第三話 俺氏、金策どころではなくなる②
「お邪魔します!」
そう一声掛けると長い廊下を一目散に駆けた。
その廊下は間接照明で彩られ、左右にも扉が存在したが、真っすぐに進む。そこに件の女性が居ると、本能的に分かった。
突き当りの扉を開ける。
そこにはやはりあの女性が居た。しかしソファの上でぐったりと横になり、動く気配はない。
「あっ! しっかりしてください!」
俺は駆け寄りうつ伏せだった彼女を抱え上げる。その途端、甘酸っぱいいい匂いが鼻孔をくすぐる。
いかんいかん。こんな時に沈まれ俺のマイサン!
絹糸の様に流れる髪が大半を隠してはいるが、顔色は問題ない。
いや逆に高揚しているのかほんのり赤く染まり息が荒い。エロい。
いかんいかん。
「成穂さん手当は出来る?」
「可能です」
その言葉にほっとする。
生命力を巻貝に使われた、そんな人の介助の仕方など間違いなく成穂さんしか知りようがないだろう。
「変わってください」
「ああ」
成穂さんに席を譲ると、横になっている彼女の額に手を当てなにかし始めた。
あれが宇宙人的処置法なのだろう。こうやって見ると、美女と美少女が一度に目に入って二度おいしい。
余裕の出来た俺は部屋を見回す。
本当に貝が好きなのだろう。部屋の棚には色々な貝が並べられている。大きさも色も様々だが、細長い巻貝タイプが一番多い。収集家にも好みがあるというわけだ。
壁に賞状が飾ってあるのが目に付いた。
「高等学校……空手大会、準優勝。高城撫子。なでしこさんっていうのか……可憐だ」
こうして俺は偶然にも彼女の個人情報をゲットしてしまった。本当に偶然だから。
「あ、やっぱりこれが原因みたいだな」
目線を下げると、ソファに併設された大きな黒壇のテーブルの上に、奇妙な色で美しく輝くあの巻貝型兵器が置かれていた。
「触っても大丈夫……だよね?」
「問題ありません」
成穂さんに確認を入れて、そっと巻貝を持ち上げる。
「こんな奇麗な貝が兵器だなんて不思議だな」
今回の事件は俺が金に目がくらんでこれを売ってしまったことが発端だ。
彼女には悪いがこの巻貝は回収してしまおう。謝罪して、お金もちょっと減ってしまったが、残金は後で支払うことをお願いして返金しよう。
「ん……なんかこの貝濡れているな」
先の細い方を持った手に、ぬるりとした感触がある。まさかこの貝生きているのではないだろうな。
「成穂さーん、この貝って――」
「問題が発生しました」
またかよッ! と言おうとした言葉は出てこなかった。
大きな衝撃が俺を襲った。
「ぐうぅッ」
声が出ない。叩きつけられた壁は殊の外丈夫で、全ての衝撃を背中に返してきたのだ。
ガラガラと側の棚から飾られていた貝が落ちる音がする。痛みに目を開けられない。
どうした。心の中で叫ぶ。
「彼女に送った生命力が少々過剰でした。それにより溢れた私の力を利用してPP+*?>>@が顕在化。彼女を乗っ取りました」
「いつつ、乗っ取った……って……⁉」
ようやく動けるようになった俺の前には――
「#$%**オロロオロロロロオ*+}}$#オオオオ」
「ひいぅ怖い‼」
変な声を出す美女が居た。
しかし怯えていたのはそこまでだった。
「おいおい、らしくないぜえ成穂さんよお」
立ち上がり、口元の血をくいっと親指で拭って不敵な笑みを浮かべる俺。もちろん血は出ていない。
「申し訳ありません。彼女の身体を調査していた為、周囲の微弱な存在を無視していました」
っふ、成穂さんがうっかりをするのにはもう慣れたぜ。
「いいってことよ!」
握った手を前に構える。
ここからはバトル展開ってわけだ。女子供は及びじゃないぜ!
「ここからは俺の出番ってわけだ」
女性を攻撃するのは気が引けるが、撫子さんを救うためには致し方ない。そして俺には無傷で無害化する力がある。助けられた女、そして始まるロマンス……。
「通信空手の極意、見せてやるぜ‼」
*
「あ、ありがとうございます成穂様」
「どういたしまして」
殴られた頬がおたふく風邪みたいになってる。痛いよ~痛いよ~。
実践空手に通信空手の奥義は通用しませんでした。そして今、暴れていた女性は成穂さんに取り押さえられている。
「隣の旦那さんは浮気をしている庭の木を切ったのは隣人目上には注ぎ口から注いではならない」
「何言っているのこの人」
謎の力で拘束されている女性が、訳の分からないことをずっと口走っている。すごく怖い。
「ゲノム非干渉型精神依存体が私の力の残滓を利用して、操っているようです。この事案は非常に珍しいです。私が観測した似たような例は1500件程度です」
「それは多いと思うけどね……でなんでこんなこと喋ってるの」
「ゲノム非干渉型精神依存体の攻撃的習性です。意図的な誤情報を流し、対象を混乱させる手口のようですね」
なんだそりゃ。これが攻撃だって? さっき殴られたことの方がよっぽどやばいだろう。
「物理攻撃は女性自身の攻撃だったようですね」
「あ、さっし」
つまり何かい? 俺は非力な女性に投げ飛ばされて、顔面を殴られてノックアウトしたってことかい? ははは、そんな馬鹿な。
「童貞」
「どどどど童貞ちゃう……ってねえ誤情報を流すのが攻撃じゃなかったの? ねえ?」
「解析完了しました」
俺と女性のディベート(討論)を無視した成穂さんの涼やかな声。それと同時に撫子さんはまたぐったりと倒れた。
「おい大丈夫なのか」
「問題ありません。ゲノム非干渉型精神依存体を無害化しました。直に目を覚まします」
取り敢えず一件落着でいいのかな。




