第四話 俺氏、四千円を使う③
その後、軌道修正した俺達は、目的の好感度アップアイテムを探す体のデートを再開した。再開してくれ。
ぶらぶら街を歩いているとさほど時間も掛からずに、いい感じのケーキ屋さんを見つけた。
そこでちょっと高めのクッキーを見繕う。これで当初の目的の由紀ちゃん達への仲直りの贈り物は手に入った。
もうあっさり行き過ぎて、成穂さんが何かしているのかと疑ってしまう。
いやいやトラブル以外は俺の物、トラブルは成穂さんの物。おーけー?
「以前、彼女達が提示した雑誌の、話題の店に誘導しました」
すみませんでしたありがとうございます。
ともかくこれで目的地は無くなった。さてこれからどうしようか?
――リーン――
「主、あれは何でしょうか?」
「ん?」
そんな時。知っていることは何でも知っているを自称しそうな成穂さんが、珍しく俺にものを聞いてきた。
「あれってなんだ?」
「あれです」
成穂さんが指さす方を見るとそこにはあるものが、涼し気な音を道行く人に投げかけていた。
「ああこれは風鈴だな。こんな季節なのに置いてあるなんてな。ああ売り物じゃないのか」
成穂さんの後を追うように近づいたのは小さな店だった。
市街地の都市開発から取り残されたような木造の店はしかし、洋風なしつらえもあって、この新しい店だらけの街並みにもしっかり馴染んでいる。
開け放たれた店の扉に結わえられた風鈴はおそらく来客を知らせるベルの代わりなのだろう。
時折風に揺られ、ガラスを打ち合わせて澄んだ音を鳴らしていた。
「風鈴とは意味があるのでしょうか?」
「何言ってるんだ。暑い日に聞く風鈴は気持ちいいんだぞ」
「何故ですか?」
「何故って言われてもなあ……氷の音っぽいからかな? それで涼しく感じる」
「それで涼しさを感じるというのを私は理解できません」
「そういうもんなの」
成穂さんは納得がいかないのか小首を傾げている。可愛い。
「しょうがないな、それならちょっと待ってな」
俺はお店へと足を踏み入れた。
「ほら、売ってもらえたぞ」
「これは……」
「風鈴だよ」
お店の人に説明すると、交渉するまでもなく売り物であった。売れ残りを使っていたらしい。割れる前に売れてよかったと笑いながら言われた。いやならドアベル代わりに使うなと言いたい。
そしてお金を払った後、扉に括られていた風鈴を渡したというわけだ。
受け取ったそれをじっと見つめた後、成穂さんは、
「……ありがとうございます」
そう呟くと腕を揺らした。
リンと澄んだ季節外れの音色はなんだか、晴れ渡った冬空に合っていて。時折風に揺られた成穂さんの黒髪が、虹色に輝いた美しさに音が付いたようで。
簡単に言えば成穂さんによく似合っていた。
***
その後の顛末を話す。
場所はあの豪勢な女子会部屋である。そこに何時もの三人組と撫子さんが集まっていた。
結論から申しますと、クッキーは四人に無事受け取ってもらえました。俺の土下座のおまけ付きです。
成穂さんチョイスの効果は凄かったようで、何時も並んでいて買えなかったと口々に言っていたのが印象だった。休日に普通に買えたけどなあ。
しかし土下座は要らないとすげなく返品。足で踏んでもらえるかもと期待していた俺が馬鹿だった。……ちぇ。
そして問題の〝自称女子だけ女子会〟の時の記憶を、それとなく尋ねてみた。
しかしと言うべきか、やっぱりと言うべきか。女子会に俺が図々しく乱入してセクハラをした、ということになっていた。事実だけど! 真実なんだけど……やっぱつれえわ。
「わん」
チャッピーは裏切り者だから何もあげませんはい。お前も雄なのに……うぐぅ。
「あのジュエリーショップで横領事件があったんだってー」
「へー。でもあそこ高い物ばっかりで買ったことないから」
「撫子さんお金持ちなのに意外です……」
「もう弥生ちゃん、家はそんな大したものじゃないよ。ね、静ちゃん」
「そうだねー、お姉ちゃん何時も変なものにお金使っちゃうから」
「な、ななななに言ってるのよこの子ったらア、アハハハハ……」
踏んでくれないかなーと土下座しながら待っていると、何時の間にかお詫びの品をおやつに、女子会が始まっていた。
しかしあの宝石店の店長上手くいかなかったようだ。てっきりブラックマーケット的なものと繋がっているかと思ったが……まあ現実はこんなものだ。
しかしあの無数のネックレスはどうしたものか。あれから俺達のことがばれてしまうではないか。
「問題ありません」
女子会に参加していた成穂さんが唐突に言い放った。
「なになにどうしたの成穂姉さま?」
「いえ、私達には問題ない話だということです」
「まあねえ……ああー私も可愛いネックレスとか欲しいよー」
なるほど杞憂なようだ。成穂さんは俺に関係がないところでは情報操作はばりばり使う方針らしいがそれでいいのか? まあいいや。
しかし成穂さんが話題を逸らすなんて行為が出来るとは……ふふっ、成長してるじゃねーか。
「それならばこのネックレ――」
「ちょいちょいちょーーーーい!」
あぶねえーー、なに素知らぬ顔であの高級ネックレスだそうとしてんすかー、あー感心して損したーー。
「……」
「まだ居たんですかおじさん」
「あの、そろそろ頭を上げられては……」
「すみませんお茶のお代わりありませんか?」
「あの、クッキー有難うございます。それで……その……」
「わん」
前から順に、成穂さん、由紀ちゃん、弥生ちゃん、静流ちゃん、撫子さんの言葉だ。ん? チャッピー? 知らんなあ。
成穂さんがお茶のお代わりを入れようと席を立つと、由紀ちゃんが手伝うと言い出し、結局皆がキッチンへと向かった。
残ったのは土下座を続ける俺と犬だ。
「わん」
「お前へのお土産はないってーの」
しかしこの部屋に疑問を持たないのは不思議なものだ。キッチン、トイレ、バス付きの広さであるにも関わらず、あのアパートの一室として疑問に思うことなく利用している。
成穂さん曰く、記憶を消しているのではなく、認識を誤解させているのだそうだ。
記憶操作をしない宣言とは一体……まあ宣言はしていないな。
だがあの大人数では四畳半では狭い。女子会専用部屋として有難く使わせてもらおう。使うのは俺ではないがな。くやしい。
「わん」
お前でもないがな。
しかし成穂さんがあんな自然にネックレスを出したのは驚いた。宝石店の店長はしくじったが、これは新しい金策に使えるのではないだろうか?
装飾品などは足が付きやすいが……むむむ、これは金策パート2の予感がするぜ。
「わん」
「……戻るか」
土下座モードを解除した俺は、あの四畳半の部屋に帰還すべく歩き出す。
キッチンからはキャッキャウフフな声が聞こえてくる。
その声に成穂さんが混じているかは分からないが、きっと気持ちは同じだろう。
「わん」
「……お前も付いてきたのか」
「お帰りなさい」
さきほど豪華なキッチンでお茶の準備をしていたはずの成穂さんは、素知らぬ顔で我が家の、つまり安アパートの台所でお茶を淹れていた。もちろんうちのはお徳用豆入り番茶だ。
――リーン――
音に釣られて窓を見る。
そこには季節外れの風鈴が、風もないのに楽しそうに揺れていた。




