちゃんは?」
「奥で休憩しています」
「快く協力していくれました」
どういう説明をしたのだろう?
彼氏の煙草を何とかしたい、とか言ったのだろうか。
……それはなんかいいな、いい。彼女持ちの苦労みたいでいい。
「じゃあ何時ものやつを貰お――」
「それではお客様、こちらがおすすめの商品です」
「今日の成穂さんはぐいぐいくるね」
差し出された商品は見た事もない銘柄のシャグだった。
『たばこ』と書かれたパッケージ。描かれた極彩色の奇妙な模様は、人を不安に陥れると共に、目を逸らせない謎の吸引力で持って何かを訴えかけてくる。あかん、これSAN値が削れるやつや。
「購買欲を煽るパターンを効果的に応用してみました」
デザインは若葉さん担当らしい。
「いやこれ購買欲というか、収奪欲というか……殺してでも奪い取りたくなる感じだな」
若葉さんを広告担当にしたら、あっという間に悪の巨大企業が出来上がりそう。
「これ買わなきゃ駄目?」
素直な気持ちを吐露しました。
「これを吸えば主は――」
「待って姉さん。ご主人、この草を乾燥させ発酵させた原始的な趣向品は、非常に嫌われていると聞きます。ですからこの、新しく私達が創り出した煙草を利用して欲しいのです」
「いやそれ法律違反だから」
「煙草と指定される植物は使用していません」
「いやそれもう煙草じゃないだろ」
「姉さんは黙ってて。……いいですか? これならご主人は誰に嫌われる事無く煙草を吸えるのです。さあ是非」
そんな喫煙者をゴキブリみたいに言わなくてもいいじゃないか……。
しかも煙草の葉を使っていないって大麻とかじゃあないだろうな。
「法律には抵触していません」
頑なに法律を押していく成穂さんであるが、この場合、法律をまだ作っていないってだけなんだろうなあ。
ちなみに煙草の原料になる植物の名前はタバコである。そのまんまだな。
「普通の奴ください」
俺は拒否する。
「……1140円です」
成穂さんが常飲している銘柄をすっと出す。知っているのなら普通に出してほしい。
おっと、普通の煙草より高いじゃないかと思ったそこ君、甘いぞ。このパッケージには50gの煙草の葉が入っているのだ。煙草一本1g以下の葉が入っているから一パック25本入りだと考えればいい。しかも巻くためのペーパー付でお得だ。
まあ俺はフィルターも買うからそんなに変わらないけれど……。
「……」
「……」
うう、二人の無言の圧力が辛い。
「……それも買うから」
「1140円です」
「同じ値段なんだ」
俺はお店を後にした。
*
場所は変わって近所の公園。
少子化が叫ばれて久しい田舎の公園は、誰も遊ぶことの無くなった遊具が撤去され、閑散とした空き地と化している。
俺はそんな公園の一角にある、腐り始めたベンチに座った。
側に途中で買った缶コーヒーを置いて先程購入した煙草の封を開ける。
俺の常飲しているのはバージニア葉をベースにしたブレンド物だ。
始めは物足りなさを感じたが、今はこの柔らかな喫味が気に入っているのだ。
シャグをほぐし、紙に乗せ、フィルターを添えて巻く。最初は手間取ったこの作業も今では手慣れたものだ。
そして火を点ける。
「ふう~」
禁煙の風潮などなんのそのだ。田舎じゃあ外で煙草を吸っていて文句を言う者も条例もない。じっくり味わう。
そしてコーヒーを飲む。もちろんブラック。
これが堪らない。口が臭くなる? うるせえこちとら独り身だってんだ。
「しかし」
紫煙越しに、袋に入れられてなお主張し続ける極彩色のパッケージを眺める。
どうしよう。
今まで成穂さんは某猫型ロボットよろしく、謎アイテムを積極的に出す、なんてことはなかった。
しかしここで、更に俺の趣味に
合わせた道具を提供してきた。いや金取ってるけどね。
「いや……金取ってるんだから市販されてるのか?」
こう見えて実は手巻煙草初心者なのだ。つまり俺の知らないシャグがあってもおかしくはない。
「とまあこういう風に自分を誤魔化すようなことを言う時は、必ず何か起こるんだよな」
誤魔化している自覚はある。だが吸ってみたい。それがスモーカーの美学、ニコ中学である。
恐る恐る封を開ける。
中身は普通。しかしタバコの葉ではないと事前に知っていると不安が増す。
ちなみにタバコの栽培は違法ではないが、煙草の製造は違法らしい。なのでこのシャグがタバコでなくても喫煙可の状態に加工しただけで違法になる。
つまりこれが紅茶の葉だろうが雑草だろうが煙草にすると法に引っかかるのだ。
成穂さんと若葉さんを救うためにも証拠隠滅せねば。
こうして俺は理論武装を完了し、今手元に宇宙人産の煙草が出来上がった。
「さて……」
取り敢えず周囲を確認。
こんな遊具もない寂れた公園に誰も来ないと思うが一応だ。これを吸って変な衝動に駆られでもしたら、俺が先に檻の中だ。
大丈夫、誰も居ない。
俺は覚悟を決めて火を点けた煙草を咥えた。




