第三話 俺氏、犬とバカンス②
「成穂隊員。この船は今どこら辺なのだ?」
「まだ8分の1も進んでいません」
どうやら明日のお昼頃には地球に着くように飛んでいる、ということだ。そこから地球を一周するスケジュールであるらしい。
この宇宙船がどの辺りにあって、どこから出発したのかは、座標軸の数字の羅列で全く分からない。まああんまり早くはないのだろう。
しかしこの旅は宇宙旅行自体が目的。そんなに慌てる必要などどこにもないのだ。
それから俺と一匹は大いに遊んだ。
手始めに全裸になる。本来なら人目に付く可能性のある場所がよりベターであるが、ここは宇宙。仕方がない。
しかし壁の向こうは宇宙であるという状況で裸になるという行為は、俺に新しい感覚を目覚めさせた。これがニュータイプの快感か。
プールにチャッピーと飛び込み、平泳ぎと犬かきの速さを競った。
ビリヤードが何時の間にか、どちらが上手く穴へ転がすかの協議になった。
午後にはティータイム。少し犬用ケーキを食べさせてもらったが不味かった。
そんなふうに自由気ままに過ごす、一人と一匹の元に成穂添乗員が現れた。
テラスのような場所でチャッピーとコーヒーを飲みながら談笑していた俺は、期待を胸に彼女を見つめる。
実はここまで、成穂は突然現れては一人と一匹のお世話をそつなくこなし、そしてまた何時の間にか消えている。ということを度々行っていた。
この時もまた、なにか用意してくれているのか、それとも新たなレクリエーションでも披露してくれるのかと期待していたのだ。
「銀河系が見えますよ」
「え、ほんと!」
今の今までここが宇宙船だということを忘れていた俺は、成穂の言葉に驚き、そして飛びついた。
「見たいみたい! 艦橋に行けばいいの?」
「わん」
「いいえ、この部屋からでも問題ありません」
すると壁がぐにゃりと変形し始めた。
いや、壁だと思っていたのは窓だったのだ。半球状の壁、いや天井が縮みだし、まるで皮を剥くかのように外の世界を覗かせ始めた。
「真っ暗じゃん」
「わん」
期待は裏切られた。
視界のほとんどを覆いつくすは漆黒の闇。照明も足元を照らす照明だけになったせいもあり、非常に暗い。
「見えないのですか」
「見えないなんも見えない」
「わん」
この墨に覆われた光景の中で、彼女は何を見ているのだろか。
「がっかりだわ~」
「わん」
とは言いつつも実は俺に不満などないのだ。
奇麗な風景こそないものの、美味しい物を食べ、プールで遊び、大きなお風呂まで堪能したのだ。
これで文句などあろうはずもない。
ただちょっと残念なだけなのだ。
「少し偏在速度を落とせば見えるかもしれません」
「速度なんか意味あるのかいな?」
「おそらく」
なんとも煮え切らない態度だ。まあ成穂としては何故見えないのかと言いたい立場であるらしいからな。
しかし宇宙人には見えても地球人には見えない宇宙とはなんなのか。
「じゃあ少しスピード落としてよ。ちょっと遅れるくらい構わないから」
「此処で速度を落とすと到着は三日後になりますがよろしいですか」
「それは困る」
「わん」
チャッピーはここに住みたいと抜かしているが、まさにしがらみのない畜生の発想であることよ。
命短し恋せよ漢だ。
犬と一緒に三日も居るのは人生の損失である。成穂も忙しいのか構ってくれないしな。水着見たかったな。
「それでは定刻通りに」
「わん」
そう言うと成穂は去っていく。
「あ、成穂」
「何か」
ふと、不安になった。何故かは分からない。しかしなにか言わなければならない。そんな気がしたのだ。
「……いやなんでもない。お仕事ご苦労さん」
「それでは」
定規で測ったかのようなお辞儀を返し、成穂は歩き去った。
俺はその後姿が見えなくなるまで見送ったのだった。




