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安アパートと宇宙船  作者: 世も据え置き
第二章 宇宙船は便利なのか?
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第一話   俺氏、店内で宇宙人を 

  

「主」

「うおう!」

 非日常は唐突に戻ってきた。

 その日はあの夜から七日後の昼、俺の仕事場でのことだった。

「あ、あう……あの、ハロー?」

「記憶の洗浄が効きすぎたようですね」

 さらりと怖いことを言う目の前の少女。

 こいつは絶世を超えてビリオネア的時間の超越が必要な。つまりコズミック美少女である、

「なるほ……さん?」

「この短期間で妙によそよそしくなりましたね」

 いやね。あの異空間でであったらね、まだ非現実感がね、あなたの存在を中和していたわけで……こんな昼間から美少女に声を掛けられるのは照れるわけで……。

「もう完成しましたから報告と迎えに来ました」

 簡潔! なんか久しぶり!

 

「そ、そうなんですか。わざわざありがとうございます」

 成穂が呆れて溜息を吐いた気がしたが本当に気のせいだった。

「それで此処はどういう店なのですか?」

 だって成穂さんは周囲の様子に気もそぞろでしたから。

「おのぼりさんめ。ふふん、聞いて驚け。ここはアダルトショップだよ」

 何を隠そう、今俺は乾電池でウインウイン動くおもちゃが詰まったダンボールを運んでいる最中だったのだ。

「なるほど。非常に原始的な細胞分裂で増える生命と呼ぶのもおこがましい存在が増殖する行為を独りで無為に行う為の補助をする道具類を販売しているのですね。あまりに『無』過ぎて私の調査範囲から外れておりました」

 うっわーこの宇宙人辛辣ぅー。

「何故眼球と呼ばれる器官から液体を流しているのですか」

「漢のこれは汗さ!」

 この子質問にもクエスチョンマーク付けないね。いいんだけどね。

「それで、周りのオス達は何故固まっているのですか?」

 あれ付いた。

「ああそれはね……女の子がこんな所に急に現れたからだよ」

 本当に突然現れたからね。便器すらなかった。

 いやあれは挨拶だと勘違いしていたのだったか。どんなどこの挨拶だよ。

「そうなんですか」

「そうなんですよ」


 ふふふ。しかしこの優越感たるやどうだ。

 アダルトショップで親しく女性と会話する。しかも超絶美少女だ。

 ごめんな。俺はもうお前らとは一緒じゃあいられないんだ。

 でも祝福してくれよなっ。俺達は同じおかずを共有した兄弟なんだから……。ふへへぇやったぜ。

  

「周囲の人間の心拍値が危険域を超えていますがそれが原因なのでしょうか」

 そうかそんなに悲しいのか。それとも嬉しいのかな? アダルトショップにいる女性って、なんかこう、くるものがあるよね。

「ってなんか不味い!」

 俺のシックスセンスが発動して周囲の状況をなんとなく把握する。

 

 周囲の男達は固まったまま成穂から目を離そうとしない。それは異常な光景だった。

 だって俺ならおかずを探している場に美少女が現れたら慌てるもの。だって恥ずかしいじゃん。

 でもってこっそり横目で堪能するんだ。アダルトグッズを見てはキャーキャー言ってる女の子をね。

 まあ大抵は彼氏連れなんだけどね、シね。

 

 しかし現在の、昼からアダルトショップに通う駄目人間達は成穂をガン見である。漢だぜ。

 いや違う。目を離そうとしても離せないのだ。成穂の人外の美貌に、精神に楔が打たれたかのように。

 その興奮から次第に、顔が赤から青に移り変わっていく漢達。これは不味いのではないだろうか。

「そこの彼は後16秒で心停止しますね」

 いけない、これは発狂を通り越した即死イベントだ!

「退避!」

 俺はダンボールを放り出して、代わりに成穂を担いで急いでスタッフルームに駆け込む。

 や、やわらけえ……しかもすっごくかるーいぃ……へえぇぇ、女の子の体ってこんななんだあ。

 

「あ、危なかった……」

 俺はトリップしながらドアを後ろ手に締めた。

 扉に耳を当てると男達の呻き声と激しい呼吸音が聞こえ始めた。

 どうやら金縛りからは脱したようだ。というか呼吸もしていなかったのか……危険すぎるなこの女。

「あらどうしたのブベラッ」

 ひょっこりレジから顔を出した店長を咄嗟に殴ってしまった……どうしよう。

 犯行に使われた鈍器は今、俺の手の中でウインウインと泣いている。

「なにするのよぉう! あんた給料減らすわよ!」

「申し訳ない店長、焦っている時に急に顔を見せるものだから」

 プンプンと可愛くない仕草で周囲のSAN値を下げ続けているのはこの店の店長。通称店長だ。

「もう仕方ないわね、あなたに免じて許してあ・げ・る」


 こんな田舎町ではこういう類の人種は珍しい。

 だからこそなかなかいい賃金を提示していたこの店が人手不足で、それを見つけた俺の食い扶持を提供してくれていると思えば店長のキャラは有難いものなのだ。

 ホモとかおかまとかに疎いのでよく分からないが、時折お尻を触ってくるのはキャラ作りの一環だと思う。そう思いたい。

 

「どうしたそんなに慌てちゃって……あら、あらあらあらら」

「この特異な生物は染色体異常種ですか」

 成穂さん止めなされ止めなされ。ポリコレ棒で袋叩きにあいますぞ。

「かわいい~ん‼ どうしたのこの子ぉ、さらって来たのぉ?」

 俺がさらわれた方なんですがね。

「親戚の子です」

 いやないな、言ってる俺がないな。誰が信じるっていうんだ、こんな人種どころか在り方自体違うだろうと思われる存在が親戚って。

「うふふ……信じてあげるっ。これで借り三十七つ目ねっ」

「えっ」

「゛いんや~しかし可愛いわ~ん……お店の男達には目に毒だったでしょ~ん」

 目に毒というか劇薬でしたね、っていうか37? あれ? なに数えてるの? 俺なにかされるの?」

「あなたは私の存在に疑問を持たないのですね」

「疑問に思ってるわよ~んだってこんなに可愛いんだも~ん」

 成穂の言っている『疑問』と、店長が考えている疑問とは意味が違うのだ。

 

 おそらくそれは見る者に生命の根幹に関わる疑問を投げかけるのだろう。

 絶対的な美に対する己の性欲の矮小さと、遺伝子に刻まれた優勢種の頂点への畏怖。

 完成された美には何物も干渉できないという突然突き付けられた矛盾。

 それが魂と呼ばれる何かを捻じるのだ。

 

「まあそれはそうとしてどうするかな?」

「あらなにがぁ~?」

 生命の断りから外れた店長が暢気な声を上げる。

「こいつですよ。見た客が泡吹いて倒れちゃって」

 まあ嘘はついていないだろう。

「そりゃこんなに奇麗だとね~色々大変なのよね~」

 何故そこで同意なのだろう。

「取り敢えずはほれ」

「あ」

 成穂に俺の眼鏡を掛けてみた。あの日視力が回復してからは伊達眼鏡だ。

 いきなり眼鏡が要らなくなるというのも変なので、断腸の思いでレンズをぶち抜いたのだ。

 ああこれでまた目が悪くなったらどうしよう。セロテープでくっつくかな。

「……」

「あっっっら~~~」

 どっかの宗教に入信してしまった店長は置いておくとして、置物のように大人しくしている成穂に尋ねた。

「どうだ? 痛くないか?」

「少しぶかぶかしていますが許容範囲です……修正しました」

 小顔の成穂にぴったりとフィットした眼鏡を掛けた美少女がそこに居た。

 セロテープではもうどうしようもないな。

「あっら~~~いいわ~眼鏡少女っ。知的な感じが素敵ね~~」

「うーん……まだ弱いな」

「そうねえ~髪がね~~素敵すぎるのよね~」

 そうなのだ。

 薄暗いスタッフルームにおいても光り輝く様を幻視させる、その特徴的過ぎる虹色に映る銀髪は、どう見てもやばい。可愛い好き。

 

「これでどうでしょうか」

「おおう」

「あららららあっら~」

 なんと見る間に成穂の髪が黒く染まっていく。目の色もそれに合わせて黒い視線をこちらに寄こす。

 濡烏の髪に黒真珠の目。それもまた、美の極致だった。

 だが見つめ続けていると物理的に吸い込まれそうではあるが、前よりは大分ましになった。好き。

「いいね!」

「いいわぁあ~大和撫子ねぇ」

 髪が黒けりゃ大和撫子なのか、っていうか店長はいったい何歳なんだ? 化粧が濃くて分からない年齢不詳の雇い主は無視することにした。

「しかし眼鏡系根暗美少女を奇麗にするというギャルゲー展開の、その逆を体験することになるとはありがとうございます」

「どういたしまして」


 *


 店内に通じる扉に再び耳を当てる。

「なんかう~う~言ってる」

 どうやら先程の客達はこのスタッフルームの前に居座ったままのようだ。きっと何かに感染してしまったのだろう。彼らはもう美少女に飢え続けるゾンビになってしまったのだ。

「……どうしよう」

「問題ありません」

 そう成穂が言うが早いか扉の向こうから聞こえてきた唸り声が収まった。なんか「帰ってシコらなきゃ」とか言ってる。

「どういうこと?」

「記憶を弄りました」

「ええ⁉ 扉の向こうなのに?」

「距離に意味はありません」

 そういうことらしい。

 哀れ、一度死にかけゾンビになった彼らは、それらを忘れ一路それぞれの目的地に向かう。一人は自宅に、一人は満喫に。その胸の奥に沈んだ美少女の残滓をおかずに使うために。

 

「あらお客さん帰っちゃったみたいね」

「すみません店長」

 取り敢えず謝る。身内が原因で売り上げを落としてしまったのだから。

 しかし身内……ぬふふふ、美少女の身内がそう、俺だ。

「なんであんたが謝るのよぉ~」

「あっはいそっすね」

「何よその軽いノリ~」

 いかんいかん、アレを見てからつい真似してしまう。

「すみません。それじゃあ俺は陳列の続きをしますんで」

「ちょっとぉ、成穂ちゃんはどうするのよぉ」

「主、改装が終了しました」

「君はマイペースだね」


 しかしどうしよう。俺は今仕事中だ。家で留守番でもさせるか?

「じゃあ成穂ちゃんにはレジ打ちしてもらおうかしら~」

「それはなんの罰ゲームですか?」

 アダルトショップで女の子か会計しているなんて……いや喜ぶやつも多いか……いやいやしかし。

「いいじゃな~い、給料もちゃんと出すわよ! もろちんボーナスも出しちゃうぅ」

「よろしくお願いします。ほら成穂も頭下げて」

「よろしくお願い致します」

 やったぜ臨時収入だ。

 なに外道だ、紐野郎だ、だって? 宇宙人に日本の貨幣なんて必要ないだろう。

 まあ今日は牛丼屋で奢ってやるくらいはしてやろうかな。

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