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安アパートと宇宙船  作者: 世も据え置き
第六章 宇宙船はデートしたい
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第三話   俺氏、異世界転移する③

 

 ***

 

「……おかしい」

 どれだけ進んだだろうか?

 俺はずっと建物の壁に手を当てて進んでいた。角に行きあたって曲がったのは最初の一度きり。しかもそれは大体三十分も前の話だ。

いやもっと前だったのかもしれない。

 それなのに一向に次の角が出てこない。いったいどれだけ巨大なホテルなのだろう。

 そして異常なことにもう一つ気付いた。気づいてしまった。

「窓の明かりが消えている部屋がない……」

 ずーっと今まで窓の明かりを頼りに、そしてこの深い森の中での人類の英知、文明の利器の存在として心強く感じていたが。

「いくら何でもおかしいよな」

 これだけ大きなホテルなのだ。普通なら準備や空き部屋で、人が入っていない個室もあっていいはずだというのに。

 見たすべての部屋に明かりが付いている。

 それが無性に怖い。

「気にするな気にするな」

 気付いてしまうと一気に先程まで温かさすら感じていた明かりが、まるで俺を監視しているような気がしてくる。


「早く、早く誰か……誰か来てくれ助けてくれ」

 なんてことなのだろう。

 異世界を望んだ結果が、まさかこんなことになるなんて。

 

「くそ……チートさえあれば俺も――」

 異変は突然訪れた。

 

「ななななな」

 地面が揺れだしたのだ。

「で、でかいぞ!」

 慌てて体を支えるため触れていた壁に寄り掛かる」

 その途端、身体に感じる振動の激しさが増す。

 

「おっわわわあ‼」

 その揺れに耐えきれなくなり壁に弾かれるように転倒してしまう。

「くそぅ、一体なんなんだよおぅ」

 見上げるとホテルが不気味な音を立てて振動している。

 窓という窓が、その明かりが、奇妙な色で発光し、明滅し、歪んだ光を森に振りまいている。

 

「……あ」

 ここで俺はようやく確信した。

 これは只のホテルではないと。

「高級ラブホテルだったのか!」

 

 今はまだ存在しているのだろうか。回転するベッド。まだあるのだろうか、ミラーボール。

 バブルの時代は何もかも煌びやか、いや成金みたいにギラギラさせていたなあ。

 

「ってそんなことを考えてる場合じゃねえッ」

 揺れはさらに酷くなっている。窓から放たれる光も、どこぞのウェーイ系が行く店みたいに乱舞してスポットライトみたいになっている。

 ホテルと地面の間には、揺れによって大きな溝が、まるで崖の様に開きだした。

 

 俺は転がるようにその場から離れるしかなかった。揺れで立っていられないのだ。

「んなああ……」

 俺はその光景に息を呑んだ。

 ホテル? らしきものがぐねぐねと暴れている。

 触った時の硬さなどみじんも感じさせないその動きは、まるでミミズの蠕動運動のようだ。

 

「……」

 世界が突然静止した。静寂が辺りを包む。

 窓が、窓が。突然。こちらを見た。

 見たというのは正確ではないだろう。だが間違いなくそうなのだ。

「あああ……」

 窓という窓が俺が倒れている壁に、集まったのだ。一瞬で。

 

 大小さまざま、色も、脈動も、一つとして同じものはない丸い窓が、俺をじっと見つめている。

 もう認めよう。これは窓ではない。

「目……だ……」

 その恐怖に俺はおかーさーん。

「お金はこれだけしかなくて……とんでも何も出ないですホラッホラッ」


 それの時の俺は錯乱していたのだと思う。

 しかしその行動が俺を救うことになった。

 忘れていた、俺の唯一のチートが。

 

 ――チャリン――

 

 ポケットで金属音がした俺は大いに焦った。

 それはそうだ。お金がないと言っていたカツアゲ対象から金属音がしたら、それは嘘を吐いたと思われるのだから。ボコボコにされますよそりゃあ。

「これは違うんです違うんです、隠していたわけじゃなくて今出しますーー!」

 

 普段使っていないはずのポケットから慌てて取り出したのは。

「あれ?」

 成穂さんから預かっていたネックレスの複製だった。

 

 ――クゥゥゥゥゥ――

 

 突然、小さなお腹のなった音を数百倍にした、と言えば近いだろうか。そんな音が森じゅうに木霊する。

「なあんだぁ‼」

 思わず耳を塞ぎしゃがみ込んだ。小さいのに大きな音というのは思いのほか人頭を混乱させるようだ。

 しかしその行動は正解だったようだ。

 ゴゴゴゴゴと地面が鳴り始めたかと思うと揺れ始め、身体を揺さぶり始めたのだ。

「た、たしけてー」

 周囲を照らしていた光に異変を感じ、俯いていた頭を上げる。

 見れば先程まで自分を照らしていた窓という窓が、壁を這う虫の様に一斉に散っていく。

 謎のホテル、いや偽ホテルは一度震えると、轟音を響かせながら、上へと伸びる。堅かった筈の壁面は丸でゴムの様に伸び、しなり、背伸びをするように伸び始める。

 唖然と見上げていると、突如地面が破裂した。

 声にならない叫び声を上げながら地面を転がる俺。もう何が何だか分からない。

 

 その後。偽ホテルが空へと飛び立っていったと分かったのは、目の前に巨大な穴を残して、それが消え去ったのを確認してからだった。

 

 *

 

「……一体何だったんだ?」

 ラブホにカツアゲされるという状況から一転。目の前には巨大な穴である。あまりに巨大で向こう側が見えないが、あのラブホテルが埋まっていたなら四角い穴になっているだろう。崖のようになっている穴を覗き込みたい誘惑に駆られるが、止めておいた方がいいだろう。深さがどれぐらいなのか、考えるだけで恐ろしい。

 

 見上げると、空が見えた。星が瞬く夜空だった。

 空が見えたのは、森に巨大な穴が開いたから。すなわちあの偽ホテルが建っていた分だけ、森が開かれたというわけだ。

 穴の向こう側にあるはずの森が暗くて見えないぐらい、大きな空間が広がっている。

「あ、異世界だわここ」

 ホテルがあった空間から見上げる夜空には、月が二つ寄り添うように浮かんでいるのだった。

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