第二話 俺氏、交換手の人になる①
「さあ行きたまえチャッピー隊員」
「わん」
「いや、『わん』じゃなくて日本語日本語」
「わかった」
「……本当に大丈夫かなあ」
チャッピーは成穂さんの用意した指定の制服と、赤いランドセルを装備し、見た目は見紛う事無くハツラツ系ポニーテール美少女である。
誰もこいつが雑種の馬鹿犬とは見抜くことは出来ないだろう……喋らない限り。
「で、どうやってチャッピーと連絡を取り合うんだ?」
チャッピーの揺れるポニテを見送りながら、隣の成穂さんに尋ねる。
「目を瞑って下さい」
「……おおう、これは凄いぞ!」
言われた通りに目を瞑ると、猛スピードで歩道を滑走している映像が脳裏に浮かんだ。これはチャッピーの視点のようだ。
「そしてチャッピーさんに語り掛けるように言葉を想ってください」
「むむう……こうか?」
(チャッピー隊員、チャッピー隊員。聞こえているか? 応答せよ応答せよ)
すると脳裏の映像が、誰かを探すようにきょろきょろと揺れ、物凄く近くから「おうっ」という可愛い声が聞こえた。どうやら成功したようだ。
(チャッピー隊員よ、落ち着け俺だ。今お前に遠くから語り掛けている。迷ったらこちらの指示に従え、以上オーバー)
『わかった』
「大丈夫かな……」
しかしこれは凄いぞ。なによりチャッピーの視界を覗けるというオプションが素晴らしい。
つまりこれがあればデゥフフフ、いや何時でも不測の事態に対応できるというわけだ。
と急にチャッピー隊員の視線が電信柱を探り出した。
耳を澄ますとスンスンと鼻を鳴らす音が聞こえる。
……おいまさか。
「チャッピー隊員、チャッピー隊員。何をしようとしている⁉」
『別の犬の匂い、おしっこする』
「駄目だ止めろそれは犯罪だ、 視覚的にも法的にも!」
『……わかった』
「女子会を思い出せ、女の子として躾けられたあの女子会だ。お前の御主人は電柱にマーキングなんてしないだろう? 今はお前は人間の女の子だ。いいな」
『おやつ欲しい』
「……分かった、この作戦の成功の暁には奢ってやる」
『わーい』
大丈夫かこいつ。なんか知性が犬レベルになってないか? まあ犬なんだが。
ふう……しかし焦った。つい声に出てしまった。流石に道端で電柱にマーキングをする小学生は不味いですよ。
しかしこれ、傍から見たらぶつぶつ独り言を話す変質者だな。しっかり心の声を意識せねば。
チャッピーもそうだがあいつはいいや。女の子の独り言には世間は寛容だろうし。
「そろそろ出掛けなければ行けないのではないですか」
「お、おお……もうこんな時間か」
チャッピー隊員の登校をハラハラしながら見守っていたら、何時の間にか店に行く時間になっていたようだ。
「くそ……休みにして貰っておけばよかったな」
まあ仕方がない。だがこうして遠隔でチャッピーの動向を観察できるのだ。これなら仕事中でも問題ない。
「じゃあ行ってくるわ」
「いってらっしゃいませ」
そうして俺は安アパートを出た。
チャッピー隊員なら素晴らしい成果を持ってくると信じて。
*
「授業参観ねえ」
「そうなんですよ」
店長と仕事の合間の雑談で、若葉さんの話題が出た。どうやら随分彼女のことを心配しているようだ。
一体何を心配する必要があるというのだろうか? 今もこうして俺は学校の内部調査を行うほどに熱心だというのに。
「ちゃんと保護者しているのねえ……まああまり深くは聞かないわ。家庭の事情もあるでしょうしね」
家庭の事情なんてありませんよ。だって宇宙人、というか自称宇宙船ですし。
「まあその辺は聞かないでくれると助かります」
「まあ大変だろうけど頑張ってね。相談事があったら何時でも言ってね」
そう店長は俺の肩を優しく撫でる。なんて親切なんだろう、俺はいい上司に恵まれたなあ。なんか手つきがおかしな気がするが。
「あ」
「なに感じたの?」
ちげえよ!
目を瞑った際に、学校に着いて廊下を散策をしていたチャッピーが、先生らしき人物に捕まったのが見えたのだ。
変装も完璧で簡単に潜り込めると思ったのだが、意外と生徒の顔というのは覚えられているらしい。
『君どこの生徒? 何年何組?』
『遊びに来た!』
『え、どういうことかな? お名前は?』
『チャッピー』
チャッピィーーー‼ ステイ、ステイ!
チャッピーを怪訝な様子で質問いるのは禿げた高齢の教師だった。
恐らく教頭や生徒指導のような人物だろう。ここで不審な行動を取ると最悪、警察を呼ばれかねない。
(待てチャッピー、ここは俺の言うことを話すんだ)
『わかった』
『? それじゃあお名前を聞いていいかな』
(お腹が痛くなったのでトイレに向かうところだったと言えチャッピー)
『おなかがいたくなったのでといれにむかうところだったといえチャッピー』
『……お腹が……え?』
チャッピーーーーイイィ‼ お約束のボケをかますんじゃあない!
(と言えチャッピーは違う!)
『といえチャッピーはちがう!』
だああああああああ。
『……取り敢えずお腹が痛いんだね。それなら案内するから、その後保健室に行こう』
ぐぬぬ……この教師は完全に怪しんでいるな。このままではワクワク懐かし学校体験が頓挫していまう。
どうしたものか……。
『チャッピーさん教室はこっちですよ』
聞こえたのは馴染みの声。チャッピーが振り向いた視線の先に居たのは若葉さんだった。
『おお若葉!』
『若葉さんはこの子と知り合いなんですか?』
『ええ、私と同じ、最近転校してきたから仲良くなったんです』
『同じなのか? てんこうがか!』
若葉さんとチャッピーは初対面ではない。
金塊採掘の後、チャッピー像を相沢家に送ったその後日。お礼にと由紀ちゃんと一緒にうちのアパートに訪問していたからだ。
『さあチャッピーさん行きましょう』
『わかった』
『チャッピーって本名なのかい……? 最近の若いもんは子供を犬か猫と勘違いしてやせんか……』
済みません、本当に犬なんです。
とまあこういった経緯でチャッピーは哀れ、若葉さんに捕捉されてしまったのだ。
「急に黙り込んでどうしたの、お客さんよ」
接客しつつの脳内通信は難しそうだなあ。




