第四話 俺氏、四千円を使う①
「それではお客様、気を付けてお帰り下さい」
「はい?」
声に釣られて顔を下げると、そこには身ぎれいな恰好をした男女が、こちらにお辞儀をしていた。
「どうも」
隣を見ると。
「成穂さん‼」
「はい」
成穂さんだ、成穂さんが居た!
周りを慌てて確認すると、あの宝石店だ。今風に言うとジュエリーショップだ!
「か、帰って来たのか……」
膝に力が入らず、俺はその場で崩れ落ちた。
「お、お客様っ! 大丈夫ですか」
「あ、いえすんません。大丈夫です、すぐ立ちますんで」
周りの様子を見るとほとんど時間が経っていないようだった。
壁に掛けられた時計を見つける。この店に入ってから三十分も経過していなかった。
「……半日は彷徨っていた気がしたんだけど」
「あの……本当に大丈夫ですか? 良ければ奥で休んで頂いても……」
「あ、いや本当に大丈夫なんで……」
おっとっと。お店の人に迷惑を掛けてはいけない。休むなら店を出てからにしよう。
「本当に、本当に大丈夫ですか? 遠慮せずに休んでいって下さいな、さあさあっ」
「いえ、本当に……」
なんか押しが強いな。
目の前で心配そうにしているのは、おそらくこの店の偉い人なのだろう。七三分けのきっちりした髪型の中年男性だ。
隣でお辞儀をしていた店員は、あの世界に迷い込む前に接客をしてくれた女性店員だった。
その彼女は男性の腰の低さに戸惑っている様に見える。
成穂さんが何かしたのか?
「さあさあ是非!」
「えーと……失礼しましたーー」
俺は成穂さんの手を掴んでお暇することにした。要するに逃げ出した、ということです。
*
「ふう……」
道の中央に植えられた並木を囲む、ベンチの一つに腰かけて一休み。
「じゃねえ!」
「?」
「いやいやいやいや、そんな『どうしたの?』みたいな顔しても誤魔化されねえから!」
俺がツッコミを入れているのはもちろん成穂さんだ。
ちなみに「どうしたの?」みたいな顔と言っても真顔だ。いやちょっと首を傾げた感があった、たぶんあった。
「どうしたのですか」
「どうしたもこうしたもあれなんだよ、あれラブホじゃなくてホテルでもなくて偽ホテル、あと森!」
「異世界です」
「はい簡潔ーーっ!」
謎の異世界から帰還して数分後である、俺のテンションはマックスだ。
「暇そうで、かつ異世界を希望していたので最寄りの場所にお連れしました」
「最寄りかー最寄りの異世界があれかー」
地球から、いやこの宇宙から? の異世界があれってちょっとショック。もしも本当に異世界転生した奴が近場に居るとしたら、あの世界に行く可能性がある、しかも高い確率で、なわけだ。
一つ夢が壊れた気分。いや異世界があったのは嬉しいが……いやしかし、嬉しいか?
「であれは一体何なんだったんだ?」
「あれは毛です」
「毛? あの偽ホテルが?」
「あれは生殖器です」
「……え?」
「飛行する生物の生殖器です。名前はありません。あのように対象に生殖器を突き刺して瘤のように――」
「ちょ、ちょっと待って」
「何か」
「……あの偽ホテルが生殖器ってのもあれだけど……毛って……もしかしてあの森?」
「森です」
ああああああああああああああああ、おかーさーん、おかーさーん……カレーが食べ――
「普通です」
……そうだね普通だね。そういう世界だったんだね。なんか一瞬首にチクってした気がしたけど普通だった。
「しかし……森だと思っていた所がねえ……」
巨大な生き物の背中で、更には空飛ぶ巨大な生き物とニャンニャンしている最中に出くわすとは……。
ああなるほど。空が見えなくて暗かったのはあの森、もとい毛だけのせいではなく、空にあの長いアレを垂らしていた奴が居たせいでもあったのか。
「じゃあ異世界とは言っても、俺は生き物の背中に居ただけだったのか」
よかった。エルフな異世界への夢はまだ潰えたわけではないのだ。
「あれで一つの惑星です」
「え」
「あの世界では何処へ行こうとあの景色です」
「……そう」
夢は潰えた。地球の最寄りの異世界は巨大すぎる生き物の背中で決定です。




