第三話 俺氏、不審者になる②
そうした事もあったが、それ以後は生徒も保護者も落ち着き、普通の授業風景が続く。
懐かしいながらも、長い月日をこの光景の場で過ごしたこともあり次第にこう感じるようになった。
飽きた。
午後の気だるげな気配。設置されたストーブからは暖かな空気が教室内に充満する。教師の声が子守歌に聞こえてくるのは必然なのだ。
(いかんいかん。寝不足なのが今になって効いてきたぞ)
だって興奮して眠れなかったんだもん。もちろん小学生にではないぞ、若葉さんのランドセル姿に興奮したのであって、ではなく。まあ遠足前みたいな感じだ。
しかしこのままでは若葉さんの雄姿を見逃してしまう。
それもこれもこの退屈な授業が悪いのだ。授業中に寝てしまうのは教師の授業内容が悪い説をここの提唱したい。
しかし本当に退屈だ。このままではいつ寝落ちしても――
――ガシャン――
その時だ。薄く硬質なものが破砕される大きな音が教室に響き渡った。つまりガラスが割れたのだ。
「キャア!」
誰かの悲鳴が聞こえる。
窓から黒い何かが飛び込んでくる。と同時に教室の扉が蹴破られた。
黒ずくめの服を纏った人が視界にどんどん増えていく。
「全員動くな」
銃を突き付けたガスマスクを被った男が、低く野太い声でそう言い放った。
*
これ教室がテロリストに占拠されるといいな~的妄想展開じゃね?
「今から君達は人質になる。静かにしていれば危害は加えない」
ガスマスクを被った男が顎で合図をすると、サングラスに目出し帽を被った男達は教室の四方に散ると、教室の後ろで固まっていた保護者を教室の中央へ集まるように指示した。
もちろん俺も従った。全員が銃を持っているのだ。それが本物か偽物かを試す気なんて、誰もなれないに決まっている。だって怖いもの。
それによって全ての大人達は、自分の子供の側へと寄り添う形になった。
未だに呆気に取られている人も多いが、しっかりした子供に親に気遣う声を掛けている。
俺達も若葉さんの席に向かい身を寄せ合う。成穂さんは何時も通りの鉄仮面。若葉さんは怯えた様子も見せず……と思ったが俯いて僅かに震えていた。
ここは男として彼女達を守り、株を上げるのが上策とみたぞ。
だが先ずは気になっていることを聞くことをした。
「これって成穂さんの仕込み?」
「いいえ」
簡潔。
しかし今はその答えは聞きたくなかった。つまりこの状況は宇宙人の不思議能力ではない本当のテロであって、かなり不味いってことだ。
成穂さんは度々とんでもな能力で、俺はそれに巻き込まれる。もしくは俺が言い出したことが、とんでもなことになる。まあ後者の方が多いが……それは今は置いておこう。
一件だけ撫子さんの巻貝事件がある。しかしあれは俺の甘い認識の結果起こったことで意図して起きた事件ではない。
つまり成穂さんが起こす騒動に共通するのは、他者を害するような行動は意図して起こしたことが無い、ということだ。……俺以外の、という注釈がつくのですがね。なんか反省したくなってきた。
しかし、今の状況を創り出せそうな人物がもう一人いる。
それは若葉さんだ。
「若葉さん……」
声を掛けようとするが、若葉さんは俯き震えたままだ。
「あ、貴方達は一体何なんですかっ!」
教室に若い女性の声が響く。誰もが声を潜めている状況で、その声は酷く場違いに聞こえた。
「ここは学校です。部外者の立ち入りは禁止されています。直ちに出て行かないと警察を呼びますよ!」
京香先生の強い口調はこの事態を理解していない訳ではない。その証拠に膝が震えているのが見える。
生徒の為に気丈に立ち向かう凄い先生だ。やはり是非とも俺の先生になって貰いたい、そんで甘えたい。
まあ俺はそこまで危機感がなかった。隣にはなんでも出来ちゃいそうな宇宙人が二人も居るのだ。
若葉さんは怯えているが、若葉さんに協力してもらって鎮圧してしまおう。
まさかこんな形で夢が叶うとは思わなかった。
「先生も協力願おう」
ガスマスクの男が先生に銃を向ける。教室に息を呑む音に包まれる。
いけない! 俺の先生を助けなければ!
「待ちなさい」
俺はテロリストと京香先生の前に割って入る。
「……正義面は身を亡ぼすぞ」
低い声でそう凄まれるが俺は引かない。何故なら俺は漢だからだ。
「貴方は……」
驚いた様子の先生に、俺はニヒルな笑みを横目に返す。
「安心してください京香先生。俺がこんな奴ら蹴散らし――」
「共犯者ですね。どうして私の名前を知っているんですか、いい加減にしてください!」
おおうすっごいへこむ。
子供たちの歓声が聞こえる。もちろん浴びているのは京香先生だ。
血気盛んな男子生徒は俺と同様に中二的願望を満たさんとテロリスト共に向かおうとして親御さんに止められている。
教室の雰囲気はまさにヒーローショーの体裁を醸し出している。
もちろんヒーロー役は京香先生。悪の組織役はテロリスト達と、そして俺。
「やれーやっちゃえ先生!」
「こら静かにしていなさい」
こんなヤジが飛び交っている。
「お前らいい加減にしろ」
テロリストの声もかき消さんばかりだ。
何故こんなに皆に緊張感がないのか。それには訳がある。
「静かにさせるんだ」
俺に銃口が向けられる。正しくは俺の後ろにいる京香先生にだろうが。
「っへ、そんな物で俺を止められると思うなよ」
「試してみるか?」
睨み合う二人の男。と、書くといい感じのシチュエーションに見える。
だがしかしテロリストの構えている銃は、悲しいかな玩具だった。
ケバいくらいの原色。ずんぐりとしたシルエット。とどめには見えないとぐろを巻いた蛇のような銃口。口と言っても銃弾が出るような穴もない。
対象年齢5才と書かれた値札が付いていそうな安物の玩具そのものだ。
それをテロリスト全員が恥ずかしがりもせず持っている。
だから生徒たちもサプライズイベントだと思っているし、保護者の親達も困惑しながら見守っているのだ。
「……警告はした」
ためらいもなくガスマスクの男は引き金を置く。くそかっこいいぜ、そのテロリストの親玉感。ガスマスクさんと呼ばせてもらおう。
俺はすかさず突き付けられた銃を手で払う。ガスマスクさんの手を痛めないように銃床、握る部分の下を狙ってだ。
「っはぁ!」
完璧に決まった。これで銃はガスマスクさんの手を離れて飛んでいく――
――ポピューン――
いかなかった。
銃はガスマスクさんの手を離れることなく気の抜ける音を出した。
「もう少しその銃はなんとかならなかったのかねえ……」
そうガスマスクさんに問いかけて、
「キャーー‼」
悲鳴が上がった。
それは京香先生だったのだろうか。それとも女子生徒か。
強めに当て過ぎたのか。
手に熱さを感じた俺は自分のそれを確認しようとして――
自分の腕がないことに気が付いた。
「あぅん」
変な声が出てその場に膝から崩れ落ちる。体に力が入らない。
「この男の様になりたくなければ我々に従って貰おう」
ガスマスクさんがそう言うのが聞こえた。




