第二話 俺死、体に違和感はない
「お目覚めですか」
尋ねるというより確認するといった声色で誰かが語りかけてきた。
これは美人だ。間違いない。
あの便器から聞こえてきた声と同じだが、より鮮明である。
まあ便器の中から声を出したら籠るよね、試したことないけど。
つまり便器の向こうの人物が、俺の枕元に立っているのだ。
あ、枕っていうのは比喩ね。自分が何に頭を乗せているのか現時点では分からないもの。
「目をお開けにならないのですか?」
今度は間違いなく疑問形だ。
まてよまだ目は開けられない。もしかしてこの後頭部に感じる暖かな感触は、すべすべとしているような感触は……まさかこれは。
「膝枕……と言うのでしょうか?」
来た、来てしまった人生初の快挙。変な奴と後ろ指を指されてきた俺は今変わるのだ。
目を開ける。
うぼえぇぇぇっぇぇ~へえぇえぇぇぇーああーーあああーーーああかーんおかーさーんおかーさーーん……あはははははっははははっはっはははははははははははははははははははははは
*
「お目覚めですか」
尋ねるというより確認するといった声色で誰かが語りかけてきた。
これは美人だ。間違いない。
あの便器から聞こえてきた声と同じだが、より鮮明である。
まあ便器の中から声を出したら籠るよね、試したことないけど。
つまり便器の向こうの人物が、俺の枕元に立っているのだ。
あ、枕っていうのは――
……あれ? 何故かこのくだりは以前にもやった気が――
「さっさと目を開けなさい」
「はい!」
うへへ。美人からの命令はご褒美というのは本当だったようだ。なんか心地よいぞ。
「……今度は大丈夫なようですね」
「ああ……」
俺はそれ以上声が出せなかった。
目の前にいたのは絶世の美女、いや美女と言うには幼い容姿か。いやしかし体は小柄ながらもボンキュッボンだ。いやポンキュッボンだ。
いい感じの胸に、折れそうなくらいの腰、その腰から伸びる足はカモシカのように細いのにお尻と太ももはしっかりと成熟している。
お尻っていうのはやっぱり八の字型だよね。八の字って言うのは――
「問題なさそうですね」
その美女、いや美少女は冷たい目を俺に向けてそう呟いた。
美しい……。
陶器を思わせる肌。いや便器と掛けているわけではなくね。奇麗ってことです。
そして人形のように、いや人形を超えて整った容姿。
その風貌から覗く眼は視線さえも美を感じさせた。
何色というのだろうか? その瞳は見るたびに色を変えているようにも見える。
ほらあれだ、ビックリマンシールとかのキラカード的な光沢だ。ちょっと違う感じがするが、銀色の髪が時折虹色に輝いて見えるのだ。
そして髪も同じ色で長く腰まで伸びたそれは、絹のような艶やかさと光沢によって踊るように棚引いて見えた。
「不躾な視線移動……異性関係はほぼ壊滅的と推測」
また失礼なことを言われた気がしたが、そんなものはご褒美にしかならない。
ほらもっとその美しくも冷たい目で俺を見てよ、俺の裸を見てみて……あれ?
俺が新しい扉を開こうとしていた時、妙な違和感が襲う。
……この目、以前にも見た事があるような……つい最近……何故だろう美しいはずなのに……あああーーおかーさーーんおかーさ――
「はいそこまでです」
「……あれ」
物理的ではない衝撃で俺の意識は目覚めた。いや今まで寝ていたわけではないのだが、そう感じたのだ。
「少々後遺症があるようですが、許容範囲でしょう。まあいずれ弄る必要があったので今回の件はいい機会でした。私はミスを挽回しました」
「はあ」
なにいってだこいつ。挽回しちゃ駄目だろ。
「しかし……なんだ此処は?」
この場所は照明があるのに薄暗さを感じる奇妙な部屋だった。
錆びているかのようであるのにつるつるとした光沢を感じさせる床、金網のようで穴の開いていない壁、生物的なようで決して動くことはないと理解できてしまう謎のインテリア。
俺は何時の間にかサイレンを聞き逃していたのだろうか? それともエイリアンの巣に迷い込んでしまったのか。
つまり余裕が出てきた俺は、ようやく目の前の元便器の美少女から目を離すことが出来た。まあ女に興味がない俺以外ならAPP20以上は発狂するよね。
あれ? 発狂? おかーさん? うっ……頭が……
「はいそこまで」
「あう」
……あれなんだっけか?
「そうだよここ何処だよですか!」
「内装にも手を付けたほうがよろしいようですね」
「そうだね! じゃなくてですね!」
「宇宙船です」
「そうですか」
「俗っぽく言うと宇宙船です」
「いいから」
来たよアブダクション。これぞまさにアブダクション。
宇宙人に誘拐されるあれである。
「つまり君は宇宙人……なのでしょうか?」
「非常に広義的でファジィでニューロに答えるならば、そうです」
「嫌なのね宇宙人って呼ばれるの」
やだなんかこの子可愛い。奇麗だけど可愛い。
おじさんきゅんきゅんしちゃう。
「で此処は何処なの?」
「手じゅ……処置室です?」
「ん? 私は難聴系主人公です。もう一度お願いします」
「処置室です。貴方が倒れてしまったため、急遽、予定ど、緊急でしゅじ、手当てを致しました」
「なるほど俺は難聴系だからね」
難聴系だからね。
「それは置いといて……くぅこの置いといてがこんなにも重いとはッ!」
難聴系なのにね。
「私が貴方を此処にお招きしたのは、私を貴方に相続させるためです」
うわぅ、さっきの置いとこうとしたブツが凄く軽くなったよ! なんでだろう⁉
「それは……その、ヒュブッ……すまない。その、デュフフ、君が俺のものになる……ということかな?」
よし、ダンディに言えた!
「そうです」
「簡潔!」
いいね!
「それじゃあ……その……まず俺の」
「それでは相続の手続きに入ります。私に付いてきて下さい、そこの汚い服を着て」
「はい」
簡潔。