第四話 俺氏、絶望と歓喜と夜食と③
カンカンと階段を降りる音が響く。
ぼろいアパートってなんで同じ階段なんだろう。
由紀はそう独り言ちた。
「やっぱり男の子ね」
母親が微笑みながらそう呟く理由は、手に持つあいつからのお土産の事だろう。
「成穂お姉さまを何処に連れ回してるのよ」
レディーが行って楽しいわけがない。他にも選択肢はあっただろうに。
やっぱり彼は見た目通り冴えないおじさんなのだ。
「あらいいじゃない。私も行きたいわ」
うちの母は少し変なところがある。何にでも興味を示すのだ。
「はあ……本当に」
スーパーの袋に詰まったお土産を見つめる。
「あの人ほんと何処に行ったんだろう」
つい、空を見上げる。そこには満天の星空が瞬いていた。
宇宙食はお父さんが美味しそうに平らげた。
*
「説明してくれるか」
「はい」
相沢親子が帰ってすぐ。俺達は正座して向かい合った。
普段とは違う強めの口が出たことを自覚する。
そうだ。俺は怒っている。
今回はあの時より絶望した。アレを見た時は……アレってなんだっけおーかーさー――
「説明します」
はい。
「主から宇宙旅行を提案された時、私は悩みました」
「なぜ? 成穂は宇宙船なんだろ?」
「違います宙空界面機動艦です」
似たようなものだろう。
「主の要望は難易度が高いものでしただから私は艦内に宇宙を作りました」
ん?
「そしてその宇宙に我が艦の機構の一部を模した宇宙船を作り、そこに主とチャッピーを招いたのです」
「あ」
そこで気づいた。
成穂は自身がちゅうくうかいなんとか機動艦であるという自負があるらしく、何時も宇宙船と言うと怒るのだ。いや怒っているような気がするのだ。
だがしかし、今回の旅行中は何も言わなかった。
いや、言わないどころか自らも「宇宙船」だと言っていたではないか。
「つまり旅行中のあの宇宙船はなんとか機動艦じゃないってことか」
「そうです全く違います」
なんだと……じゃああの快適な設備は、プールは食堂はビリヤードは……何処に?
「計測も完了したので、作成した宇宙と共に解体しました」
「の~う!」
なんと勿体……いやそれでいい。進むだけで宇宙を破壊する宇宙船なんて欠陥もいいところだ。
「欠陥ではありません」
素早い反論に体がびくりと震える。
おう何だって言うんだい? 怒っているのはこっちだよ。もう少し落ち着こう、落ち着いてください。
「私は主の住む世界を航行するようには設計されていないのです」
うーむ。よく分からないけれど潜水艦に空を飛べ、と言っているようなものか。
「だからそのシミュレーターで俺か言ったことをしたらどうなるか。それを体験させたと」
「……そうです」
情報を整理しよう。
俺は宇宙旅行がしたいと言い出した。
だが成穂は正確には宇宙船ではなかった。
一計を案じた成穂は、船内にシミュレーター装置を作成。
俺とチャッピーを乗せて宇宙旅行を体験させて。ついでに無茶な要求をした俺を諫めた。
ということだろう。
「……そうです」
なんだか成穂の歯切れが悪い。もしかして申し訳なく思っているのだろうか。
成穂を見る。
「……」
こちらを真っすぐ見つめて沈黙している。虹色に輝く瞳は全てを吸い込みそうで、しかし孤独に見えた。
「最低を下す」
すっと背筋を伸ばす。
「お咎めなし」
俺が生意気に何を言っているのだろうと、自分でも思う。
だが成穂が罰なりなにか、なにかを俺に欲しているような気がしたのだ。
「俺もこれからは無茶を言いません。でも成穂も、無理だったら無理と素直に言ってくれ」
成穂の瞳が揺れる。
「そうすれば俺達はこれからも上手くやっていける。心を読めたとしても早合点しないで報連相だ」
そこまで一息。
「はいこれでおしまい。飯にしようぜ、腹へったった」
「はい」
こうして俺達の初宇宙旅行は幕を閉じた。
実際はしていないかもしれないけれど楽しかった。それでいいじゃないか。
宇宙は自力でそれを成し遂げた偉い人の為に取っておくべきだ。
それまではそっとしておこう。
そんな気分にさせる旅行だった。
*
「現領域を航行する新しい理論の確定」
「艦内宇宙の再構成」
「艦の間取りの再設定」
「主の精神負荷に対する耐性、良好」
「おーい飯はまだかい成穂さん」
「今できます」
やれやれ、成穂も独り言か。だんだん俺に似てきたんじゃないか。なーんてな、はっはっは。
初めて宇宙人が作ってくれた夕飯は夜食セットでした。




