第二話 俺氏、女子会に夢抱く②
「たっだいまー」
「わん」
大声で帰宅を告げて扉を開ける。靴を脱ぐ。だがまだだ、まだこれからが本番だ。
「お帰りなさいませ」
俺は意を決して服に手を――
「あれ?」
そこには台所に立つ成穂さんと、がらんとした四畳半の部屋だった。
皆トイレかな? そんなわけないな。
「……」
「わん」
……どうやら犯罪者にならずに済んだようだ。
なにが自分の部屋だ。騒がれたらそのまま警察のお世話じゃないか。
ふー……落ち着け俺。ちょっと興奮しすぎたようだ。全裸になることを考えただけでリミッターを解除しかけてしまうとは。俺もまだまだ若いな。
気を取り直して。
「成穂さん、お友達は来なかったのかな?」
「私の本体の方にお迎えしています」
「ふーん……」
本体にねえ……本体?
「ってぅおーーーい‼」
成穂さんの本体って宇宙船じゃないか!
「機動艦です」
あそうでした、じゃなくてだな。
「いやそういうのって秘密にしとかなきゃ駄目だろう!」
「わん」
そうそう。そういうのは秘密にしておいて他者とは違う優越感に浸るのが鉄則だ。
例外は身内と認めた相手だけで、その秘密を知った人物は「素敵、抱いて」となって好感度が爆上がり、という寸法だ。その秘中の秘をまさか秘密自身がばらしてしまうとは予想外。
「わん」
「お前は犬だからいいんだよ。なんだよ犬の好感度って、マックスになるとここ掘れワンワンでもしてくれるのか?」
そんなことはどうでもいい。問題は由紀ちゃん達だ。
彼女達は身内と言うにはまだ……そういうのはまだ早いし……心の準備が、ねえ。
「問題ありません」
「いやでもまだ早いっていうか、照れるっていうかー」
「そうではありません」
由紀ちゃん達が身内かそうでないかの話ではないらしい。
「これを」
成穂さんが夕飯の支度の手を止めて指し示したのは、押入れだった。
「……扉だな。しかもえらく高そうな」
そこは以前は宇宙船の鉄製の扉のあった場所だった。
しかし今は違う。そこにあるのは木製のレトロな扉だった。
おそらくべニヤではない一枚板。ノブは真鍮製で鈍く光っている。向こう側が社長室だと言われても納得しそうな佇まいだ。
「この扉は?」
「わん」
馬鹿、高そうなんだからカリカリ引っ掻くな。
「私の本体に繋がっていて私室ということにしています」
「なるほど」
つまり宇宙船であるとばれる事なく大人数を歓待出来ると……。
「いや無理があるだろ」
四畳半のアパートの押入れにこんな扉があるわけないだろ。というか俺の部屋は角部屋だから、押入れの収納空間の向こうは外だ。
「改築ということで通しました」
「そう……」
まあいいか、こういう時は押し通したもの勝ちだしな。いちいち確認もしないだろうし。
「今からお風呂ですか」
その一言で俺は未だに半脱ぎの状態であったことを思い出す。
脱ぎ掛けていた服を元に戻すと、落ち着くために深呼吸をする。本当に早まらなくて良かった。
どうやら俺は浮かれていたようだ。例えるなら、家に妹の友達が遊びに来た時のそういう感じ。妹居ないけど。
しかし何故今日に限って? 由紀ちゃん達が遊びに来るのは何時ものこと。
違いと言ったら由紀ちゃんの友達の静流ちゃんのお姉さんの撫子さんが居るくらいだ。いやまあ確かに美人だし、齢も大学生らしいし犯罪にはならないし。
いやいや俺には成穂さんという運命の人が居るではないか。ごめんよ皆。俺には待っている人(宇宙人)が――
「わん」
足元には未だ扉をカリカリとやっている馬鹿犬が居る。
こいつかー。
そうだよこいつに俺はそそのかされたんだよ。いつもこれ見よがしに裸で居やがって。くそう羨ましい。
「あれ? そういえば成穂さんは由紀ちゃん達と一緒に居なくていいのか?」
一旦席を外すという事もあるだろうが、その割にはのんびりしている。
今も鍋をかき回しているところだ。
「一緒に居ます」
「いや、今――」
「彼女達は私の中に居ます」
俺はなんだか途轍もない不安感に襲われた。
そうだ。俺はあの宇宙船に入ってろくでもない体験をしてきたのだ。
成穂さんには悪気は無いのだろう。しかし人類と宇宙人の間には知性や知識では測れない途轍もない溝がある。
常識だ。
それは例えるなら金持ちと貧乏人の金銭感覚の違いに似ている。
貧乏人が毎日一杯の缶コーヒーを楽しみにしている一方。金持ちは毎日一杯の溶かした金を楽しみにしているようなものだ。
「人は溶けた金は飲みません」
心の声にツッコミを入れるな。言葉のあやだあや。
「心配になって来た」
「私も日々、情報を修正しています」
「わん」
うるさいチャッピー。今俺はどうにか女子会に乱入する口実を探している……そうだ。
「あ」
「わん」
俺は自然に扉のノブを回す。すると出来た隙間にチャッピーはするりと身体を潜り込ませた。
よしチャッピーよし。
「すまん、つい不注意に扉を開けてチャッピーを入れてしまった。ちょっと捕まえてくる。
成穂さんの返事を待たず、チャッピーに続いて扉をくぐる。
よし、計画通りだ。
「女子会を主も楽しんで下さい」
扉が閉まる瞬間。そんな言葉が聞こえた。




