第一話 俺氏、便秘になる①
「うんこが二週間ない」
「セクハラですか推定有罪ですね」
「辛辣!」
最近の成穂さんは日本の細やかな文化風習を学んだのか、随分ツッコミに切れが増してきていた。
何時ものアダルトショップのレジで、俺達は雑談をしつつ仕事をする。そんな昼下がり。
「最近変なんだよ。いや体調はすこぶる良いよ。でもおしっこも水みたいに薄いし、どれだけ我慢しても辛くならないし。これって膀胱炎?」
そう最近変なのだ。
いや分かっている。分かっているのだ。なんか俺の身体が弄られているのかな~なんて気もしていたのだ。
眼鏡も必要なくなったし、歯も詰められていた銀歯が無くなり虫歯も完治。親知らずも治り口臭ともおさらばしている。それは有難い。それだけならば治療の範疇であるし良いこと尽くめだ。
しかし排便の快楽がないのが目下の悩みなのだ。繰り返す。排便は快楽だ。
「やっぱり便秘?」
「主は排泄を必要としません」
「……何気に凄いこと言ったよね、今」
あー言っちゃった。聞いちゃったよ。これは改造人間案件ですわ。
「排泄とは不完全な生命体のみが行う、不必要な習性です。我が主には不必要と判断し、必要としないよう再構成しました」
ああ……成穂さんのこの宇宙人ライクな考え方には毎度苦労させられる。
「取り敢えずあんまり女の子が排泄排泄言わないように。特殊な性癖のお客さんが前屈みになっているから」
「主から振った話題です」
そうでした。
店内を見ると前屈みになった客がちらほら居た。
成穂さんがこの店にバイトで立つようになって、売り上げが格段に上がったのだ。
彼女がバイトを上がる度に客に記憶改ざんを行っているらしいが、それでもリピーターが増え続けた。
結果こうして平日の昼にも関わらず、成穂さん目当ての客が店内をうろついているのだ。
う~んげに恐るべきかな、人間の本能よ。
成穂さんが初めてこの店を手伝った当初よりは落ち着いたが、青髭と筋骨隆々な店長曰く「先月初めて黒字になったわ」と喜ぶべきか恐怖すべきか迷うことを真顔で言われた。
まあ俺がこうして無職ではないのが成穂さんのお陰なのは間違いないという訳だ。
キイという金属を引っ掻いた音が店内に響いた。
これは雑居ビルの一画にある古びた扉の開く音。つまり新しい客が来た合図だ。
「いらっしゃいませ」
成穂さんはこうして来店する客に律義に挨拶する。
始めはお客が尻込みするから止めるように言っていたのだが、客の方から「どうして挨拶してくれないのか」と陳情が入ったため、成穂さんだけは挨拶するようになった。
恥ずかしさよりも、アダルトショップで美少女に声を掛けられるという背徳的な快感を優先したということだ。うん気持ち悪いね。いや判ってしまう俺も同類だった。
「っ」
今入ってきた客が息を呑む気配が伝わってきて、ついそちらに視線を移す。
「……なんで女の子が……」
高城撫子さんだった。来店二度目、ご贔屓ありがとうございます。
「しかもあの子、あの時の……」
耳をそばだてると彼女の呟きが聞こえた。どうやら成穂さんが以前フリマで俺と一緒に居たことを思い出したようだ。
ちなみに彼女の住居でのなんたら依存体のことは、成穂さんに記憶から消去させてもらっている。不法侵入だったからね。
彼女はこちらを気にしつつ商品棚の陰へと向かい見えなくなった。
うーんなんだかやりずらい。あんな事件があった後で、しかも彼女の趣味をこっちは知ってしまっているのだ。
まあアダルトショップで再会したというのが一番気まずいが。
まてよ。もしかしたら彼女も、あの事件のことを記憶の残滓として覚えていて、貝をそういった道具に使うことが危険であると、無意識のうちに感じているのかもしれない。
その結果がこの店への来店であるとしたならば、ああなんて数奇な運命、出会いなのだろう。これは間違いなく赤い糸で結ばれているのでは――
「主、客です」
「あ、あるじっぃ⁉」
妄想に浸っていると何時の間にやら脳内ヒロインを演じていた高城撫子さん本人が目の前に居ました。
しかも成穂さんの『主』呼びに愕然としている様子。
おっとっと。こういった事が起こる前の〝奴隷に主人公の呼び名を改めさせるイベント〟をするのを忘れていた。しっぱいしっぱい。
「あ、あなた……」
「いらっしゃいませ何をお探しですか?」
ここはすっとぼけ作戦でいく。
撫子さんは少しだけたじろいだ様子だったが直ぐに気丈にこう言い放った。
「あなたその子の知り合いですよね? そんな小さな子を学校にも行かせずなんて所で働かせているんですか!」
「うっ……」
今度はこちらがたじろぐ番だった。
撫子さんは趣味以外は品行方正などこかのお嬢様なのだ。
あんな高級マンションに独りで暮らしているところからしても金持ちでただ趣味が残念な常識人だったのだ。
「それはその、この子は親戚の子で……」
「だから何だと言うのですか。未成年をこんないかがわしい場所で働かせていいことにはなりません」
た、確かに。
しかしこの子は宇宙人なんだ。いや宇宙船だっけ? いやなんたら機動艦とか本人は言っていたような……なんだっけ?
「私には就学は必要ありません」
助け舟はすぐ隣に現れた。我らがトラブルメーカー成穂さんだ。
「ねえあなた、そう言うようにこの人に言われているんですよね。大丈夫だから、お姉さんが助けてあげるからね」
ああいい人や~。趣味が残念なだけで、撫子さんは義憤に駆られて成穂さんを俺から助けようとしているのだ。
「私が児童相談所に連絡を――」
「必要ありません」
か、簡潔……だが安心してはいけない。危機は去ったわけではないのだ。
周りのお客も何事かとレジの方を眺めている。不味いな、なんとか事態を収めないと。
「な、撫子さん。本人も問題ないと言っているし家庭の――」
「ななな何故私の名前をッ!」
ぐわしまった、脳内未来の家族計画の設定を引きずってしまった。
彼女はマンションでの騒動の記憶がない。つまり俺達と会ったのはフリーマーケットでのあの一度だけ。もちろん自己紹介などしていない。
「もしかして……あなたストーカーなんですか? だからこの店に先回りして……」
そんなこと出来るかい! こちとら勤続三年目だよ。
「け、警察に連絡を……」
駄目だ、彼女も突然の身バレで動揺しているらしい。マスク越しでも顔が猿のお尻並に真っ赤になっているのが分かる。そりゃあそうだな、ここアダルトショップだもんな。
なんて同情している場合ではない。
撫子さんはコートからスマホを取り出しどこかに通話しようとしている。どこであるかは言わずもがなだ。
ああどうしよう。頼みの店長は外出中。成穂さんは何も言わず俺の隣で突っ立ったままだ。
万事休す。どうせ前科一犯になるなら夜風を全身に浴びて可愛い新米婦警さんが恥ずかし――
「お姉さまーー遊びに来ましたーー‼」
救世主が現れたその時。俺は勃起していた。勃起していたのだ




