第四話 俺氏、宇宙船でお夜食を①
「ち、散らかってると思うからちょっと待ってて!」
場面は変わってアパートの前。
その自宅の扉の前で、俺は成穂を押しとどめた。
「……」
「直ぐ片付けるから」
後ろ手に扉をぱたりと閉める。
「ふう……犬はどうでもいいが、女の子はそういうわけにはいかんからな」
この部屋に初めて異性が上がるのだ。なんとしてもいい雰囲気に持ち込まねばならない。
「取り敢えずはゴミの始末だ」
市指定のゴミ袋を取り出すとちゃぶ台の上から片付ける。ついでにゴミ箱の中身もだ。
幸い部屋には物が少ない。
ゴミを始末して本を整頓すれば大体は片が付く。
「問題はこれだな」
足元には無造作に散らばった大人のおもちゃとDVD。
これらは全て、店長が「給料代わりに~どぞ(はぁと)」と言って譲ってくれた品々だ。
彼女もいないDVDプレイヤーもないので未開封の品々が並ぶ中、赤と白のストライプが映える。
これを手にした時は店長に感謝したね、一週間は野草のお世話になったけれど。
あの開封されたア○ルビーズは、まあ若気の至りというやつだ。はまってないからセーフだ、痛かっただけだったし。
いや、そんなことは今はいいのだ。
「応急処置!」
新しく取り出したゴミ袋にいかがわしいグッズ類を投げ込んでいく。そしてすかさず押入れにポーン。
「よし」
これで四畳半の俺の世界の出来上がりだ。
「ふーはーふー」
落ち着け、大丈夫だ。俺は主、成穂の主なのだ。
すでに好感度はマックス。一緒にご飯を作って、一緒に夜食セットを食べて、きめ台詞は「君が俺の夜食さ」で決まりだ。
扉のノブを握る。開ければスーパーの袋を提げた成穂が物憂げに佇んでいるはず。
俺は勢いよく扉を開けた。
「待たせて悪かったな、さあ入ってくれぇええええぇ?」
アパートの扉の先は室内だった。
*
「先に帰っておりました」
手からスーパーの袋を提げた成穂が事もなげに言った。
無言で後ろを振り返る。
そこは四畳半の俺の城。窓からは何時ものように馴染みの電柱が見える。
正面を見る。この場合は開いた扉の先だ。本来なら成穂と手すりと近所の街並みが見える筈なのだ。
そこは見た事もない部屋だった。
白を基調としたモダンでシックないい感じの部屋だ。
高級そうな家具が誰が配置したのかと思うくらい完璧に揃えられ、間接照明が柔らかく室内を照らしている。
「どうしたのですか」
俺は取り敢えず靴を脱いだ。あやばい俺今まで靴脱いでなかったわ。靴脱がずに部屋の掃除してたわ。
「お帰りなさいませ」
おっかなびっくり足を踏み入れると、成穂はゆっくりと腰を折った。
「ただいま?」
後ろに俺の部屋があるんですけど。
「改装が済みましたのでお連れしました。それではまずは夜食セットをお作り下さい。それとも暫く休憩しますか」
「ああうんそうだね休みたいね」
「では」
そう言うと成穂は部屋の奥に歩いていく。待ってください、独りにしないでください。
願いむなしく俺は広い部屋に取り残された。
いや落ち着くんだ。ここは周囲の観察と逃走経路の確保だ。問題ない、シミュレートは学生時代授業中に何度もやった得意分野だ。
まずは逃走経路と後ろを振り向くと、そこには形容しがたい奇妙な光景があった。
「ベランダ……っぽい?」
後ろには四畳半が見える開けたままの扉がくっついた、ベランダや庭に出るためにあるような大きな窓、通称掃き出し窓があった。
窓から外は見えない。真っ暗なのか黒く塗りつぶされているのかも分からない。漆黒がある。
宇宙かとも思ったが、それも疑問に思う。ここが宇宙船の中ならば、窓から星が見えるのではないのか? そもそも窓ではないのか?
「……」
逃走経路はやはり俺の城、の先の電柱の見える窓しかない。
それがここから見えるというだけでも大いに元気づけられるというものだ。
「うっわー凄いソファじゃーん」
気持ちよく見えていたソファにダイブ。想像通りの感触をお尻に返してくれる。
「うっわあれ暖炉じゃん、すっげすっげ憧れてたんだ~」
ベランダ(のような)の掃き出し窓とは別の壁には、立派な暖炉が設置されている。
それには木々がくべられており、赤い火を放ちながら、時折薪の弾ける音を立てていた。
「なにこの絨毯⁉ 俺のせんべい布団より快適っ」
木目の床には大きな絨毯が敷かれている。赤地に幾何学的な模様が施され、派手さはないがシックなこの部屋と見事調和している。
「あーいーわーここ、いいわー」
先程までの警戒心はどこへやら、俺は今、この部屋に馴染み切っていた。
「コーヒーです」
「ああ、ありがとう」
ソファに寝転んでいた俺に、成穂が湯気を立てるコーヒーを差し出してくれる。
「良いカップだ」
匂いを嗅ぎつつ器を褒める。
無地のコーヒーカップだが、この部屋では何もかも高貴に見える。
無論俺も。
「うんいい豆だな」
コーヒーには一家言ある。匂いが一番大切なのだ。お気に入りはあのメーカーの缶コーヒーだ。安くて量がある。
これはいい物だ。
「……おっと」
じっとこちらを見つめる冷たい目を感じ、芸術に浸っていた意識を浮上させる。
そうだ気を許すな。此処は敵地だと俺の中のインポッシブルな部分がささやく。
「あー成穂さん。ここはあの宇宙船の中ということでいいのかな」
「はい」
簡潔!
「いやもっと詳しく聞きたいんだが」
「此処は改装を終えたプライベートルームの一室です」
「なるほど」
なるほど。そんなに警戒しなくてもいいんじゃあないかな。
「素晴らしいデザインセンスだ、褒めて遣つかわす」
「ありがとうございます」
うん素直!
「それでこのコーヒーはどこ産かな?」
U○Cかな、B○SSかな。
「*P{*?>&'%#"=産です」
此処は敵地だ。
「備蓄していたサンプルに全く同じ成分を抽出できる素材がありましたので複製して再現しました。満足いただけて何よりです」
どうしようこれ三杯目だよ。大丈夫かな。
いやしかし、最近は人口タンパクなんていうのも出回る昨今、代替品なんていうのは珍しいものではない。成分が同じならそんなに気にすることはないんじゃないだろうか。
「ちなみにそのサンプルっていうのは植物だよね」
「植物?」
なんでそこは簡潔! って言わせてくれないの、ねえ。
「すみません。少々突飛な質問でしたので、いいえ植物ではありません」
「あ……そう、そうなんだ」
きっとプランクトンとかそういう意外なものだから、ということだろう。間違いない。
「気になるのでしたら、此処にお持ちすることも出来ますが」
う~んこれは悩む。絶対罠だと思うが、成穂がこうやって提案するという機会がなかった分、さらに気になる。
「ちなみに大きさは……」
「これぐらいが平均です」
成穂は『これっくらいの、おべんとばっこに』のジェスチャーを行った。分からない子達はお父さんお母さんに聞こう!
「あい分かった! それを見せてくれ」
清水の舞台から飛び降りろ、だ。
「分かりました。それでは手術――処置室に移動しましょう」
「ちょっと待て、今手術って言ったよな」
「処置室です」
「ああ今はそれはいいや、処置室ね。でだ、どうして処置が必要なのだと問いたい」
「主が変質しないように予防措置を行う為です」
ああアウトだこれ。
俺は素早く、は無理だったのでゆっくりとカップをテーブルに降ろし、緊張で固まった指を懸命に解いて自称『コーヒー』から距離を取った。




