第三話 俺氏、不審者になる①
結局、若葉さんの学校生活を覗き見する、もとい観察するのは授業参観の日に持ち越しとなった。
チャッピーはそのまま給食をご馳走になった後、飽きたのかそのまま家に帰ってしまった。
「ご主人は馬鹿ですね」
帰ってくるなり若葉さんはそう吐き捨てた。素晴らしい案だと思ったのだが……。
「姉さんはお帰りなさい」
うーんこの差はなんだろう。
成穂さんはバイトの時間に店に来て、一緒に帰ってきたのだ。これが最近の俺達の日常というわけだ。
「あーなんか疲れた」
『おっちゃん!』
「おわわっちゃーーー」
突然の声に若葉さんが淹れてくれたお茶を零してしまう。あっちーこれあっちー。
「なんだチャッピーか⁉ っていうかまだ繋がってたのか」
っていうか俺はおっちゃん呼びなのか……おじさんより年上っぽくてなんかやだ。
『おっちゃん有名人だぞ!』
「なんだそれ」
『がっこうでおっちゃんを見たぞ!』
「どういうこと?」
『おっちゃんの絵が色んな所に貼ってあった!』
んん? わけわからん。気付かぬうちに写生大会の被写体にでもされていたのか? それならなんて俺は罪づくりな男なのだろうか。
俺くらいの漢になると、つい目を引いてしまうのは仕方のないことなのだな。
若葉さんが何と形容していいのだろうか。何とも言えない顔で俺を見つめている。
まさか若葉さんまで魅了してしまうとは……自分が恐ろしい。
「要注意人物」
「っふ……触れると火傷するぜ」
「不審者」
「っふ……不審者?」
「近くに居たら大きな声で挨拶しましょう」
「?」
「追いかけられたら近くの大人に助けを求めましょう」
そんな……ま、まさか……。
「ご主人写真付きで掲示されるほど警戒されてますよ」
のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――
『あ、おっちゃんおやつの約束忘れないでよー』
俺が一体なにしたっていうんだ……。
『由紀ちゃんお風呂か? 俺もはいるー』
なんでだ……時折夜に散歩していただけじゃあないか……別に変な恰好じゃない。ちゃんと裸にコートを羽織っていたのに……服を着ていたのに。
『由紀ちゃんスベスベー』
「なんでだー」
落ち込んでいるふりをして目を閉じる。ぬぬ、視線が低い。そうかチャッピーはもう犬に戻っているのか。
しかし、しかしだ。チャッピーの映す場所は恐らく脱衣所。そして目の前に伸びる細く白いお御足は間違いなく由紀ちゃんのもの。
「あーなんでだー」
由紀ちゃんが屈むのが分かる。くそチャッピー少し落ち着け。
そしてするすると降りてくる布は……パンティーだ! ピンク色にワンポイントがあるパンティーだ!
(くっそチャッピー! もう少し顔を上げろ! 由紀ちゃんの方を見ろ!)
『おう?』
そうそっち! いやそっちじゃない! そこだ‼
由紀ちゃんがもう少しでスカートを降ろ――
「姉さん、ご主人の気が散って落ち込めない様子なのでリンクを 切って貰ってよいでしょうか?」
「はい」
成穂さんは簡潔だなあ……その気配りが目に沁みる。
「気配りではありません」
「……なんでだー」
沁みるなあ……
*
授業参観当日。
俺は今、若葉さんの教室の後ろで、他の保護者の方達と生徒の授業風景を見守っている。
ざわざわと視線を集めているが気にしてはいけない。
こうするしか、こうするしか俺はここに居ることが出来ないのだから。
「ねえあの人……ねえってば」
「お、おう」
「あの女子高生は誰かのお姉さんかしら……奇麗すぎて……」
「いえいえそれより、あら――」
――何故ここに不審者がいるのだろうか?――
誰に聞かれなくても分かる。
周囲ひそひそ声は視線を俺に固定して囁かれている。
成穂さんが付いて来てくれて助かった。
服は近くの高校の制服。何時もの黒髪黒目の変装で隠していながらも、半分くらいは注目を奪ってくれているのだから。俺一人だったら居たたまれなくて自首していたね。
俺は今、付け髭にサングラスをし、体系を変えるために雑誌と枕を腹に巻き付けた格好でこの場に居る。
仕方がない。仕方がなかったのだ。
すぐ後ろの掲示板には今も俺の似顔絵が薄ら笑いを浮かべている。特徴を捉えた実に上手い絵だ。
素顔でここに来れるほど厭世主義者でもなかったので変装をすることにしたのである。
「えーと、それでは授業を始めますね」
先生は戸惑いながらも黒板に向かう。今の授業は算数のようだ。
先生の名前は只野京香さん。可愛い、それに尽きる。前髪ぱっつんな所もいい。低身長でよくて高校生にしか見えないが、それもまた良し。
俺の先生になってくれないかなあ。
「――さん、この問題を解いてくださいな」
おっと、只野、いや京香先生が若葉さんを指名したな。頑張れ、お父さんは見守っているぞ!
「……」
何も言わず黒板の前に出てチョークで書き記す。どうやら合っているようだ。……合ってるよね?
「正解ですねよく出来ました。でもね、どうしてその答えになったのか、過程の式も書かないと駄目ですよ」
「こんな簡単な計算に過程などありません」
とバッサリだ。
「えーと……」
固まった京香先生を残しスタスタと自分の席に戻る際、若葉さんと目が合った。
――不審人物がいます――
間違いなく目でそう語っているのが分かります。
しょうがないじゃあないですか。




