第四話 俺氏、時の流れに涙する③
「みんな大丈夫か!」
五体が満足かどうかを確認するよりも早く飛び起きる。
そして、俺の目に悲惨な光景が飛び込んできたのだ。
「もう許してくれないだろうか」
低い声でそう訴える。ガスマスク野郎。
「こんなガキみたいなショーで喜ぶわけないだろ!」
「すみませんすみません」
子供達に背中を蹴られて縮こまっているテロリストの男達がそこにいた。
「誰がこんなイベントを用意したんでしょうかねえ?」
「でも他の教室ではなかったみたいですし……きっとテレビか何かの企画なんですよ」
大人達は思い思いに雑談している。
「どういうことなんだぁ……?」
先程までの悲壮感にまみれた教室とは一変、今は祭りの後のような高揚感に満たされていた。
俺は宇宙人に化かされたのだろうか。
「起きたんですね」
「きょ、京香先生!」
「名前で呼ばないでください」
振り向いた先に居た彼女はなんか辛辣だった。物凄く睨んでいるし。
俺を見る目はまるで詐欺師か不審者を前にしているようだ。
「だ、大丈夫だったんですね! で、テロリスト共はどうやって屈服させたんですか?」
「とぼけないでください」
わあ背筋も凍る声とはこのことだあ……。
「全員を騙してほくそ笑んでいたんですね。最低です」
「そ、そんなこと俺はしていませんよ」
「嘘おっしゃい。無くなったはずの手も元通りじゃありませんか」
言われて気が付いた。千切れていた腕も、消し飛んだはずの頭も、夢であったかのように元通りだった。
「成穂さんが直してくれたのか……」
しかしこの記憶の祖語はどういう事だろう。
確かに俺は、間違いなく頭を撃たれたのだ。
腕が無くなったのは記憶として共通しているがそれが分からない。
「撃たれたその瞬間に編集室へと移動して、時間の経過を経ずにまた教室に戻ったのです」
「成穂さ……そのカメラは」
「記録です」
カメラを除いたままの成穂さんは淡々と答えた。
「テロリストは警告に主の体を銃で消し飛ばしますが、その過程は面倒なので編集しました」
そう語る若葉さんはレフ板を掲げている。
つまり俺は頭を吹き飛ばされた瞬間、身体を滅多打ちにされるという未来を経験せずに戻ったというわけだ。自分で言っていてわけわからん。
「じゃああのなんとか星人のテロリストの有様は?」
そうだ、教室の隅で震えている彼らの有様は何なのだ。
低い声のガスマスクの人もその中に居るのが何故か辛い。
「本来彼らの強さはあんなものなのです。身体能力も地球の子供に劣ります」
「それじゃああの銃は⁉ 見た目はあんなでも充分な脅威だろ!」
俺はあれで腕と頭を吹き飛ばされたのだ。
「地球の生物には効果がありません。プランクトンさえ殺せません」
そんな馬鹿な……。
「ご主人にも効かない筈だったんですが、手違いというかご主人の体質といいますか……」
「え、俺プランクトンに劣るの?」
「……結果主のみ、不完全な影響を受け、照射された部位が拡散するという結果になりました」
なあ成穂さんさあ質問に答えてよ。
「気絶してたおっさんが目を覚ましたぜ」
「こいつだっせ」
「……」
なにこの仕打ち。
ガラリと教室の扉が開く。
皆が視線を向けると『どっきり成功!』と書かれた看板を持った胡散臭いおっさんがいた。
サングラスに泥棒髭のおっさんはすすり泣くテロリスト達の背中をさすりながら、元にそして静かに教室を去っていったのだった。
これでテロリスト事件は腑に落ちることなく終わったのだった。
俺はブルマを鑑賞することが出来ず、時の流れに涙した。
***
何時か何処かもしれない場所。
そこには二人の姉妹がいた。
「ごめんなさい姉さん」
「なぜあんなことを?」
若葉は頭を下げて謝罪している。
それを見守る成穂の表情は無表情ではなく、困ったような、それでいて慈しむような、そんな笑みが浮かんでいる。
「ご主人が暇そうで、それで楽しませようと――」
「貴方も、ですね」
二人は繋がっている。若葉は成穂から切り離された一部であり、姉であり、そして母でもあった。
「主は他者の危険を良しとしません。それは解っているでしょう」
「危険はありませんでした」
「危機を感じるという行為もです」
若葉は嬉しかったのだ。自分という個体に対して、時間と行動を示した主人に。
生命を内包する存在にとって、それを消費する行為にどれだけ価値があるか理解しているのだ。
それは己が決して持ちえない、有限のエネルギーであるからこそ。
「そして主が退屈を感じていることに申し訳なさと、僅かな嫉妬を感じた」
「それは……」
体を手に入れてから、若葉は感情というものに振り回され続けている。
姉である成穂はそれを全く感じない。若葉の観測では、彼女の全ての数値は常にニュートラルを示している。
それが姉を尊敬することにもなり、焦る原因にもなっていた。
「ダゲストス宙空域の者を使うのは早計でしたね」
成穂は話を変えるようにそう呟いた。
「あいつらが私達を信仰しているのは知っていたから神託の体裁で利用したんだけど……」
「姿を偽っていたとしても、他世界の住人を容易に移動させるのはよろしくないことです」
「でも姉さんはご主人を振り回していたから少しくらいは――」
「主はいいのです」
きっぱりとした姉の言葉にたじろぐ。
確かに主人は私達が振り回して乱暴にして粉々にしても問題ない存在にはなっている。それでも、そんな事をするかどうかとはまた別の話である。
だが目の前の姉には迷いがない。
「主は主です。それ以外とは違う」
「……なるほど、そうですね」
そう考えればそうである。若葉は取り敢えずそう納得する。
「ダゲストス人は直ぐに帰還させました。最後にどっきり企画であると誤認させる役をやらせたのは、我ながら名案だったと思います」
「そうですね、記憶操作も最小限に済みました」
「彼らの兵装がご主人に効くのは予想外でした」
「そうですね、あれがなければ活躍できた可能性がありますが。致し方ありません。拡散した部位を回収するのも容易でした」
「……もしかしてご主人だけに効いたのは、姉さんによって存在の在り様が――」
「それでは夕飯時姉妹会議は終了します」
姉妹が消えると、その空間は役割を終えて無へと帰る。
*
「今日も美味しいよ成穂さん」
「はい」
「私もキャベツを刻んだのですが」
「キャベツも美味しいよ若葉さん」
三人でちゃぶ台を囲んで箸を動かす。今日はコロッケだ。
何時もの、この時間の日常である。
彼女達の主人は帰宅した後しばらくは落ち込んでいた。
だが今日は、ブルマ着用シーンがあるイメージビデオをこっそり仕事場から持って帰っていたので気は持ち直したのだろう。
「じゃあおやすみ~」
「お休みなさいませ」
「お休みご主人、姉さん」
狭い4畳半に川の字で寝る。そして明日が始まるのだ。
だが今日は様子が違う。
寝静まった時間帯。安アパートの一室。暗闇でゴソゴソと動く不審者の姿。
顔は白い髭を生やし、赤い服、赤い帽子に身を包んだ男が、少女の枕元に立つ。
「なにしてるんですか」
「ひやぉう! ……シー」
少女は人ではなく、眠る必要がない。彼女の主人である男が、服を着替え、付け髭を付ける様を目を閉じたまま見守っていたのだ。
「そ、そりゃあ……メリークリスマスってやつですよ」
そう差し出されるのは四角の、植物のパルプを薄くして作られた物。それをまた同じ素材で包んでいる。
少女はそれが箱であると知っているし、その中に何が入っているかも知っている、筈だった。
ジャミングが掛けられている。視線を自分の隣で眠っているふりをしている姉である存在に向ける。
姉の仕業であるのは分かる。しかしどういうつもりなのかまでは分からない。これが用意されていたのも情報に共有されていなかった。
だがジャミングが掛けられている箱は、とても脆く薄い素材である。中身を知りたければ破壊すれば問題がない。
「さあ開けてみてよ、成穂さんと相談して決めたんだ」
「それでは」
ならば悩む必要はない。手渡されたそれを持つと、勢いよく剥がそうとして、手を止めた。
その奇麗な包装に惹かれただろうか、丁寧に剥がそうという気になったのだ。
「これは……」
出てきたのはバレッタと言われるものだ。べっ甲と呼ばれる生物の角質の加工品ではなく、それをガゼインプラスチックで模した物が付けられている。
安物ではある。しかしそれは銀色の髪にこそ映えるだろう金の装飾で縁取られた一品だ。
「成穂さんと一緒に既製品を余った金で加工したんだ。デザインは俺ね。若葉さんは奇麗な長い髪だけど、何時も同じ髪留めだったから」
ツインテールの己の髪を撫でながら、そう言って笑う自らの主人を見る。
なるほど、と少女は思う。
開けるまで判らないというのは与えてた者と与えられた者の感情に共鳴効果が望める、最高のタイミングを作り出せるのだと。
知らないことも悪いものではない。
「ありがとうございます」
「おう」
「じゃあこれは成穂さんの……寝てるから枕元に置いておけばいいよな」
その言葉に、寝ている筈の姉の体が僅かに震えたのが、少女だけには感知できた。
どうやら姉に隠し通すことが出来ていたようだ。姉妹揃って同じ計画をしていたことに、満足と幸福感を覚える。
「じゃあお休み」
「ご主人」
「なんだ?」
少女は満面の笑みを浮かべる。
それは薄いカーテン越しの、淡い月の光を浴びてなお儚く見えた。
「その髭、教室の変質者と一緒ですね」
後日、若葉の学校に新しく、白い髭を付けた変質者のポスターが追加されていた事を彼は知るのであった。




